「越前、今日はちゃんとやれよな!」
「・・・気が向いたらね。」
「そう言ってやった例(ためし)ねぇじゃん!」

 ぎゃんぎゃんと騒いでいる堀尾の言葉に耳をかさずに歩く。
 きっと堀尾にしては正しいことを言ってるはずだから。
 本当は、堀尾がうるさいから今日ぐらいはやろうと思っていた。
 けど今日分のやる気は、乾センパイとサクノが会う日だと気付いてしまった時にすべてなくしてしまった。

「今日こそやれ!ちゃんとやれ!やれったらやれっつーの!」

 どこにそんな元気があるのか、堀尾はいまだに叫んでいる。
 やる気が無いものは仕方がないと言いたいが、自分が蒔いた種だから反論出来ない。
 しても正論で返されるだけだ。
 つまり、やるかやらないかに俺の今日の平穏はかかっている。

「リョーマ様〜!」

 何もかもメンドくさくなって、いっそサボるかと考えた瞬間に名を呼ばれ、声がした方を振り返った俺は見た。
 叫びつつ、サクノの手を引きながらこっちへ向かってくるツインテールを。

「リョーマ様のクラス、次は移動しなきゃいけない授業なんですか?」

 俺の様子なんて構いもせずに俺が持ってる教科書を見て、次の授業が何か確かめた小坂田(だっけ?)が、頭を上下に振った。

「化学の実験って面倒臭いですよね〜!」
「・・・まあね。」
「多分リョーマ様も私達と同じ実験やると思いますけど、この前やった実験はホント面倒でしたよ。」
(・・・マジ?)
「リョーマ様は化学お得意なんですよね?なら面倒とは思わないかもしれませんけど。」

 まるでそれが正解みたいに小坂田は言ってるけど、得意ならなんでも得意と思ってるならそれは間違いだ。
 少なくとも俺は、化学は得意だけど実験は嫌いだ。
 そんな俺には気付きもせず、小坂田はまだ一言も喋っていないサクノの名を呼んだ。

「え・・・?どうかしたの朋ちゃん?」
「・・・もしかして聞いてなかったの?」
「ご、ごめん朋ちゃん。ちょっとぼうっとしちゃって。」

 珍しく上の空だったらしく、小坂田に名を呼ばれたサクノは申し訳なさそうな表情で答えを返し、肩をおとした。
 サクノの心底申し訳なさそうな様子に、小坂田は苦笑を浮かべる。

「ま、別にいいけどさー。あのね、実験嫌いかっていう話をしてたんだけど、桜乃は好き?」
「・・・うん。私は好きだよ、実験。」

 少し考えた末にサクノが出した答えを聞いた小坂田の顔が、急に不服そうなものに変わった。

「いっつも怒られてるのに実験好きなの?」
「・・・いけない?」
「いや、いけなくはないけどさ、嫌いになるでしょ、普通は。」
「そうかな?」
「・・・もうすぐチャイム鳴るから。」
「あ、そうですね。ごめんなさいお引き止めして。次の授業、頑張ってくださいね!」
「あ、あの、が、頑張ってね・・・。」
「・・・別に。」

 これ以上ここにいたら遅刻すると考えて、一応一言断ってから歩き出す。
 あのまま聞いていたら、確実に一時間は費やすことになった気がする。

「またねリョーマ様!!」

 化学室へと歩きかけている俺に、小坂田が後ろから叫ぶ。
 その後に、走り去る音が二人分。

 恐らくサクノは小坂田に手を引っ張られているだろう。

 そんな、簡単に思い浮かべられるシーンを脳に描きながら、化学室のドアを俺はくぐった。








 班に分かれて実験を始めてから早五分。
 その間ずっと刺さり続けている好奇の目線が鬱陶しかったから声を出す。

「・・・ナニ?」
「珍しいじゃん。」

 代表とでも思っているのか(なんでこんな時まで一緒なんだよ)、堀尾が率先して喋りだす。

「・・・は?」
「だってよー、今までどんだけ言っても実験に参加しなかったお前が、今日はやる気なんだもんよ!」
「そうそう。いっつもメンドイとか言って手伝わねぇし。」
「一回寝てて邪魔な時あったよなー。」
「あー、そんなこともあったねそういえば。」

 堀尾が喋ったことがきっかけになったのか、同じ班の奴らが火が付いた様に俺に対する不満を言い始めた。
 どうやら、ここで日頃溜まっていた俺へのフヘイフマンをすべて吐き出すつもりらしい。

「なんか良いことでもあったのかよ?」

 不満ばかり述べられていく中、唯一投げかけられた問い。

 問い自体は騒いでいる奴らの声に掻き消されてしまったが、俺の耳にはいつまでも残っていた。




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