テニスを思う存分楽しんだ後でもないのに、体中が信じられないくらいに重くてだるい。
 原因は考えなくても分かる。
 どんなに親父がウザイ時でも、家に帰ることがこんなに嫌になったことはない。

(・・・・・・いっそのこと家出でもしてやるか。)

 そんなことを考えながら玄関を開けると、騒々しい足音が聞こえてきた。
 まさかもう来てんのかと思わず身構えるが、一瞬後には肩をすくめてしまった。
 足音の正体は、親父だった。

(なんだ親父か。)
「なんだリョーマか。」

 なんだってなんだよ、と思い口を開きかけるが、口を噤んでしまう。
 ムカツクことに大抵の場面で余裕をかましている男の面に、余裕がなかったからだ。
 だから、言おうと思っていたのとは違う言葉を代わりに吐いた。

「親父もまだまだだね。」
「なんだとぉ?!」

 親父の様子からして、嵐はまだ来てないらしい。
 心中では安心しながら、怒鳴り散らしている親父の横を何食わぬ顔で通りすぎ、二階への階段に足をかける。
 後ろでは往生際悪く親父がまだ何か叫んでいたが、無視して部屋に入り、鞄を乱暴に投げ出し、ベッドの上へダイブした。
 私服に着替える余力なんて、もう残っていなかった。

(・・・・・・このまま嵐がこなけりゃいいのに。)

 枕に顔を押し付けながら溜息を吐いた瞬間、家の中が一気に騒がしくなった気配がしたような気がして、耳を済ませる。

「リョーマ!とっとと降りて来い!」

 親父が焦ったように俺を呼ぶ声が、いやというほど耳に届いたことで、俺は嵐が到着したことを確信する。
 正直、今は嵐にも家族にも会いたくない。

(・・・けど、行かなきゃ強制的に連れてかれるんだろうし。)

 それなら自分で降りていった方が少しはマシだろう。

 覚悟を決めた俺は着替えをすませ、ゆっくりと居間に向かった。




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