屋根が一部(威力を一応抑えてあったとは言え)損傷して、煙が上がるのを背に、
リョーマは裏路地へ入った。
屋根の上からそれぞれ別の方向へ降下したので当たり前だが
先輩達が今どうしているかは分からない。
命令を聞いた時から暗に含まれていたことだが、別々の方向に逃げるということはつまり、
いざという時助け合うことはないということだ。
この警邏の中自分一人の力で帰ってこそ、
青竜の行動派グループを任されたメンバーの証と言える。
 しかし、ここからアジトであるカルピンまでは距離がある。
身を潜めながらにしても、とりあえず一度撒かなければ身動きが取れなかった。


「いたぞ」


背後から聞こえた声に舌打ちして、リョーマは裏路地を駆け抜けた。
警官隊の足音が迫る。


(4、5人か)


足音から人数を割り出して、リョーマは思考を巡らせる。
しばらくして、突然足を止めた。迷い込むように走った先、そこは行き止まりだった。
四方を高い壁に囲まれ、仕方なく足を止めて、迫る警官隊を迎える。
警官隊は、息を切らしながらリョーマをじわじわと囲い、業とらしく警棒をちらつかせてみせた。


「逃げ場はないぞ、覚悟しろレジスタンス!」

勝ち誇ったように唾を飛ばして叫ぶ警官隊に、リョーマはすっと腰を引いて対峙する。


「な、なんだ、反抗的な奴め」

「いいから、さっさと向かってきなよ」


小柄な見かけになめたように逆上する警官隊に冷たく吐き捨てた。


「なにおぉ、許さん!いけー」


いちいち叫ぶ男に眉を寄せて、突進してきた男の拳を上体をずらすことで避けて、
伸びた腕を掴むと、そのまま体重を乗せて肘で鳩尾を打つ。
男は苦悶の声を上げながら地面に崩れた。
その男の死角から顎の割れたもう一人の男がリョーマに向かって警棒を振り下ろした。
それを素早く外した青竜の布で絡め取ると引っ張り、釣られて体制を崩した顎の割れた
男の下に滑り込んで、せおい投げる。


(二人目。あと三人か)


体格に似合わず、大の男を難なくのしてしまったリョーマに唖然として立ち尽くす
警官三人の方に体を向ける。


「大層なこと言ってた割りに、まだまだだね、お巡りさん」

「くそぉ」


不適に微笑むリョーマに青筋を浮かべて、警官は唸る。


「こんなチビにやられるなんて、あんた達も大したことないんじゃない?」


軽くフットワークしながらひたすら挑発してみせる。


「言わせておけばいい気になりやがって、くそ餓鬼が」


激昂して、突進してくる警官達に向かって、リョーマは駆け出した。


(三人いっぺんに、あれを使わず出来るか!?)


なるべく悟られないように挑発してみせたが、リョーマは内心冷や汗を流す。
いくら自分が体術に関して玄人といっても体格差もあるし、
怒りに我を忘れる相手は時に予想もしないことをし兼ねない。


 しかし


(やるしかない)


覚悟を決めて両側から同時に振り下ろされる警棒の軌道から体を逸らすと、
左の男に裏拳を放ち、すばやく右に向き直る。
右の男は身を屈めると、リョーマの足下を狙ってきた。
ジャンプしてかわすが、体が宙に浮いた瞬間を狙って男が警棒で胴を狙う。


(にゃろう)


歯を食いしばって、宙に浮いた態勢からバック転すれば、耳のそばで空を切る音がした。
はっとして見れば、自分が着地するポイントを狙って三人目の男が警棒を構えている。
覚悟して奥歯を噛み締めると、突然目の前でその男が倒れ込んだ。





「?」


驚きに目を見開くと、この場にそぐわない可愛らしい鈴のような声が耳に飛び込む。


「危ない、避けて下さい!」


反射的に転がる。リョーマがいた場所に右手にいた男が警棒を振り下ろしていた。
そして、声をかけてきたであろう少女が落ちていた警棒を逆手に持って男の横面を張り倒すのが
スローモーションのように見えた。
体を起こして、リョーマは目の前の少女を見る。
布を被っているが、長い三つ編みが布からはみでているのが特徴的だった。


「あんたは?」

「………………」


問いかけに、少女は応えない。
目を細めて不快を表わしてみると、困惑したように躊躇った後、少女は布を取った。


「桜乃です」


そう名乗る少女の面影はとても幼い。
おそらく自分と同年くらいだろうと予想をつけて、リョーマは桜乃をじっくり見回す。
男を二人倒したとは思えないほど華奢で、愛くるしい顔つきをしているが、
瞳の奥に強い何かを見て取れる。
はっとして、リョーマは目を見開いた。


(さっきの………)


町中を駆けている時に見た瞳に間違いない。
目が合ったのはこの少女だったのだ。


「誰かそっちを確認しろ」


遠くから怒鳴る声に反応して、桜乃は素早く壁の一部に手をつけた。


「とにかく、こっちへ」


リョーマを無理矢理引っ張ると手をつけた部分を強く押す。
すると、壁が軋みを上げて開かれた。


「カラクリ!」

「早く、こっちへ」


驚いているリョーマを急かせて、二人は壁の向こうへと消えた。






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