まるで雪のようだ‥‥‥

真っ白で、小さくて、包み込んでくれる。

音のない世界を創って

掌の上にそっと舞い降りるけれど、手に入れた途端呆気ないくらい簡単に消えてしまう。

そんな雪に、君は似ていると思う。





snow








控え目で、でも自分の決めたことには驚くほどの実行力を発揮する君。
儚げに見える姿。
細くて繊細な印象。
でも、決して弱くはない。
軽く見るとこっちがいつのまにか痛い目を見ることもしばしば。
いつまでたっても全てを知ることが出来ない。
そんなはがゆさもくすぐったくて本当は気に入ってるんだ。
口に出して言ったことはないけれど。

「リョーマ君。今日は雪が降るんだってさ。部活残念だよね」

昼休みの騒然とした教室に、いつのまにかやって来たカチローが
窓をぼうっと見ていた俺の横に並んで言った。
今朝は例のごとく遅刻寸前で、天気予報なんて気にする余裕もなかったから
初めて聞いたその言葉に「ああ、やっぱり」と予感は確信に変わってゆく。
どことなく肌寒い気はしていたし、雲がうっすらと空を覆って灰色に世界を染めていたから。
だから雪を簡単に連想していたのかも。

「っちぇ、せっかく新しく考えた俺の必殺技を披露しようと思ってたのにィ」
「堀尾君はいつもそう言ってるんだから。三年生になってレギュラーに入れたからって
 そういうこと言ってると痛い目みるよ」

得意気に胸を張る堀尾も、冷たく半眼で告げるカツオも横目にだけ視界に入れて
教室の向こうに見える切り取った空を見続けた。
これが絵画だったら間違いなく無価値のものなんだろうな‥‥‥とか思いながら。

「うるっせーやい!痛い目なんて見ないね。なんて言ったって」
「『テニス歴二年だから』?」

薄暗い空に似合わないような明るい声が聞こえてようやく視線をそこに移せば、
やはり声同様元気な少女がそこにはいた。

どうでもいいけど、なんであんた達はいつもいつもクラス違うのにうちのクラスに来てるわけ?
そんな俺の無言の質問にも気付かず少女、小坂田朋香は俺を見て目を輝かせたかと思うと
抱きついてくるんじゃないのかっていうくらいの勢いで寄ってくる。

「あーん、リョーマ様ぁ。今日も素敵ですね!」
「‥‥‥‥はぁ」

素敵?
‥‥‥それってなんて返せばいいわけ?

「小坂田さん、いつのまに」

横でカチローがどこか呆れた様子で呟いているのが聞こえた。
呟きは小さなものだったから位置的に俺には聞こえたけど、たぶん小坂田には聞こえてない。
けど、同感。

「ちっがーう」
「なによ、堀尾」

ややうっとうしそうに返す小坂田。

「テニス歴二年じゃなくて、もう五年なの!」
「あれ?でも昨日まで二年って言ってなかったっけ?」
「そう。昨日中学入ってからを計算してなかったことに気付いたわけよ」
「あーそう。そうだよね、もう三年だもんね‥‥‥‥遅‥‥‥」
「バッカじゃないの」
「なーにーをぉぉぉぉ!」

目の前で繰り広げられる堀尾とカツオと小坂田の言い合いに隠しもせずに
俺は大げさに溜め息を吐いた。
いつまで続くわけ、その漫才。
ほっとけばいいんだけどここ俺の教室だし、俺の席だし、他の場所に用もないし、
いるしかないんだよね。
隣ではカチローがいい加減付き合い三年目ともなると慣れたのか
なにも言わずに見送ってるし。
いつもならここに止めが入るんだけど

・・・あれ?
いつも遠慮がちに二人の間に割って入る姿が見当たらない。


「小坂田、今日は一人?」


それまで堀尾に向かってバカを連発していた彼女がピタリと動きを止めて俺に向き合う。

「桜乃ですか?今ちょっと呼び出されてて。あたし一人で暇してたんですよね」

・・・それがここに来た理由でもあるわけだ。
ま、いいけど。
それにしても呼び出しか、なんだろう。

「なんだよー、お前暇潰しかよ」
「悪い?リョーマ様は別だけど、あんたに会いになんて暇潰しでなきゃこないわよ」
「菊丸先輩のところには行かないの?高等部はずぐそこだし」
「英二先輩は帰りにでも会えるからいいの!それに大石先輩と勉強するって言ってたし」

拗ねているのか、少し頬を膨らませている。
そう言えば、二人って付き合ってんだっけ?
たまに忘れるんだよね。っていうかたまに思い出すんだけど。
なんかタイプ似てる。うるさいとことか。二人そろったらすごそう・・・。
自分の想像にちょっとぐったりして机に手をついた。
なんか、こうやって喋って、すごく騒がしいのに・・・っていうか、
うるさいくらい・・・なにか足りない気がしてならない。
大音量の言い合いも、耳の中で不明瞭になっていく。
どうでもいいからかもしれないけど、これだけ近くにいて会話が耳から遠ざかってくって
考えられないよね。


一人いないから?
それともあいつだから?


チャイムの音が響いて昼休みの終わりを告げる。
俺と堀尾以外は慌てて自分のクラスに帰っていった。
あいつはやっぱり来なかった。



   ◇◆◇◆◇



呼び出しってのがどれほど時間がかかるものだったのか知らないけど。
ずっとぽっかり開いてる気がする心の中。
開きっぱなしで閉めることを忘れてしまったかのようだ。
放課後になってもそれは変わらなくて、しかも天気予報通り、
午後になって雪が降り始めてやはり部活は中止になった。
突然訪れたoff。
嬉しいとは思わない。
一日でもテニス出来ないとつまんないし、家に帰ってもどうせテニス出来ないのは一緒。
ま、学校に残ってるよりはマシなんだけど。
昇降口で靴を替えていると、トタトタと軽い足音が聞こえた。
なんか転びそうな危うい足取り。

・・・あいつだ。

思い当たって廊下に響くテンポのずれたリズムに耳を傾けて目を閉じる。
本当に危なっかしいよね。
不動峰のなんとかって奴が聞いたら泣くんじゃないの?そのリズム。

あっ、転びそう。

近付いてくる足音が一瞬縺れて聞こえたと思ったら、次の瞬間ドターンと痛々しい音が続いた。
やっぱり、やったか・・・。
ある意味予想を裏切らない彼女に半ば呆れつつ閉じていた目を開いて息を吐いた。
踵を返して音の発信源に向かう。
あんまり離れたところじゃないはず。

「いった〜、またやっちゃった」

角の向こうから呟く声が聞こえる。
にょきっと顔を出して覗き込むと、
案の定床にぺたりと座り込んで額を手で抑えてる竜崎がいた。
・・・頭からいったのか。
本当に絵に描いたようなドジっぷり。

「なにやってんの?」

正直に呆れを含んだ声音で声をかけると、竜崎は俺の方を見上げてきた。

「ああっ!リョーマ君いつの間に」

心底驚いた声を上げて座ったまま上半身だけピシッと姿勢を正した。
なぜか顔が赤い。

「あ、りょ、リョーマ君良い天気だね!?」
「・・・は、どこが?」

本気で言ってるんだろうか?

「じゃなくて、リョーマ君も今帰りなの?堀尾君達は?」
「先に帰った。どーでもいいけどいつまで座ってんの?」

立ち上がる気配のない竜崎に無意識に片手を差し出す。
その手をおずおずと掴んで竜崎は少しだけ力を乗せてくる。


・・・・・・軽い、な。


掴んだ手も思った以上に柔らかい。
それにしても髪長い。床についてんじゃん。
解いてもやっぱり長いままなのかな。
ぼうっとしていたらしく、立ち上がった竜崎が小首を傾げてこっちを見ていた。

「ごめんね、リョーマ君」
目を遣った途端申し訳なさそうに、上目遣いでそんなことを言われた。

「いつもいつも、私リョーマ君に迷惑かけてるよね。不愉快な思いばっかかけて‥‥‥」

不愉快‥‥‥?
そりゃあんたには迷惑かけられてばっかだけど。
そうか、こういうのって不愉快とか思うもんなんだよな。
今まで思い至ったことなかった。

「ふーん。迷惑かけてるの自覚あったんだ」

あんた、なんか自然とやっかい事作るよね。本当に、あまりにも自然に。

「あります〜〜〜。ごめんね」

俺から顔を逸らして俯く竜崎。
なんでそんなにいたたまれないって顔してんの。
目蓋をぎゅっと瞑って何かに耐えている。
やっぱり何考えてるのか分からない。俺はこの先竜崎のこと分かる日が来るんだろうか。
とりあえず何か言おうと、口を吐いて出た言葉。

「不愉快になんてなんないよ」
「え?」

ばっと顔を上げた竜崎は目を丸くして俺を凝視する。

「不愉快になるんだったら一緒にいないし手も貸さない」
「・・・・・」
「あんたが持ち込むやっかい事ってけっこう楽しいしね」

突然試合が出来たり知らない学校の奴を叩きのめす口実が出来たり。
結構俺の中でプラスになってると思うけど。

「それに不思議だけど面倒じゃないんだよね、これが」

今だって自然とこっちに向かってきちゃったし。
竜崎に手を貸すことってなんか自分の中で自然なことみたいなんだ。
助けようって気になるんだよね。
本当、なんでだろう。わかんないことだらけ。
肩を竦めてみせるとただただこっちを見ていた竜崎がぱぁっと、
まるで花が咲くみたいに微笑んだ。

「ありがとう、リョーマ君。なんか嬉しいよ。よかったぁ」
「・・・そ」

短くそう返すのがなんだか精一杯。オレが。
自分でもらしくないと思う。
微笑んだ顔が綺麗で、言葉が突っかかって出てこないなんて‥‥‥
どうかしてる‥‥‥

「で、帰るの?」
「あ、か、帰ります!」