2. 忍者的ロマンチシズム
例えば僕が霞丸みたいな心も体も完璧な忍者だったら、 今の状況はすべて夢想になってしまう。 「なんで?」 紗依が優しい声でそう訊ねてくるのを聞いた僕は、 首を左に少し傾げている様がとても可愛いなんて、 この場には少し(少し?)そぐわないことを心の中で思った。 「私は用ちゃんの隣にいるのに、なんで夢想になっちゃうの?」 「忍者だからだよ。」 紗依の問いに、僕はなんでもないことのように簡潔に答える。 「忍者は、愛情とか友情とか、そういう暖かいものは求めちゃいけないんだ。」 何か聞きたそうな顔をしているけれど、紗依はなんでとは言わなかった。 多分、その答えをうっすらとでも察しているからだ。 「・・・でも。」 数秒の間を空けた後、ぽつりと、でもはっきりと、紗依は声を発した。 「でも、用ちゃんが用ちゃんの言うような完璧な忍者だったとしても、 多分私は好きになってたと思う。」 僕はその一言を聞いて、嬉しくなるのと同時に、 いつの間にかロマンシチズムに浸っていた自分を酷く恥じた。 用ちゃんって、忍者の末裔だけど、
3. マントでは隠せない、だって 控えめに、可愛い音が聞えた。 僕のすぐ横から聞えたのだから、なんの音かなんて考えなくても分かる。 今のはお姉ちゃんのくしゃみ。 大分体が冷えてしまったのだろうかと思い、何気なく問えば、 お姉ちゃんは手の平を少し振りながら大丈夫だと言った。 今僕らは、シャッターの閉まった電気屋の下で雨宿りをしている。 正確に言えば、僕とお姉ちゃんの肌はぴったりと接触しているという、 年頃の男子としてはまさに憧れのシュチュエーション。 でもこれは、憧れのシュチュエーションでもなんでもなかった。 お姉ちゃんが、この状況になんの反応も示していないからだ。 表情も脈拍数も、会話でさえも、いたって普通。 男子が顔を覗き込むだけで真っ赤になって慌てるお姉ちゃんが、 僕の肌と接触しているというのに普通通りでいる。 それはすなわち、僕は恋愛対象にさえなっていないということで。 (この前告白したっていうのに、キツイなぁ。) もっともあの時は、告白をして真っ赤になった顔をマントで隠し、 冗談だと誤魔化してしまったのだが。 (・・・もう一回、言ってみようか。) 心なしか楽しそうに雨粒を観ているお姉ちゃんをそっと見つめる。 その視線を今度は雨雲に向け、心の中で呟く。 『 最低でも恋愛対象としては見てもらえるようになりますように 』 これは願掛けだ。 なんのご利益もなさそうな雨雲に願掛けとは、と自分でも思うが、 それ程逃げ道がないという事実が僕を圧迫しているのだ。 だって今日は、マントの中に君がいる。 さり気なくYo-Jin-Bo学園設定です。
4. 子供の涙は呑みこんで 「お姉ちゃん大好きー!」 そう言いつつ抱きつけば、苦笑しながらもそうすることを許してくれる優しい人。 その人を好きになってしまうのは、必然でしょう? (残酷だよね。) 心達と談笑をしている紗依を少し離れた場所から見つめながら、 用三郎は苦い顔をした。 それは、コーヒー味の飴が想像よりも苦かったからではない。 恋心に気付いてしまったが故だ。 (・・・お姉ちゃんて、本当に、残酷だ。) 思いつつ、この言葉がエゴからきていることは自覚している。 勝手に恋心を抱いてしまった自分の、 自分の容姿を利用していた自分の、 ただの八つ当たりだということを、用三郎は嫌というほど理解していた。 それでも尚彼は、紗依は残酷だと心の中で言い続けた。 そうしていなければ、目から勝手に水が零れていきそうだったからだ。 そして彼は、自分が子供であることを他のどんなことよりも痛感した。 (・・・痛い、なぁ。) わざとガリ、と音を立てさせつつ飴を砕いた後、 用三郎はペットボトルへと手を伸ばした。 飲み込んだ炭酸水は、コーヒー飴よりも苦かった。 容赦なくYo-Jin-Bo学園設定です。
5. この空も、君となら飛べる 「お姉ちゃん、そこにいると危ないよ?」 崖から下を見つめている紗依に、用三郎が注意を促す。 声や台詞からまるで緊張感が感じられないのは、 彼女がそこから身を投げ出そうとはしていないと断言出来る自信があるからだ。 「あ、うん。ごめんなさい。」 声に気付いた紗依は、僅かな間さ迷わせた視線をすぐに用三郎へと合わせ、 そして謝った。 けれど、その場から動こうとはしなかった。 いつもなら素直に言うことを聞く彼女のそんな態度に、用三郎は少し驚く。 「・・・小鳥がね、巣から飛び立とうとして止めてって、 そんなことをひたすら繰り返してるの。」 動こうとしない紗依をどうしたら動かせるのか考え始めた用三郎の横で、 彼女がぽつりと言葉をこぼした。 「鳥のように飛べたらなって言う人がたくさんいるけど、 鳥にとって、空はどれくらい大きいんだろう?空を飛ぶことは怖くないのかな?」 帰りが遅いと心達が心配するなと思いつつも、 静かな声で喋っている紗依の邪魔を、用三郎は出来なかった。 さっきまで気遣わし気だった顔が、寂しそうなものへと変わっている。 「もし私が鳥だったなら飛べるのかな、なぁんて、ちょっと考えてたの。」 ごめんね、と普段の声音で再び謝ると、紗依は立って歩き出した。 突然のことに対応し切れなくて出遅れたが、用三郎も後へと続く。 (僕は、飛ぶのが怖くても、) 後ろを振り返らず歩いていく紗依へと心の中で話しかけた言葉を、 用三郎は無理に止めた。 こうしなければ、想いが溢れてしまうかもしれなかった。 あそこ、崖あるんですかねぇ・・・。 |