残り火を腕に纏わせて、リョーマは笑う。

「能力・・者・・・」
目の前で悠然と佇む少年を見上げて、桜乃は呆然とその言葉を口にした。

焔の能力者。
不適に微笑み、挑発的な言葉を吐いたこの少年が、
あの風の塊を一瞬で打ち消してしまうほどの実力の持ち主。
疑うのもおかしな話なのは分かっている。
彼の回りに残った残光が彼自身の力を物語っているのだから。

(この人強い)

見かけには分からない力に、自然と肌が粟立つ。

「へぇ、お前能力者やったんか」
驚愕していた忍足は面白そうに顔を歪ませてリョーマを見据えた。

「まあね」
真正面から恐れもせずに彼の視線を受けとめる。

「焔の能力は初めてやな。でもま、これで最後になるかも知れんけどな」
「あんたにやられるほど弱かないよ。なんだったら、試してみる?」
「そりゃ、お手柔らかに」

両者の間に緊張が走る。
空気がピリピリと音を立てた。
蚊帳の外に身を置きながら、不二も菊丸も朋香も桜乃も微動だに出来ない。
少しでも動いたら何かを壊してしまいそうな危うい均衡だった。
呼吸することすら忘れ、握った手に汗が浮き出る。

「ほな、行くで」

口火を切ったのは忍足が先だった。
刃のような風の塊がリョーマに向かって打ち下ろされる。
左右から挟み込んでくるその攻撃に、しかし、冷静な視線を向けると両手に焔を固めて、
刃を素手で地面に叩き落とす。
忍足は既にリョーマへと駆け出していた。
両者が真正面から激突する。
忍足の両手に風の刃が生まれ、リョーマは拳に焔を纏って拳で受けとめた。

「なかなかやるな」
「どーも」

激しい衝撃のぶつかり合いだと言うのに、お互いまるでなんでもないかのような日常的な会話。

(立たなきゃ)

眼前で戦闘が繰り広げられているというのに、桜乃の体は固まって言うことを聞かない。
逃げなければ巻き添えをくうかも知れないのに。
能力のぶつかり合いは、恐怖を通り越していっそ神秘的で綺麗だった。
その間にも、離れた二人は自分たちの力を真正面から衝突させる。

「これが能力者の戦い。ねえ、このままだとこの塔も危険じゃないの?」
汗を浮かべながら、朋香は不二と英二に向かって叫んだ。

「不二、おチビが能力者だって、知ってた?」
「いや。初めて知ったよ」

不二も英二も朋香の声など耳に入っていない。リョーマの姿を魅入るばかりだった。
そばに寄っていた朋香がその言葉にさらに驚く。

「知らなかったって・・・仲間じゃないの?」
「仲間だよ。でも、これについては何も知らない。越前は今まで一切触れなかった」
「なんだよ、おチビの奴。なんで隠してたんだろう」

知っていたならもっと効率良く任務を遂行出来るのに。
今まで彼は宝の持ち腐れをしていただけじゃないか。
そう思えてならない。
せっかく能力をもって生まれたというのに。

「それより、逃げなくていいの?あの人、時間を稼いでくれてるんでしょ?」
「う、うん。不二動ける?」

まだリョーマに後ろ髪を引かれながら、英二は立ち上がる。

「なんとかね。とにかくここから逃げるとしたら窓から縄伝いに下りるしかない。
 隙を見て窓まで走るよ」

チームのリーダーらしく、指示を出す不二に英二は二つ返事で頷く。
朋香もそれに習って承諾してから、振り返った。
視線の先には、自分たちとはだいぶ離れた所に座り込む桜乃がいる。
戦闘する二人に一番近い。

「姫、姫っ!」
弾かれたように振り替える彼女に手を振って

「こっち、早く」
ぎこちなく頷いてから彼女は走ろうと立ち上がった。


刹那


天上の一部が崩れ落ちた。



   ◇◆◇◆◇


「にゃろう」

我知らず舌打ちしたリョーマは素早く焔を固めて幾本ものナイフを作り上げる。
それを放ちながら忍足に向かって駆け出す。
飛んできたナイフを数本だけ切り割いて、
避け切れなかった幾本かで体に傷を負いながら忍足は荒い息を繰り返していた。
能力の使い過ぎで精神の消耗が激しいのだ。
そこへ直接叩き込む。
が、それは風の壁に阻まれた。

再び距離を取る。
にらみ合う両者に膠着が訪れる。
じりっと肌が焼ける感覚を抑え込んで、リョーマは神経を磨ぎ澄ます。
自分も隙を見せずに能力で戦うのは体力よりも精神の方がやられそうだ。
感覚が過敏になる中で瓦礫が一部だけ小さな音を立てて崩れた。

「はぁっ」
「おぉぉぉ」

その音を合図に渾身の力で叫んだ。
今までとは比較にならないほどの焔と風がぶつかり合う。

(これで終わらせる)

腹に決め込んで、体の奥から力を搾り出す。
忍足もそのつもりだろう。とんでもない力を感じる。

(でも、勝てない相手じゃない)

自分が今まで勝負していた奴と比べたら足下にも及ばない力量だ。
そして、心のどこかで久々の能力勝負を喜ぶ自分がいた。

しかし、その余裕が間違っていることには全く気付いていなかった。

「危ないっ。天上」

声がして反射的にその場から飛びのく。
丁度真上にあった天上が崩れてきたところだった。
今まで自分がいた場所に天上の瓦礫が粉砕していく。
もし声がしていなかったら、間違いなく自分は瓦礫の下敷きになっていただろう。
そして、数瞬そこに気を取られた。

「終わりやッ!」

声に反応した時には既に遅かった。
忍足の放った風の塊がリョーマ目掛けて押し寄せる。

(間に合わないっ!)

やられる。そう、確信した瞬間、目の前に人影が指す。

(え・・・・・・)

見開いた両目に移ったのは、自分の血ではなく、真紅の綺麗な液体だった。

「桜乃ぉぉぉッ」

遠くで朋香の悲鳴が聞こえる。
三つ編みが揺れる残像を見た。
次いでドサリと何かが倒れる音が、やけに現実を寄せ着かせず、鈍く耳に木霊する。
ゆっくりと視線を床に運ぶと、血溜まりと、
その中に横たわる華奢な体が薄いフィルターを通したように見えた。

ドクン・・・
鼓動が音を立てる。
自分の心臓だけがやけにリアルだ。

「なん、で?」

ゆっくりと地面に膝を付ける。
搾り出してもそれしか言葉は出てこない。


  ・・・・・教えて欲しい。


「な・・・名前、まだ聞いて・・ない、し・・・」
血塗れの腹を抑えて桜乃は静かに微笑む。

純白の女神がいるならそんなものは空想なんじゃないだろうか。
だって、ここにいる。
女神は、紅いんだ・・・?

「言・・ったよね。目の前の人を・・・助け、るのは悪いことじゃ・・ないって・・・」
苦しそうに呼吸しながら桜乃は目尻に涙を浮かべた。

「あんた・・・」


  ・・・・・教えてくれ。


「・・・私の命は・・・と、・・・・ても安い・・から・・・」

だから気にするなと、殊更穏やかに言う彼女の肢体を抱き寄せる。
暖かい血潮に漠然とした不安が宿った。
血溜まりは恐怖だ。
気を失った桜乃の顔をただ呆然と見つめる。

「余計なお世話だ・・・」
表情のない瞳から一筋だけ涙が零れ落ちるのと共に、消え入りそうな声でそう呟いた。



  『俺も後から行く。先に行け』



零れた涙が桜乃の頬に落ちた。

「えちぜぇぇぇぇーんッ!?」
意識の向こうで誰かが叫ぶ声がする。


  ・・・・・教えくれ、自分にはこんな運命しか枷られてないのか?








あとがき


ここまで読んでいただきありがとうございます。
皆様をドキドキと、この話の世界に誘えたら本望です。
では、次また会いましょう。
下北沢じゅんでした。




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