5.奪還









「で、どれがそうなの?」

塔の最上階まで忍び込んだ五人は、ケースの中に飾られたり、
鎧の手に乗せられた数々の武器を前に途方に暮れた。
収集家というだけあって、かなりの数の武器が並んでいる。
この中から望みのものだけを探し当てるのは骨が折れそうだ。

「ここに絵があるんですけど」
手もとの二枚の絵を青竜の三人へ渡す。
ちょっと歯切れが悪い言い方に、訝しみながら手に取った。

「・・・・で、どれ?」

案の定の応えに桜乃も眉をさげたまま部屋を見回した。
分かったからといってこの中から見つかるかどうかは別問題だ。

「ありすぎ」
げんなりと口を開く英二の肩に朋香は手を置いた。

「そんな顔しない。さくっと探しましょ!」
「そだね。へへ、龍ちゃんは強いなぁ」
「というよりもいじけるのが苦手なだけです。言ってるよりもまず行動」

そう言いながらさっそく近くの武器から探索開始する。
皆もそれぞれ武器を探しにかかった。

「へぇ、面白いね。こんな武器ってあるんだ」
見たこともない異国の装飾が、剣の刃先にまで付いた小刀を持って不二が興味深そうに見る。

「それって、武器じゃないんじゃなかったっけ?
 なんか、もっと南の方の国で踊りとかに使うやつだった気がするけど」
「詳しいね、外国の事情」
「にゃ、そういえば、なんで俺そんなことまで知ってんのかな?」

天上を見上げ首を傾げる英二達からは離れた場所でリョーマと桜乃は剣を探す。

「あの、ごめんね」
不意に掛けられた弱々しい声に手を止めると、桜乃がしゅんと肩を落としていた。

「なんか、面倒なこと押しつけて」
「さっき、脅してきたのはあんたじゃん」

呆れた口調を投げると、「そうだけど」と口ごもる。
桜乃にしてみればあの時はそれしか方法はないと必死だったわけで、改めて塔の暗い場所で
地道に作業していれば嫌でも冷静になって徐々に後悔が押し寄せると言うもの。
だが、リョーマは構わず休んだ手を淡々と再開する。

「っていうか、そんな情報くれたわけだから、恩を売れるチャンスだろ。・・・なんでしないの?」
チラリと猫を思わせる瞳を向けると、きょとんしたと顔で見られた。

「あ、そっか」
つまり、そこまで思い至っていなかったらしい。

「あんた、変」
「なっ!変ってひどっ・・・」

途端に桜乃の表情は哀しみに歪む。
言葉の選び方に遠慮のないリョーマなので、
自分には理解できない思考回路の彼女にそのままを伝えたのだ。
が、リョーマ自身とまだ付き合いの浅い桜乃にしてみればそれはとても厳しい意見だ。
むっとなって下唇を噛み締める桜乃に、今度はリョーマの方が面食らう。
敵と戦う場面ですらそんな顔はしなかったというのに、誉めたつもりもけなしたつもりもない
ただの一言に一憂している桜乃が益々理解不能だった。

「なんで、そんな顔になるわけ・・・?」
ぼそっと呟く。

「そんなって不細工ってことですか?」
「誰もそこまで言ってないじゃん」

呆れを通り越してうんざりした面持ちでリョーマは答える。
本当に泣きそうな彼女の気を反らすべく、
無造作に立てかけられていた手近な剣を引っ掴んで彼女の前に突き出してやる。

「ほら、これは?」
半眼の先ではたと気が付いたように目尻を戻す彼女にホッと胸を撫で下ろすと、
桜乃はリョーマの心中お構いなしで剣に飛びついた。
その勢いに圧倒されつつ

「な、なに?」
怪訝な顔つきで見守れば、桜乃は目を丸くしてリョーマの方を見る。

「?」
益々怪訝な顔つきで、冷や汗などもかいて見守ると桜乃の顔が綻んだ。

「こ、これ。あった、これですよ。ほら!」

詰め寄ってさっき見せた紙と剣とを突きつける。
じっと見比べてみれば、紙の剣と全く同じものが手の中にあった。

「・・・・・・・・マジ?」

搾り出した声で、リョーマは言った。
自分の運の良さに半ば呆れつつ不二達にも合図する。
本物を前に、輪になって囲むが、全員似たような冴えない顔つきになった。

「以外に粗末な形ね」
「っていうか、妖刀っていう輝きを微塵も感じないね」
「だから、今まで気付かれずにいられたんですね。これだけ適当に置かれてたし」
「えっと、以上の皆の意見をまとめると・・・・・これ本当に妖刀?」
「・・・・・」

気が遠くなりそうな意識の片隅、リョーマは無言になるしかなかった。
三人して桜乃と朋香を見る。

「えっ、ちょっと何でそんな顔で見られなきゃいけないわけ?」
理不尽さを感じた朋香の声音に、三人は顔を見合わせつつ「だって、ねぇ」と言葉を濁らせる。

「でも、これは妖刀なんです。そして、決まった条件下でしか力を発揮しない。
 条件が揃えば幾多のモノを壊す」
「条件・・・?」
方眉を跳ねて不二が反応するのに頷く。

「条件は、満月とあとの・・・・」

刹那。


壁に並べて飾られていた武器達が宙に浮き上がる。

「なっ!?」

誰かが驚愕の声を上げるが、飛んできたナイフのせいでそれを聞く余裕はなかった。
強烈な風が空気を凪いだような音を立てて幾本もの剣が鋭利な切っ先で
自分達を捕えて襲いかかる。
近くのケースが派手な音を立てて砕けた。
頭部を腕で庇って伏せるが、掠めていく剣が服を破って進入し、容赦なく肌を裂く。
次いで爆風が部屋を凪いだ。
鋭く磨ぎ澄まされたような風に腕から血が流れる。

(今度はカマイタチ!)

リョーマは喉の奥で悲鳴を上げて、その場にしがみつく。
一陣の衝撃が納まると、部屋はほぼ倒壊していた。
天上も一部崩れ、澄んだ星空が覗いている。

(よし、傷は深くない)

失血はそれほど酷くない。痛みも我慢できる程度だ。
他のメンバーを見れば、皆似たような傷で済んだようだ。
最後に桜乃に目をやれば、体に傷をつけながらも、
どうしてか一番的に成りやすそうな長い三つ編みが無事でなんとなく釈然としなかった。

壁が脆く崩れる音と共に一人の屈強な男が堂々と姿を表わした。
口元には下卑た笑みを浮かべて、品定めするように自分達を見てくる目線はきっぱりと不快だ。

「もう一つの条件が・・・能力者が傍に居ること・・・」
その男に目線をやったまま、ぽつりと桜乃が告げるのを片隅で拾う。

「へぇ、あんた能力者?」

凶悪な笑みの形に口元を歪ませてリョーマは男を睨めつける。
舌打ちをして、朋香が青竜刀を抜いた。
しかし、男は鷹揚に右手を青竜刀に向けて何かを小さく呟いた。
その瞬間、刀が意志を持ったかのように朋香の手を離れ、他の武器と同じく宙に浮き上がる。

「なっ。ちょっと」
「どうだい、嬢ちゃん。頼れる武器に逆らわれた気分は。人間ってのは愚かだなぁ。
 自分を守る唯一の方法が武器に頼ることなんだもんなぁ。
 ちっぽけだと思わないか?レジスタンスよ」

朋香は音を立てながら奥歯を噛み締めて、男を見た。
(極小さな声で「私はレジスタンスじゃない」と呟くのを青竜の三人は耳にしたが。)
悔しそうなその表情に気を良くした男は、芝居がかった口調で鷹揚に手を広げてみせる。

「だがよ、その武器に裏切られるとは思いもしまい。
 そんな能力者がいるなんてのは考えてねぇんだ。愚かだなぁ。浅はかだなぁ。
 だから、俺はそういった勘違いしてる奴らにいちいち教えてやってるんだよ。
 俺にはかなわねえって」

「親切だろー」と笑い飛ばす男を前に、全員が嘆息した。
第一印象最悪な男だが、能力がやっかいなのは確かだ。
それぞれやはり武器を得意として戦ってきた。
それを逆手に取られるとは、まさに今男が言った通りだ。考えもしない。
もともと能力者については身近にいない者にとっては空想論でしかない。
知っていたからと言ってどうなる話でもないが、
今の状況を少しでも奪回出来たかと思うと後悔するところはある。
しかし、肝心なのは今どうするかということ。
不二は薄く目を開けて相手を睨む。
視界の端で剣が揺れていた。

「くだらない口上は三流のすることだよ」
「なにをぉぉぉ!」

こんな時でもいつものペースで朗らかに失礼窮まりないことを言い放つ不二の言葉に
相手の神経は逆撫でされたようだった。
逆上する男を指さして笑顔を浮かべて「ほらね」と英二達に言ってのける。

「ちょっと、お兄さん勝算あって挑発してるの?」
「勝算っていうか、ムカつくしね」
「いや、それ全然答えにも希望にもなってないよ」
「無視するなぁ!」

いちいち声を荒げる男にリョーマはいい加減うんざりと

「頭悪そう」

きっぱり言ってみせた。
案の定男は額に青筋を浮かべて、数えるのも億劫なほどの武器の切っ先で五人を捕える。

「聞き分けのねぇ奴らには」
男は拳を握って天へ掲げた。

「お仕置だぁぁぁ」

その手を開いて勢い良くリョーマ達に向かって振り下ろした。
空に隙間なく並べられた剣がそのまま向かってくるのに、
頭の片隅で剣山を思い浮かべながら英二が前に飛び出る。
緊張して余裕のなかった表情が一変して無邪気な笑みに変わった。

「へへ、武器を宙に浮かせられるからって自慢しないでよね!
 そんくらい俺だって出来るんだからね!」

叫びながら啖呵を切って、英二は金糸を宙に放った。
向かってきた剣に見事に絡みつかせると先端を引く。
緩い締め付けだった糸がキツク剣を捕えて、動きはピタリと制止した。

「なんだとっ」
驚愕の声を上げる男にも金糸を放つが、反射的に避けられた。
しかし、避け切れなかった左足に金糸が巻き付く。

「おっと、動かないでよん。動くと拍子に足切り落としちゃうかもだし」
一点の悪びれもなく「にゃはは」と笑い声を立てる英二に男は頬を引き釣らせた。

「まったく、ダサイねあんた。能力者のくせに、能力持たない人間にも劣るなんて」
さけずむ目付きで言い放つリョーマに男は頬を紅潮させる。

「この程度の男を一瞬でも警戒したなんて屈辱だなぁ。その礼、取ってくれる?」

にこやかな顔つきで不二は男に寄っていく。
柔らかい物腰が、逆に得体の知れなさを強調させた。
左足以外を使って目一杯抵抗する男が、傍で見ていた朋香には哀れで仕方がない。
と言って、止めようという気は欠片もしないが。
それは桜乃も同感らしかった。
目を合わせる二人の少女の横で、リョーマは警戒心を解けなかった。

(カマイタチがあったのは武器のせいなんかじゃない。もう一人、いる?)

眉根を顰めた時だった。


「見事に捕まってるなぁ。窮屈やろ、今外したるから」

男の背後から声がして人影が浮かび上がる。
月明りに眼鏡が光った。

「ああっ、助けてくれ!」
仲間の救済に弾かれたように元気を取り戻した男に、背後の人影は薄く笑った。

「けどな」
すうっと右手を前方に掲げると、その笑顔は狂気に変わる。


「失敗しても、堪忍な」
一瞬右手が歪んで見えたかと思うと、溜まった風の塊が捕われた男の足下に押し寄せた。

「ぐっ、がぁぁぁぁ」

絶叫しながら、男がその場から開放される。金糸に捕われた右足をそのままにして。
鋭く切断された足から多量の血液が宙に飛び散り、金糸を浮き彫りにさせた。

「ひっ」
悲鳴を喉に詰まらせて、後退する桜乃を朋香が後ろから震える手で支える。

「ああ、やっぱやってもうたわ。こういう細かいのんは苦手やから、すまんなぁ」

床の上でのたうち回る男に澄ました目線を送って一本調子の言葉を告げると、
興味をなくしたように跨いで五人に向き直った。

「圧勝やったんで、ちょっと驚いたわ。一介のレジスタンスも結構やりおるんやな」

血溜まりの中でブーツを浸らせる自分たちとそう変わらない年頃の少年は、
そう言うと片手を上げる。
目を逸らせないまま、その動きに警戒態勢を取ると少年は口を尖らせる。

「なんや、ただの挨拶やわ。「初めまして」やろ。礼儀っちゅーもんをしらんのか?」
「能力者・・・」

乾いた声で言う不二に、薄い笑みを向けて

「そ、忍足侑士言うねん。よろしゅう。とは言っても、これでバイバイやけどな」

その笑顔のまま、即座に作り上げた風の塊をリョーマ達目掛けて解き放つ。
空気の唸りを直に感じながら、五人はバラバラに散った。
奥歯を噛み締めて、不二がナイフを投げるが風に凪ぎ払われる。

「にゃー、金糸も全然ダメ。っていうか、目的のものも奪還したんだから逃げようよぉ」
「隙があるならそうしてるよ」

どうにか目を凝らしながら、出鱈目に不二は回避してゆく。

「姫っ!」

運び屋の二人を引き裂くかのように、風が襲って、二人は離れた。
その後も続く攻撃になかなか近づけない。
焦って朋香のもとに走ろうとした桜乃の三つ編みを引っ張って、リョーマは自分に引き寄せる。
その目の前を、空気を切り裂く音が駆け抜けていった。

「あ、ありがとう・・・」
もしリョーマに引っ張られていなかったら、確実に今の攻撃の餌食になっていたと悟った桜乃は
引き釣った声でそう言うので精一杯だった。

「あんた、変なところで鋭いくせにトロイんじゃないの」
「え?」

聞き返す桜乃を再び引っ張って風から回避する。

「風を固めることで空間に歪みが生じる。
 だから、カマイタチがどこにあるのか歪みを見ればわかるわけ」

そのおかげで位置を見切れるわけだが、その理屈をわかっていないのは桜乃だけだ。
他の皆はなんとか急所を避けて切り傷程度で済ませている。
とは言っても容赦なく降り注ぐ攻撃に、いつまで避けていられるか分からない。
そう考えた時、苦悶の声を上げながら、視界の隅で不二の体が傾いだ。

「不二ぃー」
腕を抑えてその場でうずくまる不二のもとへ、英二は駆け寄り、
自分の服を割いてキツク巻き付ける。

「危ないっ!」
桜乃の声に二人は天上を振り仰ぐ。空間の歪みが迫っていた。

「英二、逃げて」
痛みで鈍る感覚のせいでおそらく避けられないと判断した不二は背中を押すが、
英二は必死に不二を担ごうとして動かない。

「にゃろう」
リョーマは二人の頭上目掛けて腕を突き出す。

「まずは二人、かな」
微笑を浮かべて忍足は風の塊を振り下ろす。


しかし

「!?」


突然現れた爆炎によって、風は霧散した。

「・・・・・なっ」
「この程度の炎で蒸発するなんて、まだまだだね」

瓦礫の上に毅然と立ったリョーマが挑発的な笑みを向けた。






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