倉庫が爆発するよりも少し前。
朋香と桜乃、作戦中のコードネームは〃姫〃と〃龍〃は闇に紛れて塀を飛び越えた。

「あの屋敷にあるのよね」
「うん。コレクションされてるって。あそこだよ」

手元の紙で確かめながら、桜乃は一つの塔を指さした。

「じゃあ、行くわよ姫」
「うん、りゅ………」

その時だった。

爆発音が辺りに響き渡り、地面が振動する。
揺れる地面に平衡感覚が失われて、たまらず二人はその場にうずくまった。

「くっ………」

失われた聴覚が正常値に戻った頃に爆発は納まった。
辺りを見回すと、塔の近くから赤黒い煙が天に昇るのが見える。


(まずい)


何かあったのだ。あそこで。つまり自分達が向かう先になにか問題が発生している。

「行くしかないわね」

緊張した朋香の言葉に桜乃も頷いた。
他の建物から飛び出た塔目掛けて二人は一直線に敷地内を駆け抜ける。

「そっちだー、捕まえろー」

派手な爆発が辺り一体を轟かす。そのうち到る所で警備員と思しき怒声が飛び交いだした。
何かと応戦中なのだ。それも近くに。

「こっちにもいたぞー」
前方を塞ぐように複数の警備隊が立っていた。

「逃がすな」

剣を片手に穏やかでない隊の群れへ、歩を緩めるどころか加速させて突っ込んだ。
驚いた一人が朋香目掛けて剣を振り下ろす。
それを腰から素早く抜いた青竜刀で受け流すと、手首を返して相手の銅に切り込んだ。
声も上げぬまま男は地面に崩れる。
青竜刀を構えて朋香は警官隊に対峙した。

「龍っ」

桜乃も隣に並ぶ。

「ここはいいから姫は塔に向かって」
「分かった」

桜乃が応えるのと同時にそばにいる男に切り込んでいく。
その間を抜け、桜乃は駆け出す。

「すぐ行くから!」

朋香の声を聞いて、短く返事をしてその場をスピードを上げて後にする。
いくつもある建物を縫うように塔に近づくと、
建物の間に挟まれた狭い通り道で前方に人影が見えた。
用心深く布を頭に被せて、後退できずに影へと向かう。




   ◇◆◇◆◇




「にゃろう」
軽く舌打ちして、リョーマは相手を殴り倒した。

回りにはリョーマが倒した男達が地面に伸びている。
倉庫が爆発してから仲間と完全にはぐれてしまった。
と言ってもあちこちであがる炎上に大体の位置は掴めているが、
リョーマがいるのは仲間とは離れた位置だ。
ついでに、武器をかっ攫ったら合流するはずの、
乾がダンプを用意している場所とは全く正反対の方向に来てしまっている。
正確な位置が分からないために右往左往しているうちに、
警備隊に追われてこんな場所まで来てしまったことに嘆息した。
もし、自分が合流する前にダンプが発車してしまったら………。

仲間を見捨てるのをギリギリまで待ってくれるとしても、最終的にはリョーマのミスだ。
不二ならば容易に見捨てる可能性もある。
リョーマとしてもこんなところでのんびり警備兵と遊んでいる暇はない。
検討を付けて、ダンプの方向へ走った。
広い敷居に呪いの言葉を浮かべつつ苦いものを飲み込んだ。


(嵌められた)


罠だったのだ。
武器を奪いに来たレジスタンスを根絶やしにする罠。
まんまと一杯食わされた。

「くそっ」
角を曲がるうちに狭い路地に迷い込む。

位置を掴もうと立ち止まったところで前方から小柄な人影が向かってくるのが見えた。
自嘲気味な笑みを浮かべて、リョーマは向かってきた相手に
自分も走り込みながら拳を突き出した。
驚いたように相手は立ち止まって左へステップした。
ギリギリで回避された後すぐに追撃に出る。
それすら舞うように避け、相手は距離を取った。

じっと闇に目を凝らしつつ相手の正体を探る。
頭からすっぽりと布を被り、そのままマントのように体を覆わせているため、
正確な人相は判断できない。
ただ、背はそれほど高くない。
自分よりも少し小柄だ。
布を被った姿にどこか既視感を覚えたが睨み据えた瞳は反らさない。
先の交戦でなかなか油断できない相手だということは分かっている。
そこまで思考を巡らせたところで、その人物が自分の腰に手を伸ばしたのが見えた。


(しまった!)


闇に紛れた普通なら見逃してしまうような小さな動きを捕えて、
自分の視力の良さに感謝しつつ、隠していたナイフを放つ。
が、腰からまんまと抜いた二刀の短剣でナイフを叩き落とされた。

「にゃろう」

冷や汗が頬を伝うのを拭いもせずにリョーマは飛び出す。
相手が慌てて右手の短剣で袈裟切りするのを上半身だけずらして避け、
左の短剣が追撃するのも地面に低く身を屈めることで回避する。
そして、そのまま相手の体にタックルした。

「きゃ」

小さな悲鳴を上げて相手が地面に沈んだのを見計らい、
上に乗って体を地面に押しつけると自由を奪った。


(………ん?)


しかし、相手の顔にナイフを突きつけたままリョーマは驚いて動きを止めた。

「………「きゃ」?」

相手の体を組み敷いたまま柔らかい感触にようやく違和感に気付く。

「ちょ、どいてくださ………」
苦しそうに呻く相手の頭から布が落ち、同時に三つ編みが零れた。

「あんたっ!」

リョーマは息を飲んで相手の顔が良く見えるように顔を近づけた。

「あ、あなたは……」

相手の少女も気付いたらしく目を見開いている。

「桜乃………」


一瞬息を吸うのを忘れた。
なぜ彼女が!?
あまりにも予期せぬ再開に、お互い時が止まったように動きを止めた。

「あの、顔が近いんですけど………」

我に返って頬を赤く染める彼女はか細い声で告げるが、リョーマは再開のショックから
立ち直っていないのか未だにじっと桜乃を見ているだけだ。



刹那



「姫ー!」

叫び声がしたかと思うと、二人の間を青竜刀が煌めいた。
瞬時に反応したリョーマが桜乃から離れて後退する。
桜乃を庇うようにして立っているのは青竜刀の切っ先をリョーマに突きつけた朋香だ。

「あんた何者!?」
「龍、この人は………」

桜乃の制止を遮って、怒声が響いた。

「いたぞー、ここだ」
「ちっ、見つかった」

視線を外せず、声に焦燥感を募らせると、不意にリョーマが背を見せた。

「えっ……」
拍子抜けてきょとんと見つめれば背中越しにリョーマが愛想無く告げる。

「こっち側のは俺がやるから、そっちはあんた達でどうにかして」
「へ?」
「うん、分かった」
何のためらいもなく応える桜乃に朋香の方が面食らう。

「龍、その人なら大丈夫。あとで説明するから今は警備の人を」

納得いかないながらも真剣に言う桜乃に頷くしかなかった。
桜乃、朋香とリョーマは背中合わせで両側の敵を迎え撃つ。
警備兵は三人を取り囲んで硬直状態を保つ。

初めに動いたのは朋香だった。
胸のモヤモヤを晴らすように勢い良く青竜刀を振る。
桜乃もそれに続いて、二刀の短剣を縦横無尽に振り回す。リョーマも体術で応戦した。
確実に敵の数を減らしていく三人が決して弱いわけではない。それどころかかなりの強さだ。
しかし、如何せん敵の数が多すぎた。
徐々に行動範囲を狭められていく。
挟まれる形で三人の額に緊張の冷や汗が流れる。


(このままじゃマズイ。逃げ道がない)


ちょうど敵の一人の鳩尾に肘を叩き込んだ時だった。
警備隊の後ろで爆発が起こった。

「越前!」
誰かが大声で叫ぶのに続いて、警備隊が二つに割れ、表われたのは不二と英二だった。

「今のうちに、早く」
頷くより先に足を前方に投げ出す。しかし、はっと後ろを振り向いた。

二人はまだ敵と戦っている。
リョーマの中で一瞬迷いが生じる。ほんの少しだけ考えてから、リョーマは桜乃の腕を掴んだ。
突然のことに桜乃が驚くが、構わず引っ張る。

「行くよ」

目を見開いて見てくる視線を感じながら、リョーマは強引に走った。

「あ、ちょっと待………んもう、しつこい」

慌ててついてこようとした朋香が、袖を引っ張る警備兵を剣の柄で昏倒させて後を追う。

「越前、その人達は」

二人のところまで行くと、当然疑問に思った不二が声をかけるが、横に並んで走りながら
「後で」と小さく言うだけだった。
向かってくる警備兵が、英二が金糸で張り巡らせたトラップに引っかかっている間に
五人はその場を離れた。








「待ってください!」
掴まれた手を逆に引っ張って十分に離れた場所に来た頃、
それまでリョーマにされるがままだった桜乃が声を上げた。

「待ってる場合じゃ………」
怪訝な顔つきで見返すリョーマの言葉を真剣な口調で遮る。

「私達、しなくちゃ行けないことがあるんです」
「また今度にして」
「それじゃ遅いんです」

リョーマはさっさと歩き出そうと一歩を踏みかけた。しかし、やはり鋭く桜乃が止める。
切羽詰った声音に、反射的にその一歩は失敗に終わった。

「私達妖刀を奪還しに来たんです」
「ちょっ、姫」
慌てて止めようとした朋香の手を掴んで、桜乃は朋香を真正面から見据える。

「龍、状況を選んでる場合じゃないと思う」
「姫………」

見つめ合う二人に青竜三人は戸惑う。どう切り出していいのか図りかねていた。
小さく嘆息して、朋香も後を続けた。こうなれば手伝ってもらうしかない。

「塔のコレクションの中に妖刀が混ざってるの。一本で大きな災害を招くと言われているわ。
 その布は青竜よね。あなた達にとっても困る話じゃない?」
「………」

困惑で何も告げられない英二とリョーマよりも先に我に返った不二がすっと目を鋭く開いた。

「っていうか、僕は君たちが誰かも知らない」
いつものように穏やかに「だから信じる気もないよ」と言い放つが、
その口調はいつもよりもキレが悪かった。

「こいつらは運び屋っスよ」
桜乃を見たまま、リョーマが口を開く。

「知り合いにゃの?」
「…………まぁ」
「でも、信じる要素にはならないんじゃない?」

不二の言葉に多少ムッとしているリョーマの手を解いて桜乃は顔を伏せたまま言った。

「信じてくれないなら、それでもいいです。私達だけで行きますから。もともとそのつもりでしたし」
伏せていた顔が上がった瞬間、透明な瞳で


「でも、仕事がやりにくくなったのは誰かさん達の失敗のせいだと思いますけどね」


「………言うね」
リョーマの瞳が鋭くなる。


横では挑発するように、いっそ美しく朋香が微笑む。

「やろう」

朋香をじっと見つめたままの英二が、呆然と口を開いた。
驚いているうちに勝手に口から飛び出たとでも言うような様子に怪訝な顔を向けるが、
次の瞬間、英二はしっかりとした意志を宿した瞳でリョーマと不二を見る。

「やろうよ!だって俺達にとっても重要なことじゃん。敵の手にそんなのがあって、
 今ここにいるんだからチャンスだって」
「英二………………」
唖然として開いた口が変化するのに、そう時間はかからない。

「じゃあ、何かあったら英二が責任取ってね」
くすっと清々しく不二は微笑む。

「へ?」
「だって、確かに重要だけど危険だし迷ってたのに英二がすっぱり言うから」
「ああ、そういうことなら俺も行きますよ」

あんぐりと口を開く英二の前で不二もリョーマもすっかり納得したらしく了承の形をとった。
桜乃と朋香は驚いたというよりも呆れたように肩を震わせて笑いを堪えている。


「…………………………もう〜!どうなっても責任取ればいいんでしょ!行くよ、皆」
足音を立てて大地を踏みに踏み締める英二の後ろで、遠慮がちに朋香が声をかける。


「あのね、塔はあっちなの」


「……………行こう……」
ひたすら情けなかった。








<あとがき>


英二ファン、不二ファンの方ごめんなさい。
英二が情けない感じです。でもそこが可愛いとこだよねって思って書きました。
そして、不二。・・・黒いです。
じゅんが書くとどうもシュールな感じがするなぁ。
そういう不二が好きなんです。

どうでしたか!?
リョ桜だったでしたか?
なんだかリョ桜として書いたのに全くそんな感じがしなくて申し訳ないです。
でも、話の中で深まる絆、みたいなものを目指しているので
これからお互いなくてはならない存在になっていく予定です。
今回は、まあ、副タイトルは「戦う桜乃」って感じで。
二刀流〜。
リョーマは体術の玄人ですね。
そして、まだ明かされていないもう一つの力があるのですが、それは次回に。
二人の再会は思いっきり偶然のエロさを求めました。
でもまだまだでしたね。
今後頑張ります。
では、また次に。




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