4.図られた









「侵入成功、どうぞー」
「遊んでないで、ちゃんと報告」
「ほーい」

無線機からの英二の調子っ外れな声に、不二が笑いながら叱咤する。
現在敵の敷地の外、塀の影に待機しているのは不二、桃城、リョーマ、それから海堂だ。

「今回は海堂先輩も、なんスね」

海堂を見ながらリョーマが珍しそうに目を細める。
海堂が直接参戦することは珍しい。
どちらかというと、隠密行動をすることの方が多いのだが。

「今回はそれだけ人手がいるってことだよ。乾も駆り出されたしね」
「はあ」

質問したのは自分なのに生返事を返す。
不二は気にした様子もなく無線機に再び話しかけた。

「にしても、今回本当に急だな。その日に下見してすぐ決行なんて今までなかったのに」
「それはしょうがねぇ、調べたらここにある武器は明日には運ばれちまって
 行方が分からなくなるからな」

壁に背中を預け、頭の上で手を組んだ桃城が言うのに、
同じように壁に背を預けている海堂が答える。

「へぇ、ま、知ったのが今日で本当に良かったよな」
「三人とも、英二から伝言。一回目の見回りが終わったよ。見張りもなんとかなったそうだ」
「了解」




◇◆◇◆◇




「不二に連絡入れたよ」

無線機に話しかけていた英二が、武器庫を見張っていた大石に向き直る。
ずっと注視していた視線を一端英二に向けて

「了解。じゃあ、あいつらどうにかしようか」
親指だけで指した先には、倉庫を前に武装している傭兵がいた。

「そうだね、不二達が来る前になんとかしないと」
「……やけに熱心に言うな」

微妙な熱のこもり方に訝しめば、全く悪気ない表情で英二は微笑んでみせた。

「だって、警備の人達なんとかしたって言っちゃったし」
「…………英二……」

無邪気ほど恐いものはないと、この時胃を押さえながら大石は悟るのだった。
ともかく、と気を取り直して倉庫を見る。

「傭兵が三人か。少ないな」
「だよね。よっぽどの自信家かな」
「それか一人で四人分の力の持ち主達か」

一点を見つめたまま、考え込むように口を結ぶ大石の肩を、笑いながら英二は叩いた。

「今ここで考えてたってしょうがないじゃん。行ってみようよ。
 行って確かめればいいんだから。
 ったく、だから胃薬携帯する羽目になっちゃうんだからね」

苦笑いを返して

「そうだな。よし、行こう」






「あー、寒い」
「まったくだ。早く終わってほしいぜ。酒も飲めねぇし」
両手を擦り合わせて、三人のうちの長髪の傭兵が不平を零した。

この屋敷に雇われて五日目。
毎夜毎夜見張りを任せられ、一日目こそ張り切っていたものの、
結局未だに活躍することもなく、
ただ毎夜こうして寒い中倉庫の前でただ立つことだけに限界を感じていた。

「こんなとこに本当に警戒する意味なんてないんじゃねーのか」

流れ者の傭兵だと気取って、
手柄を独り占めしようと今までお互い協力する気もなくいたが、退屈すぎた。
五日目にしてようやく二人はお互いの声を聞いた。
三人目の口髭を貯えた男は今だ黙ったままだ。

「だよな。こんなことしてたって時間の無駄だぜ。なあ、今日は襲撃来るか賭けようぜ、
 どうせ暇だし。俺は来ない方な」
「ばか、それじゃ賭けになんね」
「お前はどっちに賭けるんだよ?」

こちらに視線すら向けないで、突っ立っている髭男に話しかけるが、
髭男は厳しい顔つきで睨んでくるだけだった。

「耳聞こえないのかよ。すましてんじゃねー。どっちにかけるんですかぁ?」

完全にバカにしたように投げかける言葉に、髭男は侮蔑も露にする。

「んだ、気に食わねーな。……どうせ暇だしな。
 お前をスパイってことにして殺ってもいいんだぜ」
「ああ、そりゃいいわ。賭けするよりも楽しそうだな」

狂喜的な笑みを浮かべる二人に、不愉快そうに鼻をならす。

「下らんな。そんな悠長にしてる暇があるのか」
「なんだてめぇ。いい子ちゃん気取りか、それとも報告でもする気か?」
「そうではない。俺は油断してる暇があるのかと言っているんだ」

一喝が飛んで長髪の男は反射的に立ち上がって詰め寄る。
目を据わらせて掴みかかった。

「いちいち癪に障るんだよ。今日で五日目の退屈なお時間なんだぜ。
 幼稚園の昼寝の時間よりも不経済でアホな仕事時間さ。
 明日で終わりかと思うと清々するがな。
 油断だぁ?冗談じゃねぇえ。油断させないことが今更起こるかよ!」



「五日目の正直ってこともあるんじゃない?」



突然の第三者の声に慌てて掴んでいた手を離してばっと二人は同時に周りを振り仰いだ。

「うっ」

唐突に一人の傭兵が呻き声を上げたかと思うと、白目を向いたまま地面に倒れ込む。
驚いている二人の視界で、倒れた男の影から、倒れる男の光景には全く似つかわしくない
さわやかな好少年が姿を表わした。

「貴様……」

気配を全く感じさせず、気付かれないうちに鮮やかな手捌きで
一人の男を簡単に倒してしまった力量に、
二人の傭兵は汗を垂らしながら慎重に剣の柄に手を伸ばそうとして、


止まった。


止めたくて止めたわけではない。指先すら全く動かせないことに気付く。
訳の分からない状況に焦燥感が募る。

「な、なんだ!?」

長髪の傭兵が無理矢理動かそうと腕に力を入れた。
が、服が裂けて皮膚が切れた感覚にぞっする。
切れたカ所から滴り落ちた真紅の血が何かの跡を辿るように闇の中に線を描く。

「無駄だよーん。もう捕えちゃったから」

言い知れぬ何かが上り詰める中、
目の前の少年同様状況に似つかわしくない陽気な声が背後から届く。

「いつの間に!?」

得体の知れない少年二人に、手練の傭兵二人は恐怖を抱くが、抱いたところで遅い。

「そっちの人の意見もちゃんと聞いておくべきだったよね。
 でも、まあ聞いてたとしても意味無かったかにゃ」

おどけてみせる少年の手が動くと、傭兵達の剣が腰から離れて、
地面に落ちることなく宙に浮いた。
月明りに照らされて、剣の回りで何かが煌めく。
はっとして目を凝らすと、
傭兵達のいる空間中に微細の光沢を放つ糸が張り巡らされていた。
少年の手から極細の金糸が夜闇に溶け込むように伸びている。
舌打ちした傭兵が叫ぶよりも前に、少年の手が閃く。

「ぐっ」

鈍い音を立てながら傭兵は金糸に体を縛り付けられ、その場に昏倒した。

「いっちょあがりのへへへのかっぱ〜」

少年、英二はピースを作ると相棒の少年、大石に向けて笑ってみせる。
しかし、大石の反応は素っ気無かった。
なぜだか気まずげに視線を逸らされて、疑問符を浮かべると、背後から

「大石じゃなくて、英二から連絡が来た時点で、なんとなく分かってたけどね」

音もなく背後に立った不二の声に、英二は固まる。

「ふ、不二。早かったね。あ、あの、これはさほら………」
「うん。別に怒ってないから」

穏やかな声と言葉の反面、目は全く笑っていない。

「ゴ、ゴメンナサイ。ツギカラハモウシマセン……」

不自然にギクシャク誤る英二と不二を放っぽってリョーマはさっさと扉に近づくと、
ナイフの柄で鍵を壊した。
一瞬だけ見せた燃えた塵には、不二と英二を囲う面々は気付かない。

「お、越前手際がいいな」

感心したように言う大石に「どーも」と小さく返して扉を開いた。
金属の掠れる音がして(回りに響いていないかチェックしつつ)開いたそこには
人間が余裕で入りそうな箱が並べられていた。

「うっへー、こんなにあるの?」

うんざりした英二の声に、出鼻を挫かれた桃城も扉にもたれ掛かり肩を落とした。

「気分が滅入るぜ………」
「仕方ない。手分けして作業に入ろう。海堂」
「はい」

海堂はそれぞれに袋を手渡して、自分でも袋を持つと手近な箱をこじ開けた。

「結構な数ですね」
「これだけよく集めたよね。さすが収集家」
「不ー二、感心してる場合じゃないよ」

自分達も作業にかかりながら笑いを零すのに英二は呆れて言う。

「桃先輩も、だらけてないで早く作業して下さいよ」

今だ扉にもたれ掛かる桃城に、胸中で「自分だけサボろうったってそうはいかないぞ」と
怨念を込めて半眼を向けた。

「わーってるって」

渋々扉から離れると海堂から袋を受け取る。
その時に犬猿の二人は(ちなみにどちらが猿でどちらが犬か青竜の中で
しばし話題になることもある)「とろいんだよテメェは」「んだとマムシ野郎。後で覚えてろよ」
とその関係を露にしてくれた。

「ん、使えないものもあるみたいっスよ。これ錆びてる」

開けた目前の箱を見ながらリョーマが言う。
手にとった剣は鞘にすら入っておらず、その刀身は所々削れ錆ついていた。

「本当だ。収集家のくせにコレクション以外は整備すらしていないのか」
「………っていうか、こっちも」
「これもっすよ………」

舌が乾いたせいで生唾を飲み込みながら言う台詞に不安が沸き上がる。
「まさか」という思いに駆られ、不二は次々に箱を開けていった。
最初こそ武器と呼べるものが入っていたが、
奥の箱に進むにつれ不二の顔が恐慌に歪んでいった。


「はめられた………」


同時だった。
その言葉を皆が聞くか聞かないかのうちに箱の中のものが炎上する。

「爆弾だ、逃げろっ!」

誰かの叫び声を聞きながら(もしかすると自分のものだったかも知れない)
本能的に倉庫の外に飛び出した。






2/ 戻る