3.それぞれの仕事








「ねえ、一週間もぶっ続けっていうこの国の祭り、止めない?」


「………って、それを僕達に提案されても」


怒りに任せて食器を乱暴に置きながら(奇跡的にも割れずに済んで周りはほっとする)
朋香は刺を含ませて怒鳴った。
行き場のない怒りが体中を目まぐるしく駆けているらしい。


本日晴天。
ニイチェイの中、五日目の朝を迎えている。
祭りでただでさえ客の賑わいはすごく、日を追うごとにテンションは上がる一方だが、
おかげでこちらのテンションは上がるどころか最近は麻痺している始末だ。
カチローは朋香を見ながら自分も深い息を付く。


「それを、一体どこに申請すればいいんだろうね……?」
「っつーか、そもそも申請できるわけないじゃん。この国の名物だぜ」


遠い眼差しで零した言葉を、堀尾が鼻高々に抗弁する。



「実際この国は祭りを使って観光費や貿易で儲けてんだぜ、無理にきまってんじゃん」

「うっさいわよ堀尾。そんなこと誰でも知ってるっての。あんただけの国じゃないでしょ」


呆れて返す朋香に、算盤を弾いていた手がうっと詰まった。


「でも、おかげで商売繁盛でいいって朋ちゃん言ってたじゃない」


きょとんと首を傾げる桜乃のほうへ、朋香は指を突きつけた。



「それはいいの、そ・れ・は!でも、酔っ払った客は許せない。
 今日だってしつこかったしぃ。桜乃なんて絡まれて大変だったじゃない」


昨夜のことだが、もうすぐ真夜中に差し掛かろうかという時刻、
酒を飲んですっかり出来上がった客が何を勘違いしたのか
料理店の看板娘を買おうと言い出したのだ。
賑わうのは多いに結構なことだが理性を無くすのは質が悪く、
収集を付けるのにかなり苦労したのだ。


「私は平気」
「もう、それだもん。だから客が付け上がるんだから!」
「刺刺の小坂田よりはマシだけどな」
「バカは黙ってよね」


キッと朋香は堀尾を睨めつける。
その迫力に気圧されつつ、堀尾はなんとか踏み止まった。



「うっるせー、バカっていうけどな、俺はもうそろそろ一人前に認められるんだからな」
「はん、一年前にも同じ台詞聞いたわね」
「今度こそ貰えるんだよ!」


鼻息荒く堀尾は主張してみせる。


「じゃあ、その自慢の能力を出してみなさいよ」
「うっ………いいぜ、出してやらぁ」


一瞬だけ詰まったものの、朋香のバカにしたような顔を見て、堀尾は自分自身を
奮い立たせるために胸を叩いて、叩いた手をそのまま前に掲げてみせる。


「ちょ、二人とも止めなよ」


慌てたようにカチローが声を上げるが、頭に血が上った二人には届かない。


「い、いくぜ」
「わかったから、やってみれば」


ふんっと息を撒いて顔に力が入る。
日に焼けた肌の色が力が強まるに従って次第に赤くなり始めた。
掲げた手にはまだ変化がない。


「ふぬぬぬ」


唸りを上げると、手の先から極薄くだが光が現れる。


「堀尾君っ」


カチローが諫めようとした刹那、手先から煙が燻った。






そして






「ぬぬぬ」






そして、煙が晴れた後には何もない。
ただ、手を掲げている先の光景が変わらずあるだけで、一瞬だけ見せた光も、煙も、
まるで初めから無かったもののように存在を残していない。


「で、これでどう苗字が貰えるようになるっていうのよ」
「ううっ………」


本人も思った以上に失敗したらしく困った顔で唸るしかない。



「能力者は一人前に認められると苗字が貰える、か。堀尾君を見てるとちょっと信じられないよね。
 ね、桜乃ちゃん」


故の成りゆきを見守って、ようやく安心した様子のカチローが二人から離れて桜乃に笑いかける。



「能力者が近くにいないと関係ない話しだし。堀尾君の能力なんて光を具現化するってだけだし。
 あ、そういえば僕が前に住んでたとこには猫を酔わせる能力を持った人がいたんだよ。
 まるで一発芸みたいだよね」


はははと笑い立てるカチローに桜乃も小さく笑う。


「能力にも色々あるもんね………」


ふっと息を抜いて、桜乃は両手を見る。指先に微かに冷気を感じて、手を合わせて包み込んだ。


「桜乃ちゃん……?」


きょとんとこちらを見つめるカチローの後ろから、人影がぬっと現れる。


「皆さん、支度は終わっていますか?」
「ごめん伴爺、終わってないです」


悪戯が見つかった子供のように慌てて四人は支度を始めた。


「今日はのんびりですね。さすがに五日目ともなると疲れましたか?」


丁寧な中にも微かに怒りを感じ取って、四人は一勢に動きを止めた。
ピタッという擬音が似つかわしいようなその行動に伴は笑い声を立てる。



「いえいえ、責めている訳ではありませんよ。老いた身では、三日目辺りからもうクタクタですしね」
「何言ってるの。昨日元気に夜中まで客と賭け事やってたでしょ」


呆れたように朋香が半眼を向けるが、それも軽やかに笑って受け流した。
従業員の誰もが伴を身内のように慕う中、朋香と伴は正真正銘の祖父と孫だ。
穏やかな伴に対して、活発で騒がしい朋香は一見して血の繋がりを感じさせないが、
だからこそ釣り合いが取れているのではないかと思う。
伴を見て育ったから朋香は正反対と言える性格になった。桜乃にはそんな気がする。



(でも、やっぱり似てるとこもあるけど)



くすりと笑うと、「桜乃〜時間ないから手を動かす」朋香の喝が飛ぶ。
それに軽く返事を返して、雑巾を片手に、フロアの支度を始めた。








初めてのあとがきです。
ここまで読んでくださった方ありがとうございます(ペコリ)
桜乃達の平穏な日常をテーマと、始動前のほんわかした(?)空気を
楽しんでいただけたらと、思います。




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