2.カルピン







「おチビ、遅い!捕まったかと思ったじゃんか」

「どうも。だからそんなヘマしませんよ、桃先輩じゃあるまいし」

「んだとー、聞こえてんだよ越前!」


 この国のスラム街にある雑多な建物ばかりの中にカルピンは存在する。
もとは空き家だったのを、誰に断るでもなく勝手に使っていた。
そして、住み着いた猫の名前をそのまま建物自体に名付けて、
自分たちのアジトをそう呼ぶことにしている。

カルピンに帰還した途端に英二の大声に迎えられて、リョーマはしれっと応えた。
桃城が奥の部屋から耳悟く聞きつけて、リンゴを噛りながら
出入り口に面した広間(共同スペースと呼んでいる)に表れる。


「さっきも言ってたな、俺がそんなヘマするような奴かどうか試してみるかぁ?」


目を据わらせた桃城は、わざとらしくリョーマの頭に手を置こうと伸ばすが、
それを降り払って挑戦的に笑みを作った。


「後悔しても知らないっスよ」


一瞬で、二人の間に火花が散るのを、横で英二は面白そうに見ている。
心なしかワクワクしているようにも見える。


「邪魔だ、どけ」


入り口を塞ぐようにいがみ合う二人に、青竜の青布を頭に巻いた少年が言い放った。


「あー、海堂おかえり」


明るく英二が迎えるのに「どうも」とだけ告げて、リョーマと桃城の間を割る。


「邪魔だとぉ、マムシ」


皮肉を含ませたニックネームに、海堂と呼ばれた少年の肩がピクリと揺れた。


「んだと、やるか」

「上等だぜマムシ」


怒りの矛先が他人に向いたことで自由になったリョーマが、避難とばかりに英二の横に移動する。


「んー、相変わらずだよね、二人とも」


少し困ったように口調を尖らす英二に頷く。
自分が少し前までその場所にいたにも関わらず、対象から外れたことで、
すっかり第三者を気取るつもりらしい。

 海堂と桃城のいがみ合いは、青竜結成以来当然のように発生した。
年が同じということもあり、ライバルとして互いを意識するせいである。
そして、桃城とリョーマの場合は、気が合い、仲がいい者同士の遠慮の無さと、
認め合っているからこそのじゃれ合いのような感覚で日常のように、さきの光景はあった。
だから、回りのものは「またか」という目で見るのだ。


「元気がいいのはいいことだけど、二人とも、そのくらいにしておかないか?」


奥へと続く扉から、桃城同様(しかし、彼の場合は丸かじりではなく切ったものだが)
リンゴを片手に頬張りながら雰囲気の柔らかい好青年(少年)が姿を表わす。


「大石先輩。だってこいつがぁ」


不服そうに頬を膨らませて桃城が講義するのに「まあまあ」と笑いながら、奥の部屋を差して


「井上さんからおいしいリンゴをもらったんだ。言い合いもそのくらいにして奥で食べないかい?」

「桃が食べてたの、それかー!うんうん、食べるにゃ〜」


もしも、英二に耳や尻尾があったのならば、確実にピンと立てていたところだろう。
嬉しそうに大石に飛びついて、猫なで声を上げている英二はとても年上の男には見えなくて、
密かにリョーマは戦慄する。


「ちっ、しょーがねぇ、お前にかまってるくらいならリンゴ食ってた方が有意義だもんな」

「ふんっ、それはこっちの台詞だ。無駄な時間を過ごした」


お互い同時に顔を反らして小競り合いながら奥に入っていくのを、
きょとんとして大石と英二は見送った。


「なんていうかさー……」

「ん?なんだ英二」

「あの二人って………」


眉を寄せて神妙な顔付きで言葉を躊躇っていると、
後ろから扉へと向かいながらリョーマが淡々と呟く。


「似た者同士っスよね」

「そう!そうなんだよ。言いにくいことをよく言ったおチビ!」

「そーだなぁ、うん、確かに似てる」

「大石今頃気付いたの?ま、いっか。リンゴりっんご」


リョーマの肩をガシッと掴んで英二は扉に向かう。
離してくれそうな気配を微塵も感じられなくて、ため息一つして、
仕方なく仲良く奥に向かうことにした。






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