ふらふら歩いてるつもりは到底なかった。
ただそれは、自覚がなかったというだけで、全く当てに出来ない。
それに気付いたのは軽い衝撃を受けた瞬間だった。
「きゃ・・・」
可愛らしい声がして、目をやる暇もなく反射的に倒れそうになった相手の腕を掴んだ。
「あ、ありがとうございますぅ」
情けない声でぶつかった相手、少女が言う。
その顔を見た瞬間、俺は思わず目を見開いた。
「あ、君青学のっ!確か、竜崎・・桜乃ちゃん!?」
「は、はい。そうです。なんで名前を・・・ってあなたは、山吹の・・・千石さんっ!?」
ビックリして大きな目をまん丸に開く竜崎さんに、俺はにっこり微笑んだ。
自覚あったんだけど、きっと嬉しそうな顔してたんじゃないかな?俺。
だって、実際嬉しかったんだよね。また竜崎さんに逢えたことがさ。
初めて逢った時を、ずっと覚えていたから。
偶然ぶつかったなんて、なんて確率。やっぱ俺って「ラッキー」。
だから、にーっこり笑って、
まだ気付かれないのをいいことに掴んだ腕の温かさを感じながら
「うん。覚えててくれてありがとう」
ふわっと笑った竜崎さんの顔をじっと目に焼き付けたりして。




五月四日
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桜乃「試合、見てますから」
千石「うん。…あのさ、桜乃ちゃん」
桜乃「?はい」
千石「もし勝ったら、デートしよっか」
桜乃「///…はいっ」




六月十七日
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「竜崎先生の話では迎えがあるということだが…」

混雑する空港内で、久しぶりに日本に降り立った手塚は、
それらしい人を探そうと辺りを見回した。
「まだ来てないのか」

どうしたものかと小さく息をついた手塚の背中に、突然ドンッという衝撃。
驚いて振り向いた手塚に、ぶつかった人物が小さく誤る。
その声の響きに手塚は無意識のうちにほほ笑んでいた。
おじぎした体を追って三つ編みが軌跡を描く。

「また、前を見てなかったのか?」
「え…って、あ!手塚先輩」

ようやく目が合った桜乃は一瞬の驚きと極上のほほ笑みを向けた。

「迷っちゃって、遅れてしまってごめんなさい」
「いや。迎えは君だったんだな」
「はい。私がおばあちゃんに頼んで、お迎えさせてもらったんです。……だって」

途切れた言葉に小首を傾げて桜乃を見れば、彼女は小さく俯き、頬を桜色に染めていた。

「だって?」
「だって、やっぱり一番に言いたかったから…」

頬を染めたまま、桜乃は真正面から手塚を見つめる。
手塚も何かを察したように見つめ返した。

「おかえりなさい」

優しさをいっぱいにつめ込んだ笑顔をくれる桜乃の、その桜色の頬をそっと包んで、
手塚もずっと、桜乃に言いたかった言葉を口にした。

「ただいま」




六月二十四日
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