「約束を破るのは性に合わん。」

 そう言ったあの人は、見事に約束を破ってくれた。




約束







 色取り取りの品物が並んでいるであろうショーウィンドウを通り過ぎる。
 普段なら気になって立ち止まるんだろうけれど、今日はそんな気にならない。
 むしろここから一秒でも早く立ち去りたいって気持ちでいっぱいだ。

(・・・・・・馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!)

 後ろに人の存在を感じている。
 その人物が一定の距離を空けて付いて来るのが分かるので、
早すぎず遅すぎずな速さを保つ。
 怒りという感情があるせいで体は動いてくれているので、約束を破られたことは、
ある意味私にとっては幸せなことだったのだろう。



『・・・すまん。』

 携帯電話で聞いたあの人の声は、本当にすまなさそうで。
 私よりもテニスですかとか約束を破るのは性に合わないんじゃないんですかとか
色々な言葉が浮かんでたのに、一瞬にして消えてしまった。
 そんな私に言えることは一言だけ。

『気にしないでください。まだ出掛けてなかったですし。』

 嘘だったけれど、同時にこれは、私の精一杯の強がり。
 呆気ないほどあっさりと切れた携帯の通話ボタンを押した私に残ったのは、
少しの後悔の念と、真田さんに会いたいという強い願い。

 どうしてあの時「会いたい」って言えなかったんだろう。

   どうして ――――――…



 背筋がぞくっとする感覚で我に返ると、
自分を付け回しているらしい人物がさっきよりも近付いていることに気付く。
 その人物がにやりと笑うのを見てしまってから、後ろを見てしまったことを後悔した。
 目を合わしてしまったお陰で、気付かなくて良い事に気付いてしまったからだ。
 きっと、あのヒトはいつでも私を捕まえることが出来るのだ。
 その上で、逃げる私を追い掛け回している。
 猫が瀕死の鳥をわざといたぶる様に。

 泣くまいとしているのに、何に対してのか分からない内に涙が滲み出てきそうになる。

 本当になんで?

 このヒトが怖いから?

 真田さんが約束を破ったから?

 真田さんに会えないから?


 そう考えている内にも、あのヒトは私に迫っていた。
 助けを呼ぼうと思っても、周りに人がいない。
 いつの間にか人が少ない道へ来てしまったらしい。
 自分の運のなさを恨みながら、後ろを振り返ることなく全速力で走ることにする。

 走って走って走った末に、後ろに気配がないことに気付いた。

(・・・・・・・。)

 振り返ってみると、あのヒトの姿は跡形もなく消えていた。

(・・・まさか。・・・だって、今神奈川にいるはずだし・・・!)


 ここにいるわけはないと否定しながらも、期待はどんどん膨らんでいって、
足が勝手に通ってきた道を逆走し始めてしまう。
 ピンクの花が咲いている道を通り抜け、スプレーで落書きされた壁の前を通り過ぎ、
ついさっき素通りしたショーウィンドウをまたもや走り抜ける。

 すると、前方に背中が見えた。
 そのままのスピードで、その背中に向かう。



「・・・誰が帰っていいって言いました?」
「・・・・・・竜崎、俺は」
「待っていた人は約束破るし、変な男の人には追い掛け回されるし、
 怖かったし、寂しかった。」
「・・・・・・・。」
「それに私、怒ってるんですよ。」
「・・・すまない。けれど、俺にはお前に会う権利がない。」

 背中から前へと回している腕に力を込めて、ぴったりと抱きつく。

「・・・そういう時は、素直な気持ちで謝ってくれれば、
 どんなに怒っていたって許してしまうものなんですよ?」

 腕の力を緩め、上へと上げた顔に笑みを浮かべると、遅れてきたヒーローは、
私を優しく抱きしめてくれた。





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