一緒に帰ろう?






   プッシュする その瞬間が 怖いのよ

 頭の中で、そんな川柳が出来上がってしまう。
 溜め息をつきながら見つめるのは、コードレスフォンと一緒に持っている、
少しくしゃくしゃになってしまった、11個の数字が乱暴に書きなぐってある小さな紙。

 好きなときにかけてきていいと言われたものの、
まだ知り合って少ししか経ってないからやっぱり躊躇してしまう。
 どんなことを喋っていいのか、どんなことは喋っていいのか、全然分からない。
 ぶっきらぼうなだけで優しいあの人は、
きっとどんなことでも呆れながらも承諾してくれるだろう。

 でも、そんなのは嫌だった。そんな、一方的過ぎるのは嫌。

 じゃあそれを貫こうとするのは一方的じゃないのか?

 そう問われたら何も反論できないから、
こうして何時間も電話を独占してしまうことになる。

「・・・よし。」

 ありったけの気合を入れて、いきおいだけで番号を打ち込む。
 コールが、一回、二回・・・

『はい。宍戸ですけど。』
「し、宍戸さんですか?」
『・・・ああ。』

 少し無愛想な声にびくついてしまうけれど、声が聞けた時点で、もう駄目だった。

「あのっ、明日一緒に帰りませんか?!」
『・・・は?』
「あ・・・!その、ご迷惑じゃなければ、ですけど・・・。」
『・・・別に良いぜ。』
「ほんとですか?!」
『ああ。』
「じゃあ、明日校門のところで待ってますね。あ、あの・・・。」
『・・・なんだよ?』
「え、ええと・・・!お、おやすみなさい・・・。」
『・・・・・ああ。おやすみ。じゃな。』

   ぶつっ・・・

 受話器を手で握り締めながら、大きく深呼吸を二、三度繰り返す。

(・・・ちゃんと言ってくれたよね?)

 ちゃんと、いいって言ってくれた。
 今はもう、達成感だけで胸がいっぱいだった。

「桜乃!いつまで電話を独り占めしてる気?!」
「あ!ごめんなさい!」

 勇気を出してよかったと心の中で思った時、お母さんがそう叫んだ。
 多分、今手にしているこれを戻しにいったら、お母さんにお説教されるだろう。
 だから階段を下りながら顔を引き締めようとしたけれど、無理だった。
 もちろん、お母さんのお説教は一欠けらも頭に入らなかった。








 同じ色の服を着た人がいない校門の前で、宍戸さんはいつも待っていてくれている。

「じゃあ帰るか。」
「は、はい!!」

 宍戸さんは私の方をちらっと見てから、さっさと歩き出してしまった。
 これもいつものこと。
 その後を追いかけようとするけれど、男の人だからか、
それともテニス部だからなのか、追いつくことはなかなか難しかった。

 これは少しいつもとは違う。

「・・・悪い。」

 四苦八苦している私に気付いてくれたらしく、ぽそりと何か言った後、
宍戸さんは隣に並んでくれた。
 そのままくしゃりと髪の毛を掻き回す。
 これは、宍戸さんの、困った時のクセ。

 一緒に帰るのがそんなに嫌だったのかなと思っていたら、
間髪入れずに「一緒に帰ることは嫌じゃねぇから。」と言われてしまった。

「お前に八つ当たりなんて、激ダサだぜ。」
「八つ当たり?」

 見る間にしまったという顔に変わっていく宍戸さんの顔を見て、不思議に思う。
 また跡部さん達関係なのかなとも考えたけれど、それならいつも話してくれるので、
一瞬にして却下した。
 後は、思い当たるものは何もない。

「・・・あっさり言うもんだからよ。」

 私があまりにも考え込んでいたからなのか、
それとも宍戸さんが話すべきだと判断したのか分からなかったけれど、
宍戸さんは続きを話してくれるつもりらしいので、黙って聞く。

「お前、いっつも電話であっさり言うだろ。」

 あまりに唐突な言葉。だけど一瞬でその意味を理解して、反論する。

「・・・あっさりなんかじゃありません。」
「あっさりしてるじゃねぇか。」
「してませんってば。」

 宍戸さんは一瞬黙ってしまったので、その隙に喋ってしまうことにする。

「いつも電話の前でかけようかどうしようか迷ってるし、
 かけてからもどうかドキドキが伝わりませんようにとか、
 断られたらどうしようとか考えながら喋ってるんですからね?!」

 言いながら段々と声量が大きくなってしまっていたことに最後の最後に気付き、
今更だけど両手で口を覆う。
 目の前の宍戸さんは大声で笑っている。

「お、お前、言ったらそれ全部水の泡じゃねぇか!!」

 夕暮れ時の太陽の色に染まったコンクリートの壁に寄りかかりながら、
なおも笑い続ける宍戸さん。
 その姿は多少癪に障るけれど、そのままでもいいような気がして、
何か言うのが躊躇われた。

「なんだ、俺と一緒なんだな。」
「・・・え?」
「さ、帰ろうぜ。」

 私の手を優しく包んで歩き出した宍戸さんの声は、どこか恥ずかしそうで。


「・・・一緒ってことは、宍戸さんも同じことを考えていてくれたってことですか?」
「・・・さーな。」
「ずるいです。私はちゃんと言ったんですよ?」
「・・・じゃあ、今日もかけてきたら言ってやるよ。」
「・・・・・・やっぱりずるいです。」
「ああ?」



 塀の上で眠る三毛猫。
 緑豊かな庭で水巻きしているおじいさん。
 習い事からの帰り道なのだろう小学生ぐらいの子供達。

 それらはすべて、いつしか一緒に帰るようになった道で見かける日常だった。

 初めて帰った時も、確かに同じことを思ったはずなのに。

 でも何故か、いつもとは違うと思ってしまった。


  そんなある日の帰り道。





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