フェンス越しの恋心






 悪態をついているときの顔。

 部員に命令するときの顔。

 相手を見下すときの顔。


 ・・・笑うときの顔。



 全部。・・・全部。







 ボールで奏でるリズミカルな音で、タイミングを図る。
 次に、テニスコートの中に立ち、相手選手の顔をよく見てみた。

 たったそれだけで、なんとなく気が引き締まった気がした。
 飽くまでなんとなく、だけれど。

 ボールが手の中に戻ってきて幾度目。
 きゅっと唇を噛み、上へと反した手の平から、ボールを高く飛ばす。
 丁度いい位置に到達した時、腕を思い切り振り下ろす。


 ――― 心地良いインパクト音。


 前は聞けなかったこの音に、いまだ慣れてはいない。
 聞く度に他の誰かの応援をしている様な感覚に陥ってしまうのは、
私の悪い癖になってしまったらしい。

 このことを聞いたあの人は、鼻で笑っていたけれど。

「40−0(フォーティー・ラブ)!!」

 わああ・・・という多くもなく少なくもない歓声が一斉にあがる。
 これを聞くといつも思う。

 これの数倍のものをあの人はもらっているのか、と。

「ゲームセット!ウォンバイ竜崎!!」

 スマッシュが決まった瞬間に審判から発された言葉に、再び歓声があがる。
 さっきより心持ち多いと感じるのは、試合が終わったからかもしれない。

「きゃー!やったぁ桜乃!!」

 朋ちゃんの叫びを聞きながら、相手選手と握手をしてコートから出る。
 そして、駆け寄ってきてくれた朋ちゃんと喜びを分かち合う。

「すごいじゃない桜乃!!これで決勝進出よ!!」
「うん!皆で頑張った甲斐があったよね!」

 私の言葉を合図に、他の子達も周りに集まってきて、次々に感想を述べてくれる。

「おめでとうございます竜崎先輩!」
「決勝へ進出出来るのは竜崎先輩と小坂田先輩のお陰です!」

 朋ちゃんが、ちっちっちと言いながら、人差し指を左右に振る。
 彼女の口の動きに合わせて、私も喋る。

「「皆の実力、でしょ?」」
「・・・・はい!」

 解散後、一緒に帰ろうと言ってくれた朋ちゃんに謝って、一人で帰り道を歩く。
 テニスバックの重さが、何故か心地良い。
 リョーマ君や手塚先輩達も、こう感じることがあるのだろうか。

(・・・あの人、は、ないって答えるんだろうな。)

 くすっと笑いながら、さっきちらりと見えたあの人の顔を思い出す。


 見守って、見守られて。
 そんな風になったのは、一体いつの頃だったか。

 フェンス越しに見る彼の姿は、とても輝いていて。
 それでいて遠い気がして寂しかったけれど、彼はどうだろうか?
 少しは寂しいと感じてくれている?

(そうだといいな・・・。)


 彼の傍にいると、悪態をついているときの顔も、部員に命令するときの顔も、
相手を見下すときの顔も、笑うときの顔も、彼に関することは全部、鮮明になる。
 当たり前といえば当たり前だけど、そうじゃないといえばそうじゃない。
  あの人は煙に巻くのが得意だから。

 フェンス越しでは味わえない感情も、フェンス越しでしか味わえない感情も
味わうことが出来る現在(今)が大事です。
 あの人の傍にいられることが、大事なんです。
 だから今日もあの人の家へ、してもしなくてもいい試合の結果の報告をしに行くのです。

 まるで神様にでも報告をするように、心の中でそう呟いてから、
私は彼の家へとゆっくり向かった。





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