追いかけっこ。 名前を呼べば笑顔で振り返ってくれる。 言葉に詰まってしまったり、何かヘマをしてしまったりしても、何度だってドンマイと力強く励ましてくれる。 そんな貴方に恋しないほうがおかしい。 例えばどこかを見ていた視線がこっちを向いただけで嬉しくて痛くなる。 例えば他の女の子を見ていただけでなにかどす黒いものが心を覆ってしまいそうになる。 それなのにこれが恋じゃないとしたら、何を恋と呼べばいいんですか。 「だから、私は、貴方が、好きなんです、千石さん」 以前の私だったら口に出せなかったであろう台詞を力強く、しかもわざわざ区切るようにして言えば、紅茶を啜っていた千石さんがへにゃっと笑った。 その笑顔の可愛さに悩殺されそうになり、慌ててお腹に力を入れる。 ここで倒れてはいけない。 この後は地獄に落ちるだけなのだから、気を失っている時間はないのだ。 「うん、俺も好きだよ」 ――――― コレだ。 私はがっくりと肩を落とし、ついでに頭も落とした。 その姿を見て千石さんが大丈夫かと問うてくるが、彼が元凶なので心配されるままにしておく。(けして千石さんに心配されるのがうれしいわけではない。けして) (・・・ああ、もう、どうして) テーブルの角に額をぐりぐり押し付けながら、泣きたい心境をなんとか押さえつける。 どうして恐らく両想いであろう相手に百回ぐらい告白して、その都度流されないといけないのだろうか。 いや、恐らく、ではない。 確実に両想いなのに、私の告白はいつも彼に華麗にスルーされてしまう。 それはもう見事なまでのスルーっぷりで、間抜けなことに最初なんて家に帰ってから「あれ?私の告白流されなかった?」と気づいた程だ。 しかもその翌日、私と千石さんは二人きりで映画を見た。 恋人としてではなく、仲の良い友達としてだ。 ああもう、なんてロクデナシなんだろう千石清純は!! けれどそれは私にも言える事で。 はぐらかされたことを逆手にとって、何度二人きりで遊んだことだろう。 私だって、同じくらい最低だ。 (けどそれはもう卒業したし・・・!) 卒業したからこそ、私が本気であると知ってもらうために千石さんに会う度玉砕覚悟で告白するようになり、時には一日で五回も告白したりもした。 初めて告白した時も、一日に五回告白した時も、どっちも同じくらい心臓がばくばくいっていて、死ぬんじゃないかと思った。 それは今でも変わらない。 変わったのは、『好き』と言うことに躊躇わなくなったことだけ。 千石さんのことが好きで、彼の特別になりたいと思う気持ちに少しもブレはない。 結局すべてあのへらへら顔でスルーされてしまうけれど。 (・・・・・・私が頑張っても、いっつも空回りするだけ) 私が告白し彼がそれをスルーして、なんて関係が始まってからもう一年以上経つ。 朋ちゃんは、もうあんな奴止めとけって言う。 他の友達も、告白をスルーするような最低男振ってやれって言う。 けど、でも、千石さんは、 (千石さんは、私以外の女の子とは距離を置いてるんだよ) 千石さんは、私が初めて告白したあの日から、女の子に声をかけることもなくなり、女の子から遊びに誘われても必ず断るようになったのだ。 あの、趣味はガールハントとか宣言していた千石さんが、だ。 この情報の出所は檀君だから確実だ。 もちろん、今もそれは変わっていない。 ――― あの日から現在まで、目の前に居るこの人を独占できる女は私しかいない。 これで彼から特別に想われていないなんて思える人がいたら、その人はおかしい。 私達は両想いであると断言してもいいはずだ。 なのに千石さんは私の告白を綺麗にはぐらかす。 はぐらかすだけはぐらかして、私がどっかにいかないように、優しい手で私を束縛する。 今だって、テーブルの角のせいで赤くなった額をその暖かい手で優しく撫でてくれている。 「千石さんは、」 「うん?」 「酷い人です」 「うん」 「最低です」 「うん」 「人間としても、男としても、です」 「そうだね」 「・・・悪口言っているのに笑わないでください」 「うん?でも事実だし」 「私が千石さんの彼女になりたいのも事実です」 「そうだね。あ、もうそろそろ店でようか。帰らなきゃ」 「・・・本当に最低です」 「うん、いつもそう言われてるから知ってる」 「でも好きです」 「うん、俺も桜乃ちゃんのこと好きだよ」 だからもう帰ろう。ほらほら立って。 優しい声で言って、優しい手でやんわりと私を席から立たせて、そうして千石さんはさっさとレジへ向かってしまう。 私は愛しい背中を見失わないよう、慌てて鞄を引き寄せてから走りだす。 そうして、やっと追いついた千石さんのコートの袖をぐいと引っ張るのだ。 私はなんだか男にばかり好きだと言わせている気がしたので、
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