ここを染める







 近くで手を休むことなく動かしている彼を、無言で見つめる。
 彼の普段通りに見える動作は、どことなくぎこちない。
 それは自分の所為だと解っていても、視線は外せない。

  なんでなんだろう?

 頬杖をつきながら、ふうと溜め息を漏らす。










 溜め息を漏らした。
 前にくる言葉が「テスト前の教室で友達が」とかならまだいい。

『彼氏の家に来ている彼女が』である。

 これにはいくら俺でもへこんでしまう。
 なんで溜め息をつかれちゃったんだ?
 理由を考えてひっかかるのは、なんか言いたそうというか不満そうな目を
俺に向けていたということだけ。
 ん?なんか違うな。俺っていうか、俺の手って感じ。
 思わず手元を見てしまうが、失敗らしい失敗はしていない。
 ますます分からなくなってくる。

  ・・・ホント、なんでなんだろう?

 口が喋る前に、耳が声をキャッチする。










   なんでですか?

 不満ですと言っているような声だ、と自分でも思う。
 でも、仕方がないと割り切ることにする。
 問うような視線を受けて、私はまた喋りだす。

   なんで千石さん、上手いんですか?

 まだ少し分からないといった顔をしている彼の手を見る。

   ・・・・・・料理。

 すごく小さくそう告げると、彼が首を傾げた。










   なんでって。・・・なんでだろう?

 そういわれてみれば不思議だなあ。
 あれこれ考えてみて、ちょっとした推測にいきあたる。

   親がいないからかもね。・・・あ、生きてるよ?ちゃんと。

 まずいまずい。変な誤解させちゃうとこだったよ。
 その証拠に、ほら。桜乃ちゃんの顔がさっきと違う。

   ごめん。言い方が悪かったね。

 そう言うと、彼女は頭をゆるく動かした。










   ・・・違います。

 料理を作っている彼の横に立つ。間近で彼の動作を見て、見惚れてしまう。
 やっぱり上手だなあ。

   料理は誰に教えてもらったんですか?

 ご両親ではないのでしょう?










   近所のおばさんだよ。

 今はいない、俺を可愛がってくれていたおばさん。
 横に立っている彼女の頭に手を伸ばす。
 やっぱり元気がないなあ。

   どうかした?

 どこか具合でも悪い?










 頭を撫でられることが心地良くて、ぼーっとしたまま答える。

   別にどこも悪くないですよ?

 なんでそんなこと聞くんだろう?

『桜乃ちゃんはよく無理するからな〜』

 そう言われてはっとなる。

   大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけですから。










 まだ表情が優れないから、また質問してみる。

   何を考えてたの?

 良いことだといいけど、そうじゃないんだよね?

『普通だと思っていることって、意外とそうじゃないんだって。そう思えて。』

 桜乃ちゃんの言葉って、パズルみたいだ。

   料理についてそう思ったの?










   そうです。私はお母さんに教えてもらってるんですけど。

 彼が拙い言葉を真剣に聞いてくれていると思うだけで、あったかくなる。

   それは、その家庭の味を残すということでもあるんですよね。










   うん。そうだね。

 パズルの完成図が、分かりかけている。

   俺の母親で途切れると思ったんだね?










 少し躊躇した後ゆっくり頷く。
 なんとなく分かったことを分かってほしくて、頭をふる回転させる。

   でも千石さんにとっての家庭の味はちゃんと残るんですよね。

 きっと、息づいていくんですよ。










 目の前で微笑む彼女を凝視してしまう。

   ・・・俺は竜崎家の味が千石家の味になるといいなって思う。

 見惚れていたのを隠すようにそう言うと、彼女が即座に下に顔を向ける。










「だめ?」
「だ、だめというか・・・!」

 真摯な瞳が見つめていると思っただけで、桜乃の心臓はいつもの倍の速さで動く。

「いうか?」
「・・・うう。」

 顔を真っ赤にして縮こまってしまった彼女を見て、いつもの笑みを浮かべながら、
千石が緑のチェック柄のテーブルクロスの上に皿を並べ、桜乃を椅子に座らせる。

「答えはまだ、当分先でもいいよ。」

 上機嫌な千石にならって、桜乃も考えることをやめて食べ始めるが、
一口で食べるのをやめてしまう。

「・・・やっぱり、私の作ったものよりおいしい。」

 深く深く溜め息を吐く桜乃の横で、千石はその呟きをしっかりと聞いていた。

「さっき不機嫌だった理由って、それ?」

 桜乃がこくんと頭を上下に動かす。

「きっと良いお嫁さんになれますよ。」
「・・・・・・。」

 固まってしまった彼氏に気付きもせず、また食べだす彼女。
 真剣な分、余計に質(たち)が悪い。
 ちょっと前に自分のためにと作ってくれた料理の味を思い出しつつ、
しんみりと千石が言う。

「・・・俺は桜乃ちゃんが作ったもののほうが好きだけどな。」





(・・・がんばろう。)

 どうやらさっきの台詞は、言った本人が知らないうちに少女の心を直撃したらしい。


 少年は、いきなりはりきりだした少女を見て疑問符を浮かべるのだった。






天狼的千桜小説お料理編でした。

天狼は「千石さんは料理上手だ!」と勝手に決め付け、
更に、「千石さんの料理はお袋の味だ」とも思い込んでいます。
桜乃ちゃんも料理の腕は悪くないと思います。
むしろ上の下?ぐらい?
でもすみれさんの趣味が「ケーキ作り」だから、
お菓子作りの方が上手い気がする。なんとなく。