出会いはとともに。









(良い天気。)

 公園の中をゆっくり歩きながら、桜乃はそう思う。
 今日初めて中に入った公園は、思っていたよりも雰囲気が良くて、
桜乃のお気に入りの場所になった。

(朋ちゃんと一緒に見れたら良かったのにな。)

 こんな素敵なところを独り占めするのはもったいないと思っても、この気持ちを
弟達の子守で忙しい朋香と分かち合うことは無理だ。

(そうだ!今から朋ちゃんの手伝いに行こうかな。今から行ってもいいか電話で
 聞かなきゃ。)

 鞄の中からテレホンカードを出そうとするが、急いでいるせいかなかなか出てこない。
 そうこうしているうちに、鞄の中からハンカチが落ちてしまい、更にその時運悪く
吹いてきた風により、ハンカチは空高くにまで運ばれてしまう。

「あ・・・!」

 桜乃はそうつぶやくと、ハンカチをあわてて追いかけ始めた。
 ハンカチを見失わないようにと上を向いているので、どこを走っているのか
解らない不安があったが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
 がさがさという音が聞こえ始めたので、多分植木の中を走っているのだろう。

 そうこうしているうちに突然風向きが変わり、ハンカチが徐々にではあるが地上に
近くなってきている気がして、桜乃は足に力をいれた。

(もう少し・・・。)

 今の桜乃の頭の中にはハンカチのことしかない。

 だから、もうすぐ公園内の道に戻ることに桜乃は気付かなかった。












 機嫌良く鼻歌を歌いながら歩いていた少年は、ふと見上げた青空に小さな点が
あることに気がついた。

(あれは・・・。赤いハンカチかな?)

 少年は動体視力が良いこともあり、すぐさま点の正体を見破ると、
それを追いかけようと足を出した。

「きゃあ!」

 そのとたん、そんな叫び声とともに、何かにぶつかった鈍い痛みが少年の体に広がる。

(しまった!)

 そう思うや否や、少年の手はぶつかった何かを自分の方へと引っ張った。

「ひゃあ?!」
「うわっ!!」

 だが、引っ張る力が強すぎた。
 少年は引っ張った何かをつかんだまま、後ろへと倒れこんでしまう。

「・・・・・・・・?」
「いてて・・・。」

 背中に走った痛みが引き始めると、少年は上半身をゆっくりと起こす。
 それと同時に、反射的に閉じていた目を開ける。
 前を見てみると、彼が引っ張った何かというのが女の子だったことが分かった。
 とりあえず、安否を確認するために声を掛ける。

「大丈夫?」
「あ。はい。なんとか・・・。」

 そう言いながら、少年の上に乗っかっている少女が彼の目を見た。
 少年は目の前にいる少女の様子を窺う。

(良かった。見たところ怪我もなさそうだ。)

 しかし、どうやら少女は自分の置かれた状況をまだ分かっていないらしい。
 それっきり黙ってしまったので、何か話さないととわけのわからない使命感に
燃えた彼は、とりあえずへらっと笑った。少女もつられて笑ってしまう。

「まあ、俺がクッション代わりになったから怪我はないと思うけど・・・」
「ああああああー!」

 少年の言葉で自分が今も少年に抱きついていることを知った少女の顔は、
まるでトマトのように赤く染まった。
 そして、ものすごい速さで飛び退くと、「おや残念。」と言っている少年に向かって
頭を下げた。

「ご、ごめんなさい!私がちゃんと周りを見ていなかったせいでぶつかってしまった
 というのに、そ、その上、だっ、抱きついてしまって!本当にごめんなさい!」
(そういや今日のラッキーカラーは赤だったなあ。)
 とぼやっと考えていた。

「あ、あの・・・?」

 少女が可愛らしい声でそう呼びかけても、少年はぼうっとしたままだった。














「ねぇ。」
「は、はい?!」

 いきなり話しかけられて、桜乃は思わず背筋を伸ばしてしまう。

「さっき飛んでいった赤いハンカチって、君の?」

 少年にそう言われて、桜乃は本来の目的を思い出した。

「そうです!私はそれを追い掛けていたところだったんでした!
 ・・・でももう、見失ってしまいましたね。」

 その事実に思い当たって肩を落とした桜乃に、しかし少年はあっさりと言い放った。

「よし。じゃあ探しに行こうか。」

 そう言ってすたすたと歩き出してしまう少年をしばらく見送ってから、
桜乃はあわてて少年の前に回りこんだ。

「だ、駄目です!」
「なんで?」

 きょとんとした顔で問うてくる少年を見て可愛いなと思いながらも、桜乃は言った。

「私、さっきから迷惑をかけてばっかりです。」
「そうかもね。」

 自分が言い出したこととはいえ、少年が言った言葉にうっとなる。
 しかし、めげずに先を続けようとした桜乃に、少年は言った。

「でも、俺は迷惑だなんて思ってないから。」
「え・・・?」
「ここまできて放っとけるわけないでしょ?」

 だから最後までつき合わせてもらうよ?と茶目っ気たっぷりに言う少年に、
桜乃は何も言うことが出来ない。
 手を引っ張りながらすいすい歩いていく少年に、ただついていく。

「こっちにあると思うんだけどな〜。」

 なんて、鼻歌まじりに言う少年の横顔に、桜乃の瞳は吸い寄せられる。
 男性に手を握られることは、恥ずかしすぎてとても耐えられないことだ。

 いつもの桜乃だったら。
 一言言えば、この少年は手を離してくれるだろう。

 しかし、何故かその一言がでてこなかった。






 少女のハンカチは、少年が予想した方向で見つかった。

 いち早くハンカチを発見した少年が、「あそこ。」と指差しながら言うと、
少女はとても喜んだ。
 その笑顔に少年が安堵した時、少女の戸惑った声が彼の耳に届いた。

「あ、あの・・・。」

 少女の視線に合わせて下のほうを見遣(みや)ると、彼女の言いたいことが分かった。

「あ、ごめんごめん!嫌だったよね!」

 無意識のうちに手を握っていたものだから、彼は驚いて少女の手を離す。
 手を離した後も赤い顔をして黙ったままの少女に、
「でも、もうちょっとあのままが良かったかな〜。」
 残念。などと少年が軽口をたたくと、少女の顔はますます赤くなった。
 少年がその新鮮な反応に感心していたら、突然、少女の持っていた携帯が鳴り響いた。
 律儀にもすいませんと言う少女に、かまわないという様に手をひらひらさせて、
少年は少女と少し距離をおいた。

 それから待つことしばし。

 駆け寄ってきた少女は、今から自分の祖母が迎えに来てくれるのだと少年に言った。
 「じゃあそれまで一緒に時間を潰そうか。」と言った少年に、少女は「そんな迷惑は
かけられません。」と少年の予想した通りのことを言ったけれど、
「したいようにやってるだけだからいいの。」
 とへらっと返されてしまい、少女がまた折れた。












「本当に、何から何まですいませんでした。」

 桜乃が、手に少年が買ってきた缶を持ちながら言う。

「そんなに気にしなくていいのに。可愛い女の子の役に立てただけじゃなく、
こんな風に話せているんだから、むしろ俺は幸せだよ?」
「え・・・?そ、そんな・・・・。」

 さらりとそんなことを言う少年を前に、桜乃の顔はまたトマト色に染まる。
 そんな少女を見て微笑んでいた少年は、少しばかり真面目な声で言った。

「さっきも言ったけど、そんなに気にしなくていいよ?むしろ、こっちが強引に
 付き合ってる感じだしね。」
「・・そんなこと。優しいんですね。」
「優しくないよ。単なる暇つぶしって感じだし、逆にこっちが迷惑かけてるような・・・」
「いいえ!怪我をしないように見ず知らずの私を庇ってくれたし、ハンカチだって
 見つけてくれました!それに今、こうして私を励ましてくれているじゃないですか!」

 少年の言葉に、普段では考えられない声量で桜乃が反論する。
 少年は、桜乃の顔をじっと見た。
 その視線の先で、正気に戻った桜乃は俯いた。

「だ、だから・・・」

 と、もごもごとと口を動かしている桜乃の頭を撫でて、少年は言った。

「うん。分かった。」

 桜乃の顔はぱっと明るくなる。

「でも、君があんなこと言ってくれるとは思わなかったなあ〜。」
「あっ。す、すみません!」
「ん?違う違う。ラッキーだって言ってるの。」

 少年の言っていることが分からなくて首を傾げる桜乃に、少年はそうそうと言って
目線を桜乃にむけた。
「さっきみたく、言いたいことがあったらなんでも言った方がいいよ。」

  少なくとも俺にはね。

 そう付け足した少年の方を見たまま、桜乃は固まってしまう。

「あ、ごめんね!今日会ったばかりの男にこんなこと言われちゃ気持ち悪いよね!」

 めずらしく慌てた様子で謝罪してくる少年を見て、桜乃は少し笑ってしまう。

「驚きましたけど、気持ち悪いとは思いませんでしたよ?」

 ホント?!と言う言葉とともに満面の笑顔を浮かべた少年は、すぐに真撃な瞳を
桜乃にむけた。

「本当に、何か言いたいことがあったら遠慮なく言ってくれていいよ?
 俺大抵のことじゃへこたれないから。」

 そう言って桜乃を見た少年に、桜乃は笑顔で返事を返す。

「・・・はい!」

 二人はなんとなく、そのまま見つめあってしまう。


 少年が口を開きかけた時、車のクラクションが鳴った。
 二人はほぼ同時に、クラクションが鳴った方を見る。

「・・・あ。おばあちゃんの車だ。」
「思ったより遅かったねぇ。」

 道が混んでたのかな?と呟く少年と一緒に、桜乃は笑った。
「ありがとうございました。」

 そう言ってぺこんと頭を下げる桜乃に、「いやいや。」と少年は返す。

「・・・また、会えるといいですね。」

 桜乃は自分の口から出てきたその言葉を、不思議な気持ちで聞いていた。

「うん。その時はまたお茶でもしようね。」

 そう答えてくれた少年に笑みを返すと、桜乃は車の方に走り出した。






 夜。ベッドの上で、ふいに桜乃は思い出した。
 今日一緒にいてくれたあの人。
 彼をどこかで見たことがあると思っていたが、少し前にリョーマがテニスボールを
当ててしまった人だ。
 確か名前は ―――

「山吹中の、千石清純さん。」

 口の中であの少年の名前を繰り返すと、なんだかしっくりと馴染んだ様な気がして
嬉しくなってしまう。

(・・・・・・・・・?)

 一瞬浮かんできた気持ちに疑問が生まれたが、桜乃は特に気にしないことにした。



 そしてそのまま、桜乃は夢の世界に引きずり込まれていった。






天狼的千桜小説出会い編でした。

千桜大好きっす。桜乃受けCPの中で一番書きやすいし!
千石さんブラボー!!
でも天狼にはこれが精一杯です。
うん。なんかもう、ごめんなさい。