がはこぶ恋







 少年に会った次の日。


 少女は思いがけないところで少年に再会した。






「や!」

 初めて会った(というのだろうか?)時と同じ白い学ランを着て桜乃に
笑いかけている少年は、やっぱりどう見たって幻であるわけがなく。

「せ、千石さん?!」

 桜乃はそう叫びながら、少年のいる校門付近まで走った。


「あれ?なんで知ってるの?」

 名前教えたっけ?とのんびり千石が言うものだから、桜乃は彼の調子に流されてしまう。

「昨日家で思い出したんです。千石さん、テニスコートでリョーマ君に
 ボールを当てられちゃったことありますよね?
 そのとき、男テニの先輩に聞いたんですよ。」
「・・・あ〜。そういえば三つ編みの子がいた気がするなあ。」

 痴呆症になったわけじゃないんだ〜、なんて言っている千石に、桜乃が微笑みを返す。
 場がすっかり和みムードに包まれた時、側でことのなりゆきを
見守っていた朋香が口を挟んだ。

「で、和んでいるところ悪いんだけど、いつかのナンパ男さんが桜乃になんの用?」
「と、朋ちゃん・・・。」

 朋香のセリフに慌てている桜乃の横で、「キツイな〜。」とつぶやきながら、
千石は鞄の中の手を突っ込んで何かを探している。
 やっと探し終えたらしい千石が、
「はい!今日はこれを届けにきたんだよ。」
 と言って桜乃の手に乗せたものは。

「・・・うさぎさん、ですか?」

 注目すべきところがずれている桜乃に、朋香は間髪入れずにつっこみを入れたくなる。
 が、なんとかその衝動を押さえ込んでいる親友に桜乃が気づくわけもなく、
少しずれたまま二人の会話は続いていく。

「そ。昨日取ったから桜乃ちゃんにあげる。」
(あれ?なんで私の名前を知っているんだろう?)

 桜乃はそこで初めて、本来一番初めに気付くべき点に気が付いた。

「これ、私の生徒手帳ですか?」

 うさぎが抱いている物を見て、桜乃が千石に聞く。

「うん。昨日桜乃ちゃんがあそこに落としていったんだよ。」

 気づかなかった?と付け足す千石に、桜乃はしごく真面目に答える。
「はい。あ、だから私がここに通ってるって分かったんですね。」
「正解〜。」

 すぐ横で展開されるなんともほのぼのとした会話に、朋香の怒りはあきれに変わった。

「・・・あんたらねぇ。」
「あれ?君、なんか疲れちゃってるみたいだねぇ。」
「誰のせいだと思ってるんですか。」

 なんとなく戦闘体制に入ってしまっている二人の横で。

「と、朋ちゃん?」

 桜乃だけは状況を読み込めていなかった。







 それからというもの、千石は何かと理由をつけては桜乃に会いにきた。
 桜乃はそんな千石の訪問を喜んだが、もちろん朋香は反対に怒ってばかりいた。


「ふう。」
 桜乃は自分の教室に入って、安堵のため息をはいた。
 ぐったりとした様子で、とぼとぼと窓に近寄る。

(・・・今日は女テニみたく休みだったら良かったのに。)

 桜乃達の教室は一階にあるので、今朝まで続いた雨の所為でまだ濡れている地面が
よく見える。
(朋ちゃん、ごめんね・・・。)
 ふと中に視線を戻すと、さっき自分の席の横に置いた通学用の革靴が視界の端に
入ってしまい、罪悪感を覚える。

 桜乃は、「リョーマ様を応援しに行くわよ〜!」と張り切っている朋香に引きずられる様にして
いった場所から、親友に何も言わず離れてしまった。

 朋香のことが頭によぎらなかったわけではない。
 でもそのこと以上に、あの場所にいることの方が桜乃には重かった。
 ほかの人にも見られないようにと、わざわざ裏口から教室に戻ってくるぐらい。

 原因は解っている。

 彼もテニスをやっているからだ。




 自分の横で熱烈な応援をしている親友に一抹の恥ずかしさを覚えながら、
ボールを打ち返している少年達を、桜乃は見た。

 ふと、最近ここに来てくれる人が頭に浮かんで、彼をそっと想像してみる。


 けれど、いつまでたっても桜乃の脳裏に広がるのは、オレンジ色のないこの場所だった。

(・・・当たり前だよね。)

 テニスをしている彼を想像出来ない理由を、桜乃は知っている。

 テニスコートに立っている彼を、一度も見たことがないから。

(ジュニア選抜に行くぐらいだから、きっと強いんだろうな。)

 そう考えて、彼について何も知らないことを悲しんでいる自分に気づいた。
 気づいてしまったらもうどうにも出来なくなってしまって、朋香の目がテニスコートに
釘づけなのをいいことに、逃げてきてしまった。




 暗い気持ちを払拭するために窓から空を見上げると、桜乃の目の中に虹が飛び込んできた。

(・・・彼の色だ。)

 こんな時にまで彼のことを考えている自分に苦笑する。


 最近、彼に会っていない。

(会いたいなぁ。今すぐ。)

 考えていた分、余計に。

 突然コンコンという音が聞こえてきて慌てると、手のひらがひとつ、
窓に張り付いているのが見えた。
 桜乃は、窓の外にいる人物を認識して、思わず笑みをこぼした。

「や!元気だった?」

 聞きにくいけれど、確かに彼はそう言った。
 桜乃は言葉を返すことが出来なくて、代わりに頭を何度も縦にふる。
「そっか。」
 彼独特の笑顔を目の当たりにして、嬉しさで目眩が起きそうだ。
 思わず目線を逸らしてしまい、彼の手が窓にかかったままだということに気が付いて、
じっと見いる。

「桜乃ちゃん?」

 窓越しに、手を合わせてみる。

(大きいんだなぁ。)
 窓にこつんと額を当てると、ひんやりとした感覚が全身に広がった気がした。



 そんな冷気じゃ醒めないくらい。



 限界だった。






「千石さん・・・。」
「ん?」

 勇気を振り絞り口を開こうと思って、彼を見ると。

 飄々とした、いつもどおりに見える顔で、彼は窓から手を離すことなく立っていた。


 桜乃の顔に、一気に血が昇る。

  ――― このヒトは絶対に分かってる。


「ズルイ・・・。」

 思わず口からこぼれたのは、そんな言葉だけで。

「あのね桜乃ちゃん。今靴持ってたり、する?」
 笑いながら上機嫌で話しかけてくる少年が、ちょっと恨めしい。
「・・・なんでそんなに嬉しそうなんですか。」
「ん?言って欲しい?」
「ぜ、絶対嫌です!」
「な〜んだ、残念。」

 さして残念そうではない声色でそう言うと、先程と同じ質問を投げ掛ける想い人を前に、
(なんで私、この人のこと好きなんだろう…。)
 なんて思いながら、桜乃は律儀にも返事をする。

「一応、持ってますけど・・・?」
「じゃあ、鞄と一緒にここに持ってきてくれないかな?」

 ねだるようにそう言う彼に、桜乃が勝てるわけもなく。
 疑問符を浮かべながらも鞄と靴を持ってくる。
 これが何か?と問うている間に目の前の窓をガラッと勢いよく開けた少年に、
桜乃の疑問符は多くなるばかりだ。

「またまたラッキー。」

 と呑気に言っている彼に、身を乗り出して桜乃が問いかける。

 否、問い掛けようとした。



 突如桜乃におそいかかる、浮遊感。


 喉から出る前にひっこめられた言葉が、多少姿を変えて出てくる。
「な、なんなんですか・・・。」
「ん?お姫様抱っこ。」

 語尾にハートマークが付いてそうな調子で(実際に付いていたような気もする)
そう言いきる彼に、恥ずかしさに顔を真っ赤に染めながら桜乃が言う。
「そ、それは分かります!そうじゃなくて、千石さんがここに来た理由は一体なんですか?!」
 桜乃を抱きしめたまま歩き出した彼は、飽くまで飄々としている。

「今日はこの近くでお祭りがあるんだよ。」

 知ってた?と目で聞いてくる彼に、知らないですと返す。
 もう秋なのにお祭りだなんてめずらしいなあと思っている桜乃の横で、
「で、そこに桜乃ちゃんと行きたいなぁとむしょうに思って、拉致しに来ちゃいました〜!」
 と嬉々とした声で言う少年に、桜乃は少々声を荒げる。

「拉致しに来ましたって…、そんなこと簡単に言わないでください!」
「桜乃ちゃんは行きたくないの?」

 真撃な声にそう言われて。
 「自分と行くのは嫌?」と問われているような気がして、桜乃の胸は締め付けられた。

 「お祭りに。」

 それなのに、あっけらかんとそう付け足されて、桜乃の怒りは頂点に達する。

「千石さんの馬鹿!デリカシーないんだから!」
「わ・・・!ちょっ・・・・」

 急に思わぬ反撃を受けて、桜乃を落としそうになった千石は慌てた。
 そんなことは気にも留めないで、桜乃はなおも暴れる。

「誘うならもっと違う方法にしてください!」
「違う方法なら行ってくれるの?」
 そう冷静に問われて、桜乃は動きを止めてしまう。

 琥珀色の双眸が、桜乃の心まで貫く。

「そ、それは・・・」
「好きだよ。」




 続けたかった言葉は、彼によって打ち消される。

「桜乃ちゃんのことが好きだから、二人きりで行きたいんだけど。」

  嫌?

 なんて囁かれたら、もう逆らえない。
「・・・嫌だったら、鞄をもってきてって言われた時点で逃げるなりなんなりしてます。」
「じゃあ、最初からつきあってくれるつもりだったの?」
「・・・・・!」
「だとしたら嬉しいな〜。」

 満面の笑みでそう言われたら、精一杯の意地もすぐに崩されてしまう。


 つまり、完璧に桜乃の負け。


「ずるい、です。千石さんは。」
 千石の胸に頭をうめて、桜乃がぼやく。
「だから最初に言ったのに。」
「?」
「俺は優しくないって。」

 その言葉に反論したいのに反論できなくて、桜乃は難しい顔になる。
 千石はそんな桜乃に、唄うように問う。

「そういえばお祭りの返事はもらったけど、告白には返事、もらってないよ?」

 告白ってけっこう勇気いるんだけどな〜、と呟く彼は、余裕そのもので。

「〜〜…!こんな状態じゃ言えません!」





 そう叫んでしまった桜乃が、墓穴を掘ったことに気付くのは、
もう少しだけ後のことになる。






天狼的千桜小説告白編でした。

これはラヴこめ(←打ち間違いではなく)ですか・・・?
それとも小説だけど少女漫画ですか。
…砂吐くほど甘々ですね。げほっ。(吐血)
もう笑うしかないや。あははははは。