「ぃやった!」
岳人は、大吉と書かれたおみくじを両手で空に掲げた。 それからそれを隣で見ていた桜乃の眼前へと運ぶと、嬉々とした声で朗らかに発言した。 「な、桜乃、宣言したとおり大吉引いただろ?!」 驚きながらも、岳人が差し出した紙切れに『大吉』と書いてあることを確認した桜乃は、はいという一言で彼の台詞を肯定した。 「だろだろ?!」 桜乃の言葉で更に機嫌をよくし、鼻歌を歌いだした岳人は、たった今開いたばかりの御籤をテンポ良くたたみ始める。 すっかり元のようにたたまれた御籤は、そのまま岳人のポケットへと吸い込まれていく。 「今度は桜乃のことを思いながら引いて、大吉を当ててやるからな!」 御籤を引いた方の手で桜乃の手を握り、大声でそう宣言する岳人の隣で、発言内容と人様から向けられる視線の両方に恥ずかしくなった桜乃は、顔を真っ赤にして俯いた。 ―――――――――――――――――――――――――― 紙を覗きこんだ途端、ブン太は蛙が踏まれた時に出すような声を上げた。 「凶でも出たんですか?」 ブン太の嫌がっていることを隠そうともしていない様子に、よっぽと嫌な結果が出てしまったのだろうと予想した桜乃が声をかけるが、さっきとは180度違う、冷静な声でブン太が答える。 「いんや、中吉。」 「なんだ、全然いいじゃないですか。」 私なんて凶ですよ。 手にしている紙をブン太に見せながら桜乃が付け加える。 「でもさ、中吉って中途半端で嫌じゃねぇ?」 「だから、私よりはマシですってば。」 なんていったって、凶なんですよ? 憮然とした表情のブン太の前で、お御籤をひらひらさせる。 本人が宣言している通り、それにははっきり『凶』と書かれている。 「・・・なんだか凶凶って繰り返されてっと、俺といることが凶だって言われてるみてーで嫌だな。」 薬を飲んだ後のような顔をしながらそう言ったブン太の横で、桜乃は笑った。 ―――――――――――――――――――――――――― 「吉ですね。」 「吉だな。」 紙に書いてある今日の運勢を報告して、桜乃は笑った。 それにつられる様に運勢を報告し、その詳細に目を通した。 「健康運・恋愛運は普通、勉強運は最悪だが、その代わり金運は最高らしい。」 読み終えたあと、すぐに紙を折りたたみ始める。 「恋愛運・勉強運は普通、健康運と金運はやや低いそうです。」 言い終えた桜乃もやはり、紙を折りたたみ始める。 その動作が終わるのを待って、たたみ終えた自分の御籤を彼女の手の平に乗せる。 彼女の手の平に乗った御籤を見て、俺は密かにほっと息を吐いた。 手先は不器用な方だと自覚しているが、折り目が残っているせいかほとんど元の様に折りたためたことが、少し嬉しい。 「じゃあ、木の枝に縛りましょうか。」 少し考え事をしている間に、俺の手の平には桜乃の御籤が乗っていて、彼女はゆっくりとした歩調で歩き出していた。 いつの間にと考える前に、いつもよりは早い足どりで彼女の後ろを歩く。 (・・・静かだ。) ここは大抵静かだが、引いた御籤をご神木に縛り付けに行くまでの時間は、特に静かだと、俺は思う。 なんというか、ここが特別な空間のように思えるのだ。 だから俺は、桜乃と共にここに来ることが好きだ。 ―――――――――――――――――――――――――― 凶を引いたというのに嫌がるどころか嬉々とした声を上げる彼を、私はそのすぐ隣で不思議そうな顔で見ていたと思う。 だって彼の声色は、どう考えたってこの場合にそぐわない。 「俺、吉から上のしか引き当てたことなかったんだよ。」 ていうか、ほとんど大吉なんだけどさ。 清純さんがあまりにもあっけらかんと言うものだから、私は嘘でしょうとも返せなかった。 だって、引き当てるのはほとんど大吉ばかりだなんて、引き当てるのはいつも吉か凶ばかりな私には夢物語だ。 そんな私に気付いていないのか、清純さんの話は続く。 「だから一度凶を引いてみたくってしょうがなかったんだよねー。」 それなら代わってもらいたいんですけど。 と言おうかと思った瞬間、別の考えが浮んだ。 なんとなく良い考えかもしれないと思ったので、お御籤を何度も見ながら笑っている清純さんに向かって言ってみた。 「清純さん、それとこれ、換えてくれませんか?」 彼の目の前に出した私のお御籤に書いてある文字は、『大吉』。 それを知っている清純さんは、びっくりしている。 「え、だって、桜乃ちゃん、やっと大吉引けたって喜んでたじゃん。」 どうしてと全身で聞いてくる清純さんを見て、笑った。 「だって、こっちよりそっちの方がご利益ありそうなんです。」 一瞬考え込んだ清純さんも、嬉しそうに笑った。 ―――――――――――――――――――――――――― 銀色のコイン一枚と引き換えにもらった紙を歩きながら広げてみる。 広げた紙の上部には、歩いていてもはっきりと分かるくらいでかでかと、明朝体で大凶と書かれていた。 「・・・げ。」 思わず小さく声を漏らしてしまう。 占いの類を信じない俺でも、大凶と書かれた御籤を引いたら流石にショックだ。 (なんや、大凶て入れてないのとちゃうん?) 正月かなんかの特番で誰かが言っていたような気がして、御籤をしげしげと眺めながら、その誰かさんに八つ当たりしてみる。 が、大凶は大凶のまま、俺のちっぽけな手の平に乗っかったままだ。 (何がアカンかったんやろか。) いつも通る道で、今日たまたま神社を発見したことか。 それとも、神社を発見した偶然に何か良いものを感じ、景気づけに購入しようと思ったことなのか。 (・・・・・・悩んでても埒あかんな。) 深く溜息を吐いて、いつの間にか止まっていた足を動かす。 気分は重くなってしまったが、待ち合わせの時間に遅れることは許されない。 なにせ、彼女と会うのは久方ぶりなのだから。 (嫌なことがおきへんとええんやけど・・・・・・。) 嫌な予感をひしひしと感じながら、俺はひたすら目的地を目指してのろのろと歩いた。 ―――――――――――――――――――――――――― 腕に腕を絡ませたまま、桜乃はじゃり道を足早に歩いた。 「んな早く歩かなくったって逃げやしねーんだから、ゆっくり歩け。」 右腕を掴まれている宍戸が、彼の腕を掴んでいる桜乃にそう声を掛ける。 彼女が転ぶことを恐れているのだ。 それは同じように彼女に腕を掴まれている(彼の場合は左腕だ)日吉も危惧していることらしく、心配そうに桜乃を見ている。 「だって、売り切れちゃったら嫌なんだもん!」 「あのな、御籤が売り切れることなんてねぇって。」 「朋ちゃんはそういう目にあったことがあるって言ってたもん!」 「それは多分、正月の時の話だろ。」 宍戸の言い分が正しいことを、桜乃は十分理解していた。 こんな、今にも崩れ落ちそうな神社の場合、正月でさえ売り切れることはなさそうだという判断さえしている。 けれど桜乃は二人の(特に日吉の)気が変わることを恐れており、やっぱり止め、と言われる危険性を低くするため、少しでも早く目的地に到着したかった。 そのために、ぱっと頭に浮んだ適当なことを言っただけなのだ。 もちろんそのことを二人は知らない。 知られたら一環の終わりだと桜乃は思っている。 三人でお御籤を引きたいと切に願っている桜乃の視界に、木材で出来た受付が入ってきた。 (・・・もう少し。) 彼女の努力は、後少しで報われる。 ―――――――――――――――――――――――――― |