■ 祝いの言葉はトリプルで
名前を呼ばれて、三人は同時に振り返った。 振り返った先には、青学テニス部顧問の孫である竜崎桜乃がぽつんと立っていた。 「あ、桜乃ちゃん。」 「こんにちは。今日はどうしたの?」 「・・・六角に練習試合の申し込みでもしにきたの?」 天根ヒカルことダビデが一言発したことを皮切りに、木更津亮と淳が話しかける。 すると、いつもは笑顔で言葉を返してくれる桜乃は、今日は歯切れ悪く挨拶をした後、すぐに下に視線を向けてしまった。 桜乃の様子がおかしいことは、彼女と仲良くなったばかりの三人にもすぐに分かった。 「あ、あの・・・!」 「うん。」 「その・・・、こういうこと言うの変かなと思ったんですけど・・・!」 「うん。」 何にあせっているのか、両腕をぱたぱた動かしつつ必死に言葉を紡ぎ出そうとしている彼女に、亮と淳が交互に対応する。 「亮さん淳さん天根さん!お、お誕生日おめでとうございます・・・!」 「「・・・え?」」 顔にはあまり出ていないものの、木更津兄弟は心底驚いた。 突然お祝いの言葉を叫ばれたこともそうだが、彼女が自分達の誕生日を知っていたこと、そして、それを祝いにきてくれたこと。 それらすべてに驚いて、口を開けたまま固まってしまう。 「・・・ありがとう。」 「い、いえ・・・!」 木更津兄弟より先に意識を戻した天根が代表として礼を言うと、桜乃は恥ずかしさから顔を赤らめた。 「というか、誕生日はまだ先なのに祝いに来てしまってすみません・・・!」 ああ、だから『こういうこと言うの変かなと思った』のか。 口を挟むスキがない(もっとも、口を挟むつもりも今はないのだが)ので、天根の後ろで二人の会話を聞いている亮と淳が、先ほどの言葉の意味を理解する。 「本当は誕生日当日に来たかったのですが、天根さんの誕生日には学校があるので、こっちに来るのは無理かなと思って・・・。」 「ま、今は日が落ちるのが早いからね。」 「ダビデのせいで桜乃ちゃんに何かあったらダビデタコ殴り決定だし。」 「タコ殴りはいくらなんでも酷いと思うんだけど・・・!」 「ダビデ煩い。」 堪らず抗議してきた天根の脳天にチョップをかましている双子の兄を放って、淳が桜乃に釘を刺す。 「ダビデがぼろぼろになるのが嫌だったら、誕生日にはこっちこないでね。」 その顔は微かに笑っていたので、それが遠まわしな気遣いだということに友人達に鈍いと言われている桜乃でも気が付いた。 だから彼女は、分かっているという想いも込めて、ただ笑った。 この後双子は桜乃ちゃんにプレゼントを貰います。
「え・・・っ?!」 竜崎桜乃は大声をあげそうになった口を自分の手で塞ぎながら、心臓を落ち着かせようと深呼吸をした。 彼女が今いる場所は、とある学校の教室。 桜乃の目の前にはパソコンがあり、その画面には、『占い研究部』という倶楽部の部員が厳選した(らしい)占いサイトが映し出されている。 「そ、そうなんですか・・・?」 さっき知った事実の確認をするため、なんとか落ち着いた桜乃が後ろで立っている二人に声をかけた。二人とは、伊武深司とジャッカル桑原だ。 質問を受けて、伊武が聞き取りにくい声量で喋り始めた。 「・・・どっちも嘘付いてないなら、本当だね。」 「誕生日を偽ったって良いことなんてねぇんだから偽んないだろ普通。」 「・・・間違えたとか。」 「自分の誕生日間違えるわけねーだろ。」 「神尾は間違えたよ。」 「マジかよ・・・。」 何故か肩を落としたジャッカルを見て、どうフォローしていいのか分からない桜乃は苦笑を浮かべた。 それからふと、今日が二人の誕生日だということを今更ながらに思い出し、今からでも二人を祝えないかと思案し始めた。 そして、とある案が浮んだ桜乃は、二人に笑顔付きで提案した。 「あの、今日はお二人の誕生日だということなので、私、昼食を奢りますね!」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」 「私が二人の好きなものを奢るんです!つまり、プレゼントの換わりってことですね。」 二人の言葉を『話が理解できない』という意味で受け取ってしまった桜乃が、もう一度、今度は理解できるよう気をつけながら説明するが、二人はそんな意味で言ったわけではないので、まだ困惑している。 だが、そんな奢ってもらう立場にいる方とは対照的に、提案者である桜乃は張り切っている。 「あの、よ?」 「はい?」 「奢るって、どのくらい奢ってくれるつもりなの?」 「えっと、お二人がお腹一杯って思うくらいですよ。」 今日はお祖母ちゃんにお小遣いもらいましたし大丈夫です! そう言って奢る気満々だとアピールしてくる彼女に、男二人はますます困惑する。 だって彼女は完全に中学生男子の胃袋を侮っているから。 本気で彼らが満腹になるまで食べてしまえば、彼女の小遣いは一日で無くなってしまうだろう。 「じゃ、じゃあ・・・奢ってもらおうかな・・・。」 「・・・まあ、断るのもなんだしね。」 「はい!まかせてください!」 心の中で、満腹だというタイミングをどこにしようか考えながら、伊武とジャッカルは彼女の後を付いていった。 この二人が同じ誕生日だってこと、知ってました?
じっとしたまま、菊丸は動かなかった。 動いてしまうとあれが見えないから。 部室に一つだけ置いてある机に突っ伏しながら、恨めしそうな視線をある物にむけて送る。 すると、それに気付いた河村が、元から下がり気味だった眉を更に下げ、申し訳なさそうな目線を向けた。 「えっと、・・・ご、ごめんね英二・・・。」 「にゃー!!謝られるともっと惨めじゃーんっ!」 欲しいものを買ってもらえず駄々をこねている子供の様な行動をしつつ、菊丸が思いっ切り叫ぶ。 そのとたん、菊丸の後頭部に何かが投げつけられた。 「いたっ!・・・だ、誰だよこんなもの投げつけたのはー!!」 「僕だよ英二。」 自分に当たった部誌を高く掲げた菊丸の動きが止まる。 聞えてきた声に僅かばかり怒気が含まれていることを感じ取ったからだ。 怖くて反射的に肩を竦ませた菊丸の横に、すっと不二が立つ。 「・・・今日は何日だっけ?」 無論、不二はそんなことが聞きたいのではない。 彼にとって重要なのは、『何日か』ではなく『何の日か』の方である。 菊丸も、3−6コンビだと言われることもあるくらい一緒にいる不二の言わんとしていることをちゃんと理解しているので、恐々口を開いた。 「11月18日で、タカさんの誕生日です・・・。」 「で?」 「祝うべき日に八つ当たりなんかしちゃ駄目ですよね〜。」 「なんだ、分かってるじゃない。」 にこりと笑った不二は、河村におめでとうという言葉と共にプレゼントを贈った。 もう菊丸はどうでもいいらしい。 (不二はタカさんが好きだからなー・・・。) もちろん、この場合の『好き』は恋愛感情の『好き』ではなく、憧れとかそういう意味の『好き』である。 菊丸もそういう意味でなら河村のことを好きだが、今は素直に祝えないだろうということを確信していた。 (だって・・・。) 菊丸は、またあれを見た。 タカさんが桜乃ちゃんから貰ったプレゼント。 その現場を見たのは偶然だった。 偶然菊丸の掃除区域が外で、二人が会っていた場所がその近くだったから。 菊丸の想い人は、顔を真っ赤にしながら河村に何かを渡していた。 何を渡しているかなんて、目の良い菊丸には一瞬で理解できた。 それを見た直後、菊丸は逃げるように去ったのだが、これまた偶然その姿を発見していた河村が、部室でぶーたれていた菊丸にいきさつを説明してくれたのだった。 いわく、一人で練習していた桜乃ちゃんにアドバイスをしてあげた事があり、そのお礼と一緒に誕生日プレゼントをくれただけで、彼女に他意はないらしい。 だが、菊丸はそんなことを気にしていたのではなかった。 だって彼は今日が河村の誕生日だということを知っていたから。 誕生日を知った彼女がプレゼントを贈ってくれるだろうということも容易に想像できる。 ただ、『河村にだけ贈った』という事実が引っかかるだけだ。 (・・・なんでタカさんだけ?) 河村は彼女に他意はないと言った。 他意。 つまり、「ありがとう」は詰まっているが「好きです」は詰まっていないと。 でもそれは、河村がそう思っているだけであって。 (・・・桜乃ちゃんはそう思ってないかもしんないじゃん。) 菊丸は深いため息を付くと、そのまま机の上に突っ伏した。 タカさん(18日)と菊丸(28日)、誕生日おめでとうです!
タオルを頭に巻きなおし、コートに出る。 今から俺は、自分の憧れている橘さんと練習試合をする。 (・・・これがあるし、大丈夫だ。) そう思いつつ巻いてあるタオルに触れると、自然と心が落ち着いた。 「じゃあ試合を始めるか。」 橘さんの声に、はいと大声で答える。 大丈夫。 この試合も楽しめるさ。 「にしてもおしかったな。」 試合を終えたばかりの俺に、桜井が近付いてくる。 「そうか?全然負けてるぜ?」 「まあ数値的にはな。俺が言ってるのは試合の内容。」 「今まで返せなかった球返してたしな。」 神尾が話に加わってきたのをきっかけに、俺の周りに皆が集まってきて一気に騒がしくなる。 「石田、最近調子いいよな。」 「あ、それ俺も思ってた!」 「・・・誕生日過ぎてからだよね、調子いいの。」 深司がぼそりと呟いた瞬間、皆の動きが止まる。 (・・・なんかやな予感がする。) 例えるなら嵐の前の静けさってやつか? そんなことを思いつつ、皆の動きが止まっているうちに逃げることにするが、奴らが動くほうが早かった。 「愛しい彼女と迎える初めての誕生日だったんだもんな。」 「で、桜乃ちゃんに何もらったんだ?」 「・・・なんで話さなきゃいけないんだよ。」 うんざりしつつそう返すと、義務だからと返された。 なんだ、それ。 「・・・そういえば、最近出来たクセあったよね。」 深司がまたぼそりと呟く。 ・・・いいからお前はもう喋るな。 「クセ・・・。」 深司のぼやきからヒントを得たので、全員がクセとか呟きながら考え始める。 俺からしてみればそんな真面目に考えることかって感じだが、そう言うとまたなんか言われそうだから黙っていることにした。 「あ!頭に巻いてるタオルとか?!」 「これはお袋から。桜乃からはこのリストバー・・・。」 そこまで言ってから、俺は自分の失言に気がついた。 顔や腕から、だらだらと脂汗がでてくる。 自分からバラすなんて、馬鹿か俺。 咄嗟に下に向けた視線を緊張しながらあげると、内村の意地の悪い笑顔が目に入った。 「へぇ、リストバンド、ねえ・・・・・・。」 それから一週間ほど、俺のリストバンドは奴らから狙われるハメになった。 石田鉄という人物のことが分かりません。
|