■ 明日への扉(I WISH)
いろんなことがあった。 本当に、ここまできたなんて信じられないくらい。 「何考えてんの?」 私が笑った気配を感じたのか、リョーマくんもふっと笑ってこっちを見る。 その優しげな顔がとても安心する。 「初めて会った時のこと覚えてる?」 「なに?突然」 「なんだか思い出しちゃって」 初めて会った時は二人ともこんなに小さかったなぁ、とか。 初めから迷惑かけっぱなしだったな、とか。 それでも助けてもらったな、とか。 テニスをしているリョーマくんがとっても綺麗で、あの瞬間から恋が始まったんじゃないかな、ってそんなことを考えてたの。 「覚えてるよ。ひどい目にあったしね」 「うう・・・ごめんなさい」 「今誤られても」 おかしそうにリョーマくんは笑う。 からかわれたと知って、思わず頬がぷうっと膨らむ。 リョーマくんはその両頬に両手を添えた。 くいっと顔をリョーマくんの正面に向けさせられる。 思ったよりも近い距離に頬が熱くなった。 「ねえ、俺があんたを見たのっていつだと思う?」 秘密を明かす時特有の微笑みを浮かべてリョーマくんが私の顔を覗き込む。 「電車で、佐々部さんがラケットを振り回したのを注意した時だよね?」 リョーマくんが一声かけた一瞬が私の中でとても衝撃的な瞬間だった。 忘れてないよ。 そう思って見返せば、しかしリョーマくんは首を左右に振る。 「違うの?」 困惑する私の頬を包んだままこつんと額を合わせて 「あんたは絶対気付いてないと思うけど、駅で電車を待ってた時にさ、 ちょっと離れたとこにやたらと長い三つ編みの娘(こ)がいたんだよね」 そう言って、今はもうない三つ編みを懐かしむように、私の髪の毛を一房手にとる。 長さも今では肩甲骨辺りで切りそろえて、長かった頃の名残りはあまりないかも知れない。 「キョロキョロして何度か駅の看板確認しててさ、確認する度に『よし、これでいいんだ』って手を握り締めて・・・ 不安そうなのに強気で、なんか、すごい、気になった」 そうだ、私は確かに何度も何度も行き先を確認しては大丈夫だと自分に言い聞かせていた。 一人で電車に乗ることにあんまり慣れてなくて、方向音痴だったし不安で・・・・・。 そっとリョーマくんは手にした髪を唇に寄せる。 次いで言われた言葉に私はきょとんとした。 「だから、わざとなんだ」 「わざと?」 「ん。気になって、だからわざと同じ車両に乗ったんだ」 真っ直ぐ見つめる視線はとても真剣で、私は目が潤んでしまった。 合わせた額から、髪の先から熱が伝わってしまうんじゃないかってくらい顔が熱い。 嬉しい。 嬉しいです。 もう前のことだけど、それでも当時の私が心の中で胸を高鳴らせている。 出会いは偶然であり、でも偶然じゃなかった。 「ありがとうリョーマくん、見つけてくれて」 「ん」 あなたが見つけてくれたから、だからこうして今二人でいる。 くすっと私たちは笑い合った。 「明日だね」 「明日だよ」 そっと噛み締めた明日という特別な日。 まるで夢のような出来事が明日訪れる。 「桜乃、愛してる」 幸せな瞬間が待ちわびている。 「私も、リョーマくんを愛しています」 病めるときも健やかなるときも、ずっとずっとこれからずっと一緒にいます。 これからの二人の道を一歩一歩歩んで行きたい。 ゆっくりと明日への扉を開いて、一緒に潜りましょう。 永遠を誓い合いましょう。 明日、教会で。 リクエストありがとうございました〜(感涙)
■ 教えてあげる(can/goo) 神奈川にあるテニスで有名な中学校のとある部屋。 そこで、八人の少年が一人の少女を囲んでいた。 「桜乃、愛について知りたくねぇか?」 「愛、ですか?」 「そうだ。愛だ。」 少年達は少女の反応を観察するが、言っていることがよく分からないのか、少女はきょとんとした顔で少年達を見ている。 「つまりだの。」 「はい。」 「僕らのうちの誰かと恋人にならないかって聞いてるんだ。」 「・・・はい?」 あまりに突飛な、そして率直過ぎる物言いに、少女が思わず聞き返す。 その反応を受けて、今まで大人しくしていた少年達は口々に騒ぎ出す。 「ゆ、幸村・・・!それはあまりに率直過ぎないか?!」 「でも真田副部長、桜乃ちゃんって鈍いからこうでも言わないと気付いてくれないっすよ?」 「幸村君の言い方は確かに率直過ぎましたが、確実に桜乃さんには伝わりましたし、これはこれでいいのではないでしょうか。」 「結果オーライってやつっすよ。」 「そういうことで竜崎。」 「は、はい?」 「ここにいる人間の中で誰かと付き合って欲しいんだ。いいだろう?」 「え、あの・・・。」 「あー!柳さんも幸村部長もずるいっす!桜乃ちゃん!」 「はい?!」 「俺!俺と付き合うよね!」 「こら赤也。こういう時は先輩優先じゃろが。」 柳と幸村の発言のせいで場は一気に混乱状態に陥ってしまったが、展開の速さについていけない少女はどうすることも出来ずにおろおろするばかりだ。 (えっと・・・!) そこで突然、少女の脳裏に『逃げる』という選択肢が浮かんだ。 普段の少女なら、逃げるという言葉を思いつきさえしないだろう。 けれど、今日の彼女は普段の彼女ではなかった。 目の前で起こっていることと、さっき言われた付き合ってくれという言葉。 恋愛というものにまだまだ疎い少女には、それらが怖くて仕方がないのだ。 それゆえに、少女は逃げるという選択肢を選んだ。 気付かれないようゆっくりと扉に向かい、ドアを開けて外へと出る。 逃走計画がなんとか成功したことを喜ぶ間も惜しみ、少女は息を深く吸い込んでから校門へと駆け出した。 (早く逃げなきゃ・・・!) 来た時には幸せな気分で歩いてきた道を、今はまったく逆の心境を抱えて辿っていく。 ただ少年達に捕まらないよう願いながら、必死で走る。 そして、彼女にとって希望ともいえる、駅の光が見えた時だった。 「よう。」 「?!」 切符売り場の前で陽気に手を振っている赤毛の少年が、少女にそう呼びかけてきた。 「な、なんで・・・。」 「俺らあそこに毎日通ってんだぜ?近道くらい把握してるって。」 少年が浮かべている、普段なら幸せな気分になれるであろう笑顔が、早くここから去りたいと思っている少女にはゲームオーバーの証のように思えた。 「見逃してやるよ。」 「え・・・?」 唐突にそう言われて、少女は驚いた。 この少年も、さっきまであそこで勝手なことを叫んでいた筈だ。 なのに、見逃してやるという。 「な、なんで・・・ですか?」 少女は驚きのあまり早くここから去りたいと願っていたことを忘れ、聞いてもあまり意味がないと思えることを少年に問いかけた。 すると、少年は笑いながら切符を差し出した。 「お前まだ状況把握してないみたいだし、別に今日答えを聞かなきゃなんねーわけじゃねぇしな。」 少年の言い分は少女にとって嬉しい内容だったけれども、彼女は少年から切符を受け取ることを躊躇した。 この少年も、さっきまであそこで彼らと言い争いをしていたのだ。 この数分の間で考えが変わるとは思えない。 (信用して・・・いいのかな?) 少女には、彼からそれを受け取っていいものか判断が出来なかった。 けれど。 切符を持った手が、早く取れとばかりに揺れたのを見て、 少女は反射的にそれに手を伸ばしてしまった。 同時に、少年に腕を掴まれ、引き寄せられてしまう。 「ただ、お前に愛を教えるのは俺だけだから。」 それだけは覚えておけよ、と言われながら背中を押され、少女は呆然としたまま改札をくぐりぬけ、丁度到着した電車に乗った。 多分、自分の胸がものすごい速さで脈打っていることを、彼女は分かっていない。 さちさんからのリクエストで、「立海大×桜乃(ブン桜寄り)」です。
■ いっしょにたべよう(岡崎律子) 「よし出来た。」 テーブルに最後の一皿を並べ終えたと同時にテーブル全体を眺めてみれば、自分でもなかなかだと思う出来栄えの料理ばかりが並べられており、俺は心の中で、それらに盛大な拍手を送った。 そこで電子音が鳴り、心なしかうきうきした足取りで玄関へと急ぐ。 それにしても、絶妙なタイミングだ。 「今晩はブン太さん。」 控えめなピンク色をしたワンピースを着ている俺の彼女は、開口一番にそう言った。 「直に会うのは久し振りだな。」 「そうですね。」 俺に向けてくれている笑顔が可愛くて、彼女に抵抗されても抱きしめてやると思ったが、ワンピースと同じような色に染まった頬が今日の気温を表しているようで、ぴたりと動きを止める。 「外寒ぃし、早くあがれよ。」 「はい。」 俺の出したスリッパをはいた桜乃は、大人しく俺の後ろを歩いてくる。 「外、寒かったろ。」 タイミングを計ってそう切り出すと、桜乃はええ、と少し躊躇した後で言った。 「わる」 「わ ――――― !」 俺の台詞を叫び声で消し去った桜乃が、普段のとろくささはどこへいったと聞きたいほどの俊敏さで俺の横をさっと通っていく。 「桜乃?」 俺より少し先にキッチンへとたどり着いていた桜乃は、興奮した様子でテーブルの上に置いてあるものを眺めている。 ・・・おい、俺の台詞は完全に無視ですか。 「これ、全部ブン太さんが作ったんですか?!」 「・・・今日は俺以外に作る奴いねぇしな。」 「どれもものすごくおいしそうですね!ブン太さんが何度も誘ってくださった意味が分かります!」 「・・・そうだろぃ。」 いや、確かにこの料理を褒めて欲しいと思ってたけど、俺の下心に全然気付いてねぇってどういうことだ。 (仮にも彼氏彼女って関係だろぃ。) でも。 それでも。 (それでもいいか、なんて思ってるなんてな。) 気付いてない振りをされんのよりはマシと思うことで自分を慰めて、放っておけば何時間でも平気で感動してそうな桜乃をせかし、食卓を囲む。 早い夕飯になっちまうが、桜乃のせいで腹が減ったんだから仕方ねぇじゃん。 「おいしいです、ブン太さん。」 「そりゃ良かった。喜んでもらおうと頑張った甲斐があったな。」 言ったのはお決まりの文句だったのに顔を赤くしてうつむく様が可愛くて、この後は俺も喜ばしてくれるかという言葉が出てきそうになったが、それはお子様桜乃の機嫌を損ねないためにぐっと飲み込んで、俺は笑った。 さちさんからのリクエストのおまけ(?)です。(笑)
■ Shower(sowelu) 『あっれー?こんなトコでなにしてんの?』 『・・・・あの・・・。あなた私のこと知ってるんですか?』 『・・・は?』 『何でもいいですから・・・あの、・・・わ、私のこと教えて欲しいんです!』 『・・・マジ?』 気まぐれで親切心なんて起こすもんだから、こういうことになる。 何故か記憶喪失になっていた竜崎さくら(本名かどうかは知らない)とファーストフードを出た俺は、地下鉄を目指していた。 何故って、青学へ向かうためだ。 俺の通っている立海大は今日創立記念日とかで休みだったんだけど、青学は普通にやってんだろと思ったからだ。 青学がやってるんだったら男テニは当然やっているわけで、そうしたらこの子のおばーちゃんもいるわけだから万事解決ってわけだ。 「青学テニス部の皆さんはこんな時間までやっていらっしゃるのでしょうか・・・?」 持っていた定期で駅の改札を通りながら、さくらが聞いてくる。 顧問の孫なら知っているはずの情報を知らないことに、記憶喪失だということを痛烈に思い知る。 「やってなきゃ俺達と当たる前にコテンパンにやられて終わりだね。」 つーか、勝ってくんなきゃ俺達が復讐できなくて困るんだよね。 いつもの毒舌を続けそうになって慌てて言葉を飲み込めば、さくらは真剣な顔をしながら歩いていた。 「さくら?」 「さーくらさーん?」 呼びかけてみても反応がないので、仕方なく無言で歩くことにする。 しばらく無言で歩いていたら、俺達の間に分厚い壁が見えてきた気がして、なんとなく落ち着かなくなってきてしまった。 (もう少しでお別れだっつーのに・・・。) もっと色んなことを聞きたいのに聞けないジレンマから、心の中でグチを零す。 そしてふとさくらを見ようとすると、彼女はいなかった。 「マジで?!」 失敗だ。完全に失敗だ。 あんなにぼうっとしてたんだから、もっと注意をしてなきゃ駄目だったのに。 (さくら・・・!) 今日初めて会った時の様な寂しそうな顔をあいつにさせてんのかと思えば思うほど、後悔が俺をちくちくと締め付けた。 けれど、今は後悔なんてしてる場合じゃねぇ。 少しでも早く探し出さなきゃいけねーんだ。 階段を駆け上り、帰宅しようとしてる奴らでごった返してるホームに目を凝らし、運良くさくらを見つけた時、あいつの体の半分は電車の中だった。 人に流されながらも俺の方に手を伸ばそうとしているさくらの口が、動く。 「どけよ!」 人ごみを掻き分けながら一歩一歩近付く。 「さくら!」 「赤也さん!」 知らない親父と親父の間から手を伸ばし、さくらの手を掴もうとするが、どうしても掴むことが出来ない。 『発車します。黄色い線までお下がりください。』 手が届かないままドアは閉まり、ホームには俺と、数人の親父が残っただけだった。 (・・・結局届かなかったなぁ・・・。カッコワリ。) でも俺は、落胆なんてしていなかった。 『私の名前はさくの・・・!さくのです、赤也さん!』 ドアが閉まる瞬間にさくら、いや、さくのが叫んだその言葉は、あれほどまでに煩い空間の中でもしっかりと届いてくれた。 「今度青学に、どう書くのか教えてもらいに行かなきゃな!」 愛しい相方(笑)からのりくで、「赤也×記憶喪失桜乃」でした。
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