■ すごく、綺麗。
なんて言ったらいいんだろう? ・・・うん、これが一番近いかもしれない。 『綺麗』 そう。清純さんの髪は綺麗なんだ。 ところどころぴんとはねてる髪は少し寝癖っぽくて、彼を可愛いらしく見せているというのに、何故か綺麗という言葉が当て嵌まってしまう。 それは多分、オレンジのせい。 清純さんのオレンジは綺麗。 染めただなんて嘘だと言いたくなるほどつやつやしているし、うっかり日の光に当たったところを見てしまうと、思わず息をするのを忘れてしまうほど。 「何やってるの?」 そうすると、きまって清純さんがこの言葉を口にする。 なんでもありませんって言うと、僅かに首を動かして、少し困っているような顔をして笑う。 その時の清純さんの笑顔や首の動きに合わせて動く髪が好きで、気恥ずかしいはずなのに、何度も見たくなってしまうのだ。 「ここの席に座っている人になりたかったな・・・。」 使い込まれている自分の学校のとは違う椅子が、きしりと小さな音を出す。 すっかり夕日色に染まった机を挟んで前に座っている清純さんは、驚いた顔で私を見つめ返している。 「それはまた、どうして?」 「どうしてって・・・。」 日の光に当たった清純さんの髪を、清純さんに見つめられることなく見ていられるから。 「・・・内緒です。」 こんなこと考えてるなんて知られたくなくて、はぐらかす。 「内緒、ね。」 くるだろうと思っていた追究はこなくて、あっさりと会話は終わった。 はぐらかせたはずなのにはぐらかせてないような気持ちが、胸いっぱいに広がる。 私の気持ちに反比例するように、目の前にいる人は笑顔だ。 「・・・なんで笑ってるんですか。」 「ナイショです。」 「・・・・・・・・・。」 きっと内緒の内容は、私にも清純さんにも分かっている。 桜乃ちゃんの惚気話。
■ さぼてん ください、という可愛らしい声が聞えたのは、偶然か必然か。 どっちにしても、僕にとってはラッキーだったに違いない。 「やあ桜乃ちゃん。どうしたの?跡部の所に行ったんじゃなかったの?」 「え・・・?」 「まさかさぼりにきたの?」 「・・・先輩のイジワル。」 途端にむくれた桜乃ちゃんにごめんと一声かけて笑みを消そうとするけど、笑みは消えてはくれなかった。 「跡部さんにインタビューしてたんですけど、早々に切り上げられちゃったから時間が余っちゃったんです。」 「つまり暇潰しってこと?」 「・・・周助さん!」 桜乃ちゃんが跡部にインタビューする。 彼女から事前にそのことを聞かされていたから、良い位置をゲットして、跡部へのインタビューを大画面で観ていた。 だからインタビューが跡部によって早々に切り上げられたってことは、僕は当然知っている。 でも、事前に知っていたとはいえ、やっぱり嫉妬心は芽生えてしまったわけで。 だからちょっと、彼女に意地悪してみたい気分になってしまっただけなんだ。 「はい桜乃ちゃん。」 「? 可愛いサボテンですね・・・!」 たちまち笑顔を見せる桜乃ちゃんに微笑みながら、サボテンの小鉢を彼女の手の平に乗せてあげる。 「サボテン、欲しかったんでしょう?あげるよ。」 「え、でも・・・!」 「桜乃ちゃんのために育てたコだから。」 だから大切に育ててあげてねと言うと、桜乃ちゃんは今日一番の笑顔を見せてくれた。 劇場版の不二桜小話。
■ そこに立つあの人は、とても凛々しくて。 「桜乃?」 声をかけられて、はっとして周りを見回す。 呆っとしている私をじっと見ていたのか、私と視線があった若さんは、ちょっとだけ困った顔をしていた。 「・・・寒いのか?」 「い、いいえ!」 確かに少し寒かったけど、ぼーっとしてた理由は違うので慌てて否定する。 でも若さんはそれを嘘だと判断したらしく、私の手を自分の手で暖めてくれた。 さっきまでいつもとは違う戦闘服を着て大人の人相手に戦っていた若さんの手は、私のとは比べられないほどに暖かかった。 「・・・ええと、寒くないと言えば嘘になりますが、寒いっていうのはぼーっとしていた理由とは本当に違うんですが・・・。」 暖めてもらっていることを申し訳なく思ってそう言えば、若さんはきょとんとした顔で私を見た。 それから少し笑って、 「俺は暑いから、お前の手で冷ましているだけだ。」 と、低くて心地よい声で答えてくれた。 (・・・嘘。) それだけじゃないんでしょう? それだけじゃないって、私は思ってる。 だって若さんの手、包んでもらった瞬間より熱くなってますよ? 「・・・戦っている若さんに見惚れてたんですよ。」 なんて。 呆けてた理由を言ったら、どんな反応をしてくれますか? 話の中の季節は冬。
■ 夏も吹っ飛ぶ痴話喧嘩。 なんでダメなんだ、と不服だと猛烈に主張している声で言うと、ふうと溜息をつかれた。 なんで。溜息をつきたいのはこっちだっつーの。 「あのですね、ブン太さんと行くと氷が融けちゃうから嫌なんです。」 は、と間抜けな声を出せば、桜乃はますます疲れたらしく、肩をおとした。 「一緒に行った時、氷全部融けちゃったじゃないですか!」 「あー・・・。」 原因をはっきり言われて、そうだっけと考える。 ・・・そういや去年も同じトコで桜乃と氷食ったような気がしないでもない。 「いやでもあれは桜乃が早く食わないのが悪りぃんだろぃ。」 ちゃんと思い出せたから反論し、うんうんと頷く。 そうすると、桜乃がまた反論する。 「あれはブン太さんがちょっかいかけてきたのが原因でしょう?!」 びっくりした。 今まで色々(桜乃にとって)意地悪なことをしてきたが、桜乃がここまで怒ったことはなかったから。 「・・・そんなに器ひっくり返ったことがショックだったのかよ?」 返事はない。 ってことは、十中八九正解ってことだ。 「・・・だから、もう二度とブン太さんとは行きませんから!」 「え?!」 「あと、アイスも食べません!」 「え?!じゃあアイスキャンディーも?!」 「アイスキャンディーもです!ついでに私の傍では食べないでくださいね!」 「なんで!」 「ブン太さん融けたアイスキャンディー私の服に落としたじゃないですか!だから私の近くでは食べないでください!」 「ちょっと待てよ!俺死んじゃうって!」 そんなことと笑われるかもしれないが、俺にとっては死活問題だ。 「だったら夏の間は私に会わなければいいじゃないですか!」 「あ。」 「・・・・・・・・・。」 「あ、桜乃!ちょっと待ってよ!」 その手があるか、なんてちょっと考えた瞬間に遠くに行ってしまった桜乃を追って、俺は真夏の太陽の下を走った。 『ブン桜同盟』=さちさんに捧げます。
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