■ 馬鹿じゃん?
「けーごってさー、意外と馬鹿だよね。」 生意気そうな顔をしてそう言ってくる少年を、景吾はぎろりと睨んだ。 普通の人間なら萎縮してしまうだろう視線を向けられても、少年はけろっとした顔で話し続ける。 「今のお前を恐がるヤツなんていないって。つーか、今ここにゆーしがいたら大笑いしてるぜ。」 何やっとんの跡部ー、と見事な忍足の声真似を披露しながら、少年は視線を下に固定する。 「桜乃がわりーんだよ。」 「は?なんでそこで桜乃がでてくんのさ。」 水の滴る音と一緒に地上へと戻ってきた自分の父親を冷めた目で見ながら、少年は疑問を解決すべく、質問をなげかけた。 「・・・お前には関係ねー。」 水に濡れた髪に手で触れながらそう言われて、少年の心に火がついた。 けーごのクセにと思いつつ、冷静そうな顔を作る。 「ど−せ、ベランダにいる桜乃が危なっかしいからって監視してたら落っこちたってオチなんだろ?」 「んなんじゃねーよ!!」 途端に振り向いた景吾の顔は、真っ赤。 それを見た少年は、大袈裟に溜息を吐く。 「馬鹿じゃん?」 「・・・・・・るせぇ。」 この頁の小話はすべて父の日祭り設定です。
■ 疑惑 「比呂士君ってどうして結婚しないのかなぁ?」 夕食前、なんでもないことのようにそう言われて、手の動きをぴたりと止めてしまう。 「・・・しーちゃん?」 「どうしても気になるんだよね。比呂士君って良い男だから、言い寄る女いっぱいいるだろーし。」 「しーちゃん。」 言い寄るなんて言い方しちゃいけませんと怒ると、しーちゃんにはいはいと軽く流されてしまった。 「ねー、お母さん。お父さんに学生時代のこと聞いてるんでしょ?」 「あ、うん。少しは。」 「だったらさ、比呂士君がどのくらいモテてたか知ってる?」 聞かれて、精市さんから聞いた話を思い返してみる。 「レギュラーの皆さんは、バレンタインデーになると大量のチョコを貰うくらいモテてたって聞いたことがあるよ。」 「真田さんや柳さんや丸井さんやジャッカルさんや切原さん達ってこと?」 「うん。あ、あと仁王さんね。」 仁王さんの名前を出すと、しーちゃんは急に苦虫を噛んだ後のような顔をした。 「・・・へー。皆、チョコくれた人と付き合ってたのかな。」 「精市さんは、皆テニスに夢中だったから大抵断ってたって言ってたけど。」 「ふーん。」 また不機嫌そうな顔をしたしーちゃんを不思議に思いながらも、思い切って聞いてみる。 「なんで急にそんなことを言い出したの?」 「ん・・・。結婚とか恋人作ったりとかして欲しくないし、そんなことは聞きたくないけど、ちょっと不安になったから。」 今のしーちゃんには、柳生さんを諦めるつもりはないみたい。 嬉しいような悲しいような。・・・ちょっと複雑かも。 「だってさ、私が色仕掛けとかで猛烈アタックしても全然靡いてくれないし、反応ないんだもん。同性愛者なのかと思っちゃって。」 しーちゃんの突飛といえば突飛な考えを前に、私は力なく返事を返すことしか出来なかった。 ―――――――――――――――――――――――――― ■ 変身 「お・・・お父さん。」 「・・・・・・ん?」 振り向けば、おネェさんに背中を押されつつ、こっちを見てる桜乃がいた。 (・・・すげ。) ただ単なる好奇心だった。 友達に「小さくても女は女だ」と言われ、そういえば桜乃はいつもはぼろぼろとはいかないまでもあまり綺麗じゃない服を着ていることに気付いて、綺麗な、女の子らしい服を着せたらどうなるのか、なんてことに好奇心を抱いただけだったんだ。 だから、桜乃を適当な服屋に連れてって、適当に服を選ばせて、試着させたんだ。 けどこんなに変わるなんて。 (女って洋服ひとつでも変わるんだな〜・・・。) じっと見つめれば、恥ずかしいのか視線を外して足をもじもじさせる桜乃。 そんな行動はもう立派な女性っぽくて、複雑になる。 「ん、よし帰るか!」 ひょいと桜乃を腕に座らせるように抱き抱えて、値札を切って清算するようおネェさんに言うと、おネェさんは待ってましたとばかりにすぐに寄ってきて、あっという間に会計は終わった。 女の子は服だけで変わるのですよ。
■ 自然になるまで 「お、お父さん・・・!」 「なんだよ?」 「こ・・・、こんなのかってだいじょーぶなの?」 今さっき買った服を着た桜乃が、服のはしを摘みながら慌てて聞いてくる。 もっと嬉しそうな顔しても良さそうなとこなのに、店を出る前からずっと悲しそうな顔してたのは、そういう心配してやがったからだったんだな。 「あのな桜乃。お前、いっちょ前に金の心配してるだろ?」 「そ、そんなことないよ・・・。」 俺の言葉を聞いた桜乃の周辺から、沈んだオーラが立ち上る。 隠そうとしてたって、俺が図星を指したこと丸分かりだっつーの。 「お前さ、俺のこと父さんって呼ぶならそんなにびくびくすんなよ。」 「え・・?」 「父親っつーのはさ、娘にはなんでも買ってやりたいって思うもんなんだよ。」 「・・・そうなの?」 「そうなんだよ。」 分からないというように首を傾げている桜乃をもう一度抱き上げると、背中を優しく叩いてやる。 「だからって、無理に呼ばなくったっていいんだぜ。」 桜乃の腕が、震えながらも力を込める。 「俺は桜乃を置いてったりしねーから。」 だから、無理してお父さんなんて呼ばなくてもいーんだよ。 赤也に引き取られてからすぐくらいのお話。
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