■ 母さんの笑顔


「わかちゃーん?」

 息子の名前を叫びながら白いエプロンを外した桜乃は、全然反応が返ってこないことを不思議に思い、庭へと足を運んだ。

「わーかーちゃーん。」

 先程とは違い、少しリズミカルに呼んでみるが、やはり返事はない。
 段々不安になってきて、足早に家の中を見て回る。

 しかし、息子はいない。

 桜乃はいよいよ不安になってきて、有り得ないところまで探し出した。

 本棚、机の下、トイレの中、押入れの中、コップの中、ベッドの下・・・・・・。

 再び庭へと戻ってきた桜乃は、椿の木の中に手をつっこんで探しだした。
 さっきここだけ探さなかったことを思い出したからである。

 けれど、探しても息子の姿はない。

「・・・どこ、いっちゃったんだろう。」

 たまらず目に涙を浮かべた桜乃の手の中に、たんぽぽで作った冠がおさまった。
 それが上から落ちてきた不思議に首を傾げ、当然の様に上を見上げる。

 最初に目に入ったのは青空。

 次に空を飛んでいる鳥の影、飛行機雲ときて、最後に映ったのは、息子の足だった。
 彼女の息子は、椿の隣で生きている桜の枝で眠っていた。
 桜乃はただただ嬉しくて、その場にぺたんと座った。

「よ、よかった〜・・・。」

 そう安堵の言葉をもらしてから、すぐ息子を起こしにかかる。



 彼女が息子を叱っている最中に泣いてしまうまで、後三十秒。







はっぴぃまざーずでぃ!(ちなみに『母の日設定』小話です)
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■ 目覚ましに一撃


 亮はもぞもぞ動いている物体の背後に立つと、それを思いっきり蹴った。

「・・・った〜!!」
「おいエージ。いいかげん起きろよ。」

 背中の痛みで飛び起きた自分の弟に、亮は冷たく言い放つ。
 そんな兄を小さな目できっと睨みながら、寝癖でハネているのかそうでないのか分からない髪の毛を元気一杯動かしながら、英二が叫んだ。

「あにすんだよにいちゃん!!」
「ぎゃんぎゃんさわぐんじゃねぇよ。頭にひびくだろ。」
「だってにいちゃんさっきここけったでしょ!ここ!」

 くるりと回転したと思うと、背中を見せて「ここ!」と両方の指でその部分を指す弟にうんざりした顔を向けながら、兄はべしりと英二の頭をぶった。

「う・る・さ・いっつってんだろばかエージ!」
「わーん!またぶったー!いたいじゃん!」
「あーもう!どうでもいいからさっさとキッチン行くぞ!」
「きっちん?」
「・・・母さんがゆうはんだって言ってたろ。」
「え?え?なにそれオレしらないよ!!」
「やっぱ聞いてなかったのかよ!」

 一際大きい声で英二を怒鳴りつけると、亮はため息をはいた。

(そーだろうと思って起こしにきてせいかいだったぜ。)

「・・・にいちゃん、おれこれからおひるねやんない!」
「・・・は?」
「だってゆうはんたべれなかったらいやだもん!だからおひるねやんない!」
「あのなぁ・・・。」

 亮の手の平が、英二のおでこを優しく叩いた。

「おまえ、ひるね好きだって前言ってたじゃん。好きなのにやめれんのか?」
「・・・お、おひるねよりごはんだもん!」
「そんなこと言っててもいつの間にかひるねしてるって。」
「・・・・・・う。」
「それによ。」
「・・・それに?」

 急に言葉を切った亮を、不思議そうに英二が見上げる。



 それに、英二がねててくれっと母さんひとりじめできるし。



「あーもう!おまえはオレが起こしてやるからひるねでもなんでもしろ!わかったか!」
「わ、わかった!」
「じゃあつべこべいってねーでキッチン行くぞ!おら!」
「ちょ、ちょっとまってよにいちゃん!」
「さっさとこいや!」



 英二から距離をだいぶあけてしまっていた亮は、めんどくせぇと言いながらも小さい手を取ると、母親の待つキッチンへと向かった。







お兄ちゃんは普段は弟のために
お母さんに甘えるのを我慢します。
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