約束の時間を過ぎているのに、あの人が来る気配は一向になかった。
(いつのは遅れたって十分くらいだったのに・・・。) いつもとは比べようもないくらい遅刻しているあの人のことを考えると、「しんぱい」の四文字しか浮かんでこない。 (も、もしかしたらここに来る途中でなにかあったんじゃ・・・!) 考えれば考えるほど救いのない方向へと進んでいく自分の脳を恨みながら、一秒でも早く姿を見たくて、人ごみから一秒も目を離さないようにする。 はやく。 はやくきて。 私の想いに答えるように、街角に現れたひと。 あのひとは、『あの人』でしょうか。 2005/2/3
■ 桜乃さんの疑問と少年の笑顔 髪。目。口。 どこを見てもテニスの魅力に気付く切っ掛けをつくった少年に似てる男の人を目の前にして、竜崎桜乃は疑問をもった。 「何?」 「え・・・・・・?」 桜乃はぼうっとした目で虚空を見つめ続けながら、曖昧な返事を返した。 「何かオカシなことでもあった?」 「・・・別に、そんなことないよ?」 にやにやという感じで笑うと、陽気な雰囲気を振りまきながら手招いてくる少年に、なんの躊躇(ちゅうちょ)もしないで桜乃はすっと近付いた。 そんな桜乃に一瞬驚いてから、少年は桜乃の頭に手をやった。 「用なんて別にないけど、無言で空中を見つめられてると気になるじゃん?」 「・・・リョーガさんとリョーマ君って、似てるけど似てないなぁ・・・って、思って。」 ま、俺を見つめてんのはいいんだけど、等という少年の軽口には反応せず(むしろ聞いていたかどうかも怪しい)話し始める桜乃に、少年は一瞬だけ肩を竦(すく)めてみせた。 ぽつりと、けれど真剣な声で話された内容に少年は、 「まぁ、俺とチビスケは違う人間だかんなぁ。」 とだけ、言いにくそうに言った。 「そうだよね。そうなんだけど、今までリョーガさんとリョーマ君は似てるなぁって思ってたのに、最近になってそう思うようになったの。変だよね・・・。」 「ま、そういうこともあるんじゃねえ?」 「・・・そう、かなぁ?」 「普通に考えても見ろよ。少し見ただけで人間のホンシツなんて見破れないだろ。まして、こんだけ顔とか似てんだもんよ。区別しようとすんのも一苦労だろ。」 深刻そうに話している桜乃とは対照的に、少年はあっけらかんと言い切ってしまう。 (・・・ああ。でも、そっか。) リョーガさんは、リョーガさんなんだよね。 少年の言葉に、桜乃はなんだか自分の疑問の答えを見つけた気がして、笑った。 それを目ざとく見つけた少年は、桜乃の体を抱き寄せて不服そうに呟いた。 「でもさ〜、お前、こんな時でもリョーガさんなんだな。」 「・・・え?あ・・・!!」 やっと会話の中心人物と会話してることに気がついて侘(わ)びをいれようとした桜乃には見えないところで、少年は。 少年は、唯(ただ)、幸せそうに笑った。 ぼけっとしすぎて先輩に
■ さんど・サンド・さんド 最初は我慢してたけど、堪えきれずに質問を投げかけた。 「・・・何してるんだ?」 「あ・・・!え、っと、あのですね・・・!」 俺が声をかけたとたん、桜乃はわたわた慌てだした。 その顔には、「しまった見つけられた」って書いてあるかのようだ。 桜乃が今立っている場所は、キッチン。 それも、不二家 ―― つまり、俺ん家のキッチンである。 そのことに驚きつつ、俺は桜乃に向かって極力ゆっくりと話しかけた。 「別に責めてるわけじゃないから、ちょっと落ち着けよ。」 「は、はい・・・。」 まだ不安げな顔をしているが、少し落ち着いたみたいだから、彼女を慌てさせないよう注意してもう一度問いかける。 「で、ここで何してるんだ?」 「あ、あのですね・・・。」 今度はさっきの様に慌てたりはしなかったけど、彼女はかわりにもじもじしだした。 小さい声でもしょもしょ言っては口篭る彼女に付き合っていては埒(らち)が明かないので、彼女がさっきまで作業していた(と思う)場所を見る。 (・・・クッキー?) 物体を見て、そういえば今朝由美子姉さんがクッキーを作ると言っていたことを思い出す。 由美子姉さんのクッキーはとてもおいしいので、それを聞いた俺は素直に喜んでいたのだが、まさかその言葉に『桜乃と二人で』という意味が隠されていたとは。 (・・・まあ普通は気付かないだろうけど。) 自分の家族が普通でないと思ってしまうのは、いけないことだろうか。 そう思ってしまいつつ、まだここで何をしていたか説明しようとしているらしい桜乃に、説明される前に知ってしまったことを伝えるために話しかける。 「由美子姉さんとクッキー作ってたんだな。」 「あ・・・っ!こ、これはその・・・!ち、違うんです!」 俺の言葉に反応した桜乃が、慌ててぴょんぴょん跳ねながら腕を世話しなく動かし始める。 俺の視界を塞ごうとしているのだろう、多分。 ・・・一生懸命なのは分かるけど、桜乃が下がると空中がガラ空きになるし、身長差もてつだってその空間は広いしで、全然視界の邪魔にならない。 「・・・あのさ。まる見えなんだけど。」 「はうっ!!!」 ショックを受けた桜乃は飛び跳ねることをやめ、膝をぴたりと床に付けた。 その時ごんとかいう結構派手な音が聞こえたのは、俺の聞き間違いじゃない。 「大丈夫か?」 「・・・見ちゃったんですね。」 (膝、痛くないのか?) 「それ、見ちゃいけないのか?」 一瞬浮んできた言葉とクッキーを指差しながら発した言葉は全然違っていたが、それを知っているのは俺だけなので、違和感を感じた人間も俺だけだった。 その証拠に、会話は滞りなく進められていく。 「いけないといえばいけないです。」 「は?」 ひどく気落ちした声を発した桜乃になんでと問えば、彼女はうるうるした目で俺を見つめてきた。 「だって・・・。裕太さんをバレンタインデーに驚かせようって、由美子さんが折角誘ってくれたのに、それを台無しにしちゃって・・・。」 「バレンタイン・・・?」 毎年この時期になると馬鹿兄貴がチョコをたくさんもらってくることを思い出しつつも、それとこれとはどう関係があるのか、ぼうっと考えてみる。 バレンタインデー。 女性から男性へ、愛のこもったチョコが手渡される日。 そこでようやく、そこに置いてあるクッキーの間にチョコレートがはさまっていることに気がついた。 様々な形や大きさをしているのにも関わらず必ずチョコレートがはさまっている理由は、もうひとつしか考えられない。 「あ、だから・・・。」 「・・・私、墓穴掘ったんですね。」 うう、と呻(うめ)きつつ膝を抱えた桜乃に、どう声をかけたらいいのか分からず、取り合えず隣に腰を下ろしてみる。 「・・・まあ、その、なんだ・・・。」 左手で首の後ろをかきながら、必死で言葉を口に出す。 「・・・驚いたし。」 「え・・・?」 数分前とは逆にどうしてと問いかけてくる桜乃の声に、俺の緊張は頂点に達する。 そのせいでどもりそうになるのをどうにか押さえている俺は、どんな間抜け面をしているのだろう。 「・・・知らないうちに家にいたし。それだけならまだしも、クッキー作ってるし。」 喋ってるうちに段々と落ち着いていく自分を認識しながら、一呼吸おく。 「しかもその理由が、バレンタインデーの練習だし。・・・て、この場合、練習でいいのか?」 「え?・・・多分、あってると思います。」 「そっか・・・。」 ふと、どちらともなく顔を見合わせた。 それが妙に嬉しくて、少し笑みを浮かべながら同時に立ち上がる。 「ええと・・・、食べますか?」 「そうするか。」 「・・・まるで青春映画を見てる気分だわ。」 「うわっ?!」 「きゃ?!」 俺と桜乃の二人だけしかいない筈のキッチンにいきなり第三者の声が響いてきて、俺と桜乃は思わず叫びながら飛び上がった。 「仲良いのねぇ。」 「や、そうじゃなくて・・・!いつからいたんだよ由美子姉!」 「いつからでしょうね。」 にこにこと笑う由美子姉さんを見て、俺の家族には注意しなくては、と強く思う。 「それにしても・・・。」 「?なんだよ?」 急に笑顔をひっこめた由美子姉さんにひっかかりを覚えてそう訊ねると、姉さんは俺達を交互に見た。 「あなた達みたいな恋愛は、お姉さんにはもう無理だわ。」 その言葉を聞いて、俺達は俯くしかなかった。 乃心一周年記念の裕桜小説の削られた前振り(?)部分だったり。
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