要注意







 麗らかな土曜日の午後。

 彼、『青学のデータマン』こと乾貞治は、暢気に廊下を歩いていた。


(今日の練習はいつもより早く終わったな。)

 なら早く家に帰って今日集めたデーターを整理しようか。いやそれよりも
昨日撮った部内練習試合のビデオを再度見ておくべきか。

 そんなことを頭に廻(めぐ)らせつつ歩いていた彼は、前から聞こえてくる
可愛らしい足音に気付かなかった。

 どん。

(?)

 控えめな効果音とともに体に誰かが触れている感覚が伝わってきて、
乾はゆっくりと下に視線を下ろした。

 ちょうどその時、乾に触れている誰かもゆっくりと視線を上げたので、
宙で視線が合わさった。

「やあ、桜乃ちゃんじゃないか。」
「お久しぶりです乾先輩。」

 乾に触れていた誰かは、乾の所属する部活の顧問の孫、竜崎桜乃だった。
 桜乃は心配して問うてくる乾に、どこも痛くないから大丈夫ですと答えた。

「こういうものは後からくるからね、気をつけたほうがいいよ。」
「分かりました。」

 注意を促す乾に、桜乃は素直に頷いた。
 桜乃は乾の博識ぶりを尊敬し信頼しているが、それ以前に乾の纏(まと)っている
雰囲気を好んでいるので、とても慕っていた。

 そう、まるでお兄ちゃんやお父さんを慕うように。

 また乾も、そんな桜乃を可愛がっていて、困っていたら手を貸したり、
時に親のように後ろからその成長を見守っていた。

「あれ・・・。それはなんだい?」

 しばらくして乾は桜乃が持っている荷物に興味を引かれた。

「これですか?これはケーキの型なんです。」
「ケーキの?・・・意外だな。」
「意外ですか?」
「このバットみたいな物がケーキの型だと言われても、普通は疑問に思うだろうな。」

 そう言う乾の目の前で、桜乃はくすくす笑った。

「それはきっと三角のケーキを思い浮かべるからですよ。」

 桜乃の言葉に乾は自分の周りに疑問符を浮かべたが、すぐに理解したらしく、
ああと小さく呟いた。

「ロールケーキ。」
「正解です。」
「これでロールケーキが作られるのか。・・・興味深い。」
「この後調理室でおばあちゃんに作り方を教えてもらうことになってるんです。」

 心なしか弾んだ声でそう告げる桜乃に、乾が何か言おうとした時、廊下の向こうから
テニス部の顧問、竜崎すみれがやってくるのが見えた。

「待たせたね桜乃ちゃん。」
「ううん。じゃあ行こうよおばあちゃん。」
「竜崎ちょっと待った!」
「「え?」」
「いや竜崎先生じゃなくてですねぇ・・・。」

 冷や汗を垂らしつつ桜乃の元へやってきたのは、まだ若そうな教師。

(確か桜乃ちゃんの担任の・・・。)

 自分は邪魔だと判断しこの場から離れようとしていた乾は、自分の頭の中にある
データーベースから情報を引っ張りあげた。
 すみれはやっと孫とケーキ作りが出来ると思っていたので不機嫌そうだ。

「保健委員だったよな?!すまんがこの書類書いてくれないか?」
「私がですか?」
「それならかたっぽの奴でもいいじゃないか。」
「そのかたっぽの奴はもう帰っちゃったんですよ〜!」
「それは今日が提出期限の書類ですよね?」

 すみれの先手を打って乾がそう答える。

「そうなんだよ〜!一週間前に渡したっていうのにあいつ忘れて帰っちゃった
 からどうしようって思ってたところだったんだ!」
「わかりました。おばあちゃん、先に行っててくれる?」
「・・・わかったよ。じゃあ先に行って下準備でもするかね。」
「うん、お願いね。」
「じゃあこれは俺が運んでおくよ。」
「え?」

 そのまま感涙している担任についていこうとしている桜乃の肩を、乾はそっと叩いた。

「・・・ま、当然じゃな。」

 すっと桜乃から荷物を受け取って調理室へ歩き出す乾とすみれの後姿を、
桜乃と桜乃の担任は、しばらくぼーっと見ていた。





「・・・なんであんなこと知ってたんだい?」

 隣を歩く乾に、すみれはちょっと怒気を含んだ声で問う。

「一応俺も保健委員なものですから。」

 乾はすみれの怒りオーラをさらりとかわした。

「お前さんも?・・・まあお前さんが保健委員なのは適切だと思うが。」
「ありがとうございます。」
「・・・でもあいつの肩をもったのはいただけないねえ。」
「しかし、あの書類が提出されないと上の方も困るのが目に見えていましたし、
 肩をもったという程のものではない気がするんですが。」

 『上の方』にはすみれももちろん入っている。
 至極もっともなことを言う乾に、すみれは苦い顔をした。

「・・・今回作ったケーキはテニス部員の差し入れにしようかと思っていたが、
 乾にはやらん。」
「それは困りますね。」

 すみれはその言葉に弾かれた様に乾を見た。
 一方、見られている乾はなんでそんなに驚いているんだろうという顔をしている。

「・・・要注意ってことか。」
「は?」


「自分から申し出たんだ、さっさと運ばんかい!」
「・・・はあ。」

 いきなりせかされ始めたことにまだ疑問が残っていたが、家でやることがあることを
思い出し、乾は足早に調理室へと向かった。





 乾の疑問の答えは、さっき言った台詞の意味を深く考えないと出そうにない。






初乾桜小説です。
この話は乾桜っていうより乾&桜乃と言った方がしっくりしますね。
すんげーマイナーですが、天狼は乾桜大好きです。
乾桜兄妹もラヴ。