夏の暑い日、テニスコートの近くにて。 少年と少女が会った。 こんにちは。 ぱたぱたという可愛らしい擬音がつきそうな足取りで、少女が長い三つ編みを 揺らしながらテニスコート脇を走っていく。 少女の名は竜崎桜乃。 現役テニス部顧問を祖母にもつ、青春学園の一年生。 「ま、間に合うかなぁ・・・。」 どうやら飲み物を買いに行った帰りに迷子になってしまったらしいのだが、 彼女は自分の身の心配ではなく、次の試合までに帰れるかどうかを心配しているらしい。 「自分青学の生徒やろ?」 青学というのは、スコアボードにもこう書かれるほど浸透してしまった、 青春学園の愛称である。 桜乃は突然自分の近くでした声にびっくりし、周りをきょろきょろと見渡した。 (私以外にも青学の人がいるの・・・?) 「自分や自分!」 「え・・・?」 聞き慣れぬ声がさす『青学の生徒』は自分のことだ、とやっと理解した桜乃は、 声の主を探した。 「そうそう。今俺ん方見たお嬢さんのこと言うとんのや。」 声をかけてきた少年は、そうそうとでもいう様に首を縦に振りながら、 今まで寝転がっていた芝生から立ち上がり、桜乃に近づいてきた。 中途半端に伸ばした髪に眼鏡を掛けた、世間一般でいうかっこいい男の部類に 間違いなく分類されるであろうその少年は、桜乃の目の前でピタっと止まった。 少年の着ているものを桜乃が良く見たら、ジャージだった。 これを着ているということは、どこかの学校のテニス部員である可能性が高い。 だが、そのどこかの学校を特定出来るほどジャージについて詳しくはないので、 学校を特定することは桜乃には出来なかった。 「お嬢さんの名前は確か・・・。サクノちゃん、やったっけ?」 「え・・・?!」 どうして知っているのか、と聞きたそうな桜乃の視線を受けて、少年は少し 慌てた様子で話し出した。 「さっき青学のコート付近でそう呼ばれとるの見とっただけやで?」 「は、はい?」 早口でそう言い切った少年を見つめている桜乃は、わけがわからないという 顔をしている。 そんな桜乃の様子を見て、少年はふー、と溜め息をつく。 「なんや、慌てた自分が憐れっちゅーかなんちゅーか・・・。」 「・・・あ、ストーカーじゃないかって思われないか心配だったんですね?」 「気付くのが遅いっちゅーねん!」 少年にビシッとつっこむ真似をされても、桜乃には対応することが出来ない。 「え、えと・・・、すみません?」 「・・・あかん。テンポが合わへん。」 桜乃と漫才コンビを組むわけではないのに何でそんなに悲しむのかは解らないが、 とにかく少年はショックを受けたようだった。 がっくりと肩を落としてしまった少年に、別に彼女が悪いわけではないのに なんとなく罪悪感を覚えた桜乃は、取り合えず少年に話しかけようとした。 が、その途中で重要なことに気が付く。 「・・・そういえば名前、聞いていませんでしたね。」 少年はその言葉に反応し、見事に復活した。 「そーやんな!自分は相手の名前知っとるくせに自分の名前は教えんゆうのはあかん!」 少年はそう叫ぶと、ジャージのファスナーをいきおいよく下げた。 そして、その内側を指差しながら、桜乃にこう告げる。 「これ。これが名前。」 少年が指差すのは、『忍足侑士』の四文字。 「・・・おしたりゆうしさんですか?」 一言一言を確認するように発音する桜乃を見つめながら、少年はぽかんとしてしまう。 それを見ておどおどと桜乃が話しかける。 「あ、あのっ。・・・間違ってましたか?」 ようやっと意識を覚醒させた少年は、ぶるぶると頭を振った。 それはもう、頭が引きちぎれんばかりに。 「や、初めて会った人に間違われずに呼ばれたん、初めてやから、 ちょっと驚いてしもて。」 「確かに、ちょっと珍しい苗字ですもんね。」 どちらともなく笑い出し、この場に初めてほのぼのとした雰囲気が生まれた。 「あ!そういえば大丈夫なんですか試合!!」 「え?」 「だって!ジャージを着ていらっしゃるということはレギュラーなのでは?!」 顔を少し青ざめさせて叫ぶ桜乃に、少年は驚いた。 「確かにレギュラーやけど・・・。」 「レギュラーやけど・・・?」 少年の言葉で、桜乃の顔は更に青くなった。 「うちの学校強いんや。やから平気。」 「へ・・・?」 目のふちに涙を少し溜めながら自分を見上げてくる桜乃を見て、 耳を僅かに赤らめた少年は、しっかり合っている視線をじょじょに逸らしながら答えた。 「あー・・・。つまり、サクノちゃんを青学のコート付近に連れて行っても問題ない っちゅーこっちゃ。」 「・・・そうなんですか?」 「ソウナンデス。」 まだ納得していないようだが、それ以上追及してこない桜乃に、少年はこっそり 礼を言った。 (あれ以上見つめられたらこっちがもたんわ。) 「不思議ですね。」 「は?!」 心を読んでいたかのように絶妙なタイミングでその台詞が出てきて、少年は思わず すっとんきょうな声を上げてしまった。 「何でもない何でもない!気にせんとき!」 手をぶんぶん振り、あははと乾いた笑いで誤魔化した少年を不思議に思いながら、 桜乃は続けた。 「忍足さんの関西弁って不思議です。今までテレビとかでしか聞いたことなかった からかな?」 少年は、他の言葉をかけようとして、何かに邪魔されたように言えなくなってしまった。 「・・それって関西弁嫌いやってこと?」 代わりにでたのはそんな言葉で。 (な、何言うとんのやろ?!) 幾分かトゲが含まれていた自分の台詞に、少年がはっとなって慌ててしまう。 もちろん、桜乃がそんな少年を見て可愛いと思っていることに気付く余裕なんてない。 「さっきのは、関西弁を身近に感じたから不思議だって言っただけですよ。」 桜乃の声に、少年はまた目の前の少女と視線を合わせた。 「だから嫌いじゃないです。・・・というか、好きだと思います。」 「え?」 「いんや。こっちのハナシや。」 そう言って一方的に話を打ち切る。 まだ何か聞きたそうなサクノの頭を、犬にするように撫でてみる。 そこは、思った通りふわふわしていて。 俺に頭を撫でられているサクノに、笑顔が浮かぶ。 「・・・やばいかも。」 「はい?」 「さ、お兄さんが送っていってやろな。」 「え、でも・・・。」 「サクノちゃんが今すぐ帰ったとしても、俺が引き止めたせいで多分 試合見れへんよ?」 「え?!本当ですか?!」 「本当。せやから俺に罪滅ぼしさせてほしいねん。・・・駄目やろか?」 「い、いえ・・・。じゃ、じゃあ、お願いできますか?」 「まかせとき。」 話し合いが終わって、一緒に歩き出す。 他校同士がテニスコート付近で並んで歩いてるなんて、他の人らには 奇異な感じに移るやろな。 けど、そんな奇異な関係も、後僅か十分程度で強制終了や。 (この短時間に、サクノちゃんの台詞は俺の頭の中で何回リフレインされたんやろ。) 「ほんと、心臓に悪いっちゅーねん。」 サクノちゃんに聞こえないようなボリュームで外に出された俺の本音は、 テニスコートから聞こえてきた歓声によって、掻き消えた。 初忍桜です。 じゅんさんがいつか天狼の家に遊びに来たときに、「忍桜書かないの?」 みたいなことを言ったから、書いてじゅんさんにメールで送りつけたブツです。 どうも、天狼は流されやすいタイプみたいです。 だからじゅんさんにもよく踊らされてます。 まあじゅんさんのこと好きだからいいけどね。 |