待ちきれないんです。
「柳生さん?」 そう問いかけると、いつも決まった台詞を返される。 最初の頃は気付かなかったけれど、その台詞にも色々なバリエーションがあって。 それに気付けば、そんなことも楽しいっていうことにも気付いてしまった。 今日のあなたはどんな風に返してくれるのかな? 「柳生さん?」 あなたが後ろを振り向くのが待ちきれない。 六月二十日
◆ 夏氷 「ふぃ〜。あちぃ〜…。」 しゃくしゃくという涼しげな音を聞きながらもそんなことを不満げに言うブン太に、 桜乃は苦笑する。 「ブン太さんったら。今かき氷食べてるじゃないですか。」 「そうだけどさ〜、暑いもんは暑いの。」 かき氷くらいではごまかせない暑さの中、 古ぼけた木造の店の軒先で食べているのだから、仕方ないといえば仕方ないのだけれど。 それでも食べてない時よりは涼しくなっているので、 そんなに力いっぱい言わなくてもいいのではと桜乃は思った。 「桜乃ちゃん。」 「はい?」 「融けてるんだけど。」 「あ!!」 気付いても融けだすのを止めることなど出来やしないのにわたわたしだした桜乃に、 ブン太は落ち着くように言う。 そして、「融けたら飲めばいいじゃないか」と一案出す。 「氷のしゃくしゃく感はないけど、まだ十分冷たいだろぃ?」 「そうですね。」 いちゃついたり見詰め合うせいで赤いかき氷水がぬるま湯になってしまう前に、 氷が融けてしまった理由に早く気付いて欲しいものだ。 七月二十五日
◆ 答える代わりに 夏しか生きられない虫を網で捕まえようとしている少年達を横目で見ながら追い越して、 早足で歩いていく。 「・・・もう少し。」 これは独り言なのか、それとも話しかけてるのか、自分でも分からなかった。 「無理しないようにって言っておいたろぃ。」 意識してちょっとキツめの声を出すと、桜乃の眉が情けない形になった。 ごめんなさいと発音しそうになった口を手で止め、すぐそこの自動販売機で 買ってきた炭酸飲料を桜乃の額に当てた。 「・・・学校だったらもうちっと良い対処が出来るんだけど、これで我慢してくれよ。」 小さな声で肯定してくれた桜乃にほっとしながらも、 その手が俺の方に伸びては引っ込んでいるのを見て、思わず爆笑してしまいそうになる。 こんな時に彼女の機嫌を損ねてはコトなので、我慢したが。 「どした?」 桜乃の横にしゃがんで、安心出来るように笑ってやる。 「・・・今日は、こんな風になってしまいましたけど。その・・・。 また、私とデート、してくれますか?」 答える代わりに、彼女の額にキスをひとつ。 七月二十六日
◆ 走れ走れ! 先生が制止する声を無視して走り続ける。 いつもなら色々な音で五月蝿い街中も、今日はいやに静かだった。 気が付いたら、俺は病院の中にいた。 「・・・梶本さん?」 受付で彼女のことを訊ねようと思ったら、丁度彼女が通りかかった。 「桜乃さん?!」 「は、はい?」 「寝てなくて大丈夫なんですか?!怪我は?!」 「え?・・あの、擦り傷と・・・軽い脳震盪なんで、全然平気なんですけど。」 きょとんとしたような顔でしどろもどろに答える彼女は、 確かに大怪我をしている様子はなく。 急速に、羞恥心が育ち始める。 (ああ・・・。だから華村先生は俺を止めようと。) 分かったところでもうどうも出来ないが、脳が勝手に答えを弾き出す。 これはもう、性分と言ってもいいような気がする。 「あ、あの、それで、練習は・・・?」 「・・・抜け出してきてしまいました。」 「・・・え?!華村先生は引き止めたりなさらなかったのですか?」 「いえ、戻ってきなさいと何度も言われました。」 桜乃さんの表情が、目の前で驚きに変わる。 そういえば。俺が華村先生の命令に背くなんて、初めてのことかもしれない。 「でも、嬉しいです。」 「・・・え?」 「不謹慎かもしれませんけどね。」 ややためらいがちにそう発言した後、やっぱりためらいがちに微笑む彼女に、 苦笑を向けることしか出来なかった。 八月一日
◆ 共有する味わい ふとお菓子の棚に視線を送ってしまい、慌てて元に戻したけれど、 やっぱりなかったことには出来なくて。 「お菓子くらいいいわよ桜乃。」 くすくすと笑いながらそう告げられて、そうだけどそうじゃないんだけどなぁと複雑になる。 そして、迷うことなくバブリシャスガムに手を伸ばし、躊躇した後結局籠の中に入れた。 途端に感じる横からの疑問を持ったまなざし。 「・・・なぁに?」 「ううん。ただ『桜乃は最近ガムが好きね』と思っただけよ。」 後は何も聞かずにレジに並んでくれたお母さんに、心の中で何度も御礼を言う。 だって。 気になる人が食べてるものと一緒のものを食べたいだなんて、言えるわけない。 (・・・また、会えないかなぁ・・・。) 出来れば会場以外の場所で。 なんて考えている自分は、とても傲慢で自分勝手だと思う。 「桜乃ー。早くしないとおいてくわよ?」 「あ、ちょっと待って!」 せめて、あなたと同じものを味わうことだけは許してください。 八月十一日
◆ ふぁーすとこんたくと 「ねぇアンタ。」 思っていたのとは違う声が出るが、気にせずターゲットに近付いた。 けれど、ターゲットの方は気付いていないのか、止まるそぶりなどみせずに そのまま歩いていってしまう。 ケビンは今度こそ意識して不機嫌な声を出した。 「そこの、長い三つ編みのアンタのことなんだけど。」 すると、ターゲットはびくりと肩を震わせた。 恐る恐る後ろを振り返るターゲットに、そうそうアンタと頷きつつ、彼女の前に立つ。 「アンタ、越前リョーマの彼女なんだって?」 この言葉が出たとたん、さっきまでの怯えた表情をぱっと変える彼女。 「・・・違うと思いますよ?」 真剣な表情で考えた末にそんな台詞を出されて、ケビンは噴出(ふきだ)した。 ターゲットは本気で不思議そうな顔をしているが、それはそうだろう。 本人でさえも笑った理由が分からないのだから。 「・・・アンタ、なんて名前?」 「え?りゅ、竜崎桜乃、です・・・。」 「サクノね。俺はケビン。」 「ケビンさん、ですか?」 覚えるためなのか、名前だけもう一度繰り返したターゲットに、 ケビンは不敵な笑みを浮かべた。 「ファーストネームが知りたければ観戦しに来い。」 「え?」 それだけ言って、まだ困惑しているターゲットを置いてさっさと立ち去るケビン。 これは、越前リョーマの彼女じゃなくても観戦に来るだろうということを 考慮にいれた上での発言である。 (ま、こう言っておけば、サクノのことだ。絶対会いに来る。) そう考えると何故だか嬉しくなってしまう心を、ケビンは不快とは思わなかった。 八月十九日
|