しろくろ






 ぱちん・・・・・・

 ぱちん

 ・・・・・・ぱちん・・・

 ぱちん

 ・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・



「・・・参りました。」

 桜乃はそう言って、自分の目の前でにこにこ笑っている周助に頭を下げた。

「これで三十勝目だね。」
「・・・・・・悔しい、です。」

 ぽつりとそうもらす桜乃に、周助はより一層笑顔になりながら告げる。

「でもどんどん上手くなってるよ。」

 どう返したらいいのか解らず、桜乃は曖昧な笑みを浮かべた。
 褒められて恥ずかしいやら嬉しいやら、ヲトメ心は複雑らしい。



 きっかけはなんだったか忘れたが、いつからか周助と桜乃は人がいなくなった教室で
オセロをやることを楽しむようになった。

 結果はといえば、いつも桜乃の負け。

 だから桜乃はいつも、明日こそ先輩に勝つぞと帰り道で決心する。
 今のところ勝てたためしはないが。


「あ・・・!」

 拗ねた様に窓の外を見ていた桜乃は、
いきなり立ち上がると窓のそばにいき、手を振り始めた。
 周助が桜乃と同じ様に窓の外に目線を移動させると、
彼の位置からでも彼女の親友が手を振り返しているのが見えた。
 その隣には周助の親友の姿もあって。

 周助の心は嬉しさで半分、嫉妬で半分染められた。

 それは、彼が桜乃のことが好きだったからで。
 彼はおどけた様に恋じゃなかったなんて言ったけど、少なからず恋をしていた。
 これは憶測でも推測でも、ましてや思い込みでもない。
 真実だ。
 彼女と彼の間に何があったか知らないし、聞かない。
 聞いたってどうなるわけでもないし、第一、聞きたくない。
 でも気にならないわけじゃない。

 気にならないわけは、ない。


(今僕が思ってることを彼女が知ったら、どうするだろうね。)

 唐突に周助はそう考えた。

 彼は彼女を好きだったんだよなんて、彼女の親友に伝えたらどうなるか。



(・・・嫌われて終わりかな。)

 周助はそう、諦めでもなくただふと、考えた。

「ほんと、上手くなったよね。」
「え?」

 周助が発した言葉で、桜乃がようやく窓から離れて元の位置に戻った。
 どうしたんですかと視線で訊ねられ、周助は苦笑しながらごまかした。

「なんでもない・・・ですか。」

 納得はしていないが素直に追求することを止めた桜乃は、
オセロのコマを四つ摘まんだ。
 それと同時に声が発せられたことに、周助は気付いただろうか。

「先輩、今日最後の一戦、やりましょうか。」

 周助の手の平にコマを二つ乗せ、自分が持っているコマを盤上に置いた桜乃が、
やる気まんまん、といったように頭を下げた。

「よろしくお願いします。」
「・・・よろしくお願いします。」

 ぱちん

「先輩、ありがとうございます。」
「え?」

 周助がちょうど六手目を打ち終えた時に、コマを持ち上げた桜乃が嬉しそうに言った。

 ・・・ぱちん

「上手くなったって褒めてくれたこと、すごく嬉しかったから。」
「それは僕にすることじゃなくて、桜乃ちゃん自身の頑張りにすることだよ。」

 ぱちん

「確かにそれもあるかもしれませんけど、大半は先輩のお蔭だから。」
「・・・僕はルールを教えて、こうして対戦することぐらいしかしてないと思うけど。」

 ・・・ぱちん

「それです。」
「それ?」

 ぱちん

「誰かと対戦するってことは、一番の上達法なんだそうです。」
「この前・・・。」
「はい。先輩にテニスのコーチをしてもらった時に教えていただいた言葉です。」

 ・・・ぱちん

「ずっと、気にしてたんです。」

 ぱちん

「教えてもらっているのに、全然上達しないから、私。」

 ・・・ぱちん

「せめて、これだけは人並みには上手くなろうって。そう決めてたんです。」

 ぱちん

「今日先輩に褒めてもらえて、私初めて成長してるんだって思えたんです。」
「・・・さっき。」

 ・・・ぱちん

「さっき、灰色もあったらいいのにみたいなこと呟いてた気がするんだけど。」
「・・・?!き、聞いて・・・。」
「実は聞いてた。ごめんね?」

 打とうとしていたのを止め、わざわざ顔を覗き込んできた周助に、
桜乃は一瞬どきりとしたが、なんとかいいえと返した。

 ぱちん

「なんでそんなこと言ったか、聞いてもいい?」
「えっ。・・・えぇっと・・・。」

 ・・・ぱちん

「・・・灰色があったら勝てるかもって。」
「・・・え?」
「だ、だって・・・!灰色って白でもあるし黒でもあるんですよ?!」

 桜乃は周助に、身振り手振りをまじえて一生懸命説明する。

「そんなコマがあったら最強だと思いません?!
 あ!でもそれだと簡単に勝負ついちゃいますか?!」
「ぷ・・・!」

 周助はお腹を抱えて笑い出してしまった。

「・・・なんで笑ってるんですか。」
「だ、だって桜乃ちゃんの考えることって時々突拍子もないから・・・。」
「・・・私は真剣なんですけど。」
「ご、ごめん。」

 なんとか笑いを治め、周助は桜乃の意見を脳内で反芻してみた。

 ・・・・・・ぱちん

 けれど、響いてくるのはそれに対しての説明だけで。


「せ、先輩・・・?」

 ずくずくと、周助の心は疼いていた。

「・・・桜乃ちゃんて。」

 周助に抱きしめられているから、自由に動く首だけをなんとか動かしてみた。
 そうしなければならないと、桜乃の心が体に命令したのだ。

「僕のこと全部解ってないようで解ってるのかもね。」
「・・・は?」

 周助の独り言のような呟きを聞いて、桜乃は疑問符を辺りに散らばせた。

「ピントずれたこと言うけど、今みたいにドンピシャなこと言ってくれることもある。」
「・・・『今みたいに』?」
「あれだよ。」
「あれ?」

 益々深みに嵌っていく桜乃を見て、周助は、笑った。

「・・・白も黒もある物事の、そのすべてを吸収したら、何色になるだろうね?」
「灰色・・・、ですか?」

 正解を自信なさ気に口にする体を包んでいる自分の腕に、周助は少し力を加える。

「そんな僕の隣に、君は居る勇気はある?」

 逃げるかのように、桜乃の耳に付けられていた周助の頬が離れた。

「先輩は、そんな私の側に居てくれないんですか?」

 視線は未だ合わさらない。

「・・・ずるいなぁ。僕が質問してるのに。」
「お互い様でしょう?」

 二人して小さく笑う。

「それに、私言いましたよね?」

 笑顔で確認するように問うてくる桜乃の前で、今度は周助が疑問符を散らばした。

「きっと灰色は最強ですよ?」



 さっきまで負の感情で染めつくされていた心が、
じわじわと愛しさという感情で染め直されていく。
 それは今唇に触れている小さな温もりのせいだけではなく。

 ふと視線を桜乃から外し、机の上に置かれた盤上の様子を見た周助は驚いた。

「残念だな・・・。」

 なにがですか?と少し逆上せたような声で問いかけてきた桜乃に、
周助がまたキスをひとつ。

「内緒だよ。僕だけのね。」
「・・・ずるいです。」
「オタガイサマだよ?」



 物事の白と黒をすべて吸収して灰色になったなら、
白と黒の両方に対応出来るようになるだろう。

 側には君が居てくれるし。

 そうしたら、きっと最強だよね。





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