気になるあの子 英二には悪いんだけど。 僕にとってはいないのと同じだったんだ。 ―――― 同じ、だったんだよ。 たまたま授業が早く終わったその日、僕は英二と一緒に部室に向かった。 「じゃあ俺先に行ってるねん♪」 そんな言葉を残して部室を飛び出していってしまった英二の後ろ姿を見つつ、 僕もユニフォームに着替える。 そんな時、おはよう大石!なんて言葉が、僕の耳にも届いた。 ・・・どのくらいの声量で喋っているんだか。 「何であんなに急いでたんだ、英二は。」 「多分、お目当ての子を探しに行ったんだと思うよ。」 英二の方を振り返りつつそう尋ねてくる大石に、僕はそう説明した。 もっとも、大石はますますわけが分からないといった顔をしたけど。 「一年生は授業が終わるのが早いんだって。」 そう付け足すと、大石はようやく合点がいったって顔をした。 「ああ!英二が気になってるって言ってたあの子か!」 大石はそう言った後、ユニフォームに着替え始めた。 「・・・不二?」 「ああ・・・、何?」 大石は一瞬不思議そうな顔をしていたけど、すぐに元の顔に戻した。 「いや、なんでもな・・・」 「不二先輩!英二先輩が気にしてる子ってなんて名前でしたっけ?」 ・・・いつの間に来たんだ、桃。 「桜乃。竜崎桜乃ちゃんっていうんだって。」 「へー。桜乃ちゃんかー。」 「確か竜崎先生のお孫さんだったよね。」 「おばさんの?!・・・ありえねえな、ありえねえよ。」 「こら桃!そんなこと言ったら失礼だろ!」 でも大石先輩だってそう思うでしょ?!って桃に言われて、大石はとてもうろたえた。 大石って正直だよね。 「そういえばよく越前の応援にきてるよね、桜乃ちゃん。」 「ああ!ツインテールの女の子とテニスコートにいるとこ、よく見かけますよね!」 「その子は・・・・小坂田朋香ちゃん、だったかな?」 「ヘー…。良く知ってますね、不二先輩。」 「その二人のことなら、英二から良く話を聞いてるからね。」 「ぷっ!『なんたらを欲すれば馬を射よ』って感じっすか?!」 「『将を射んと欲すればまず馬を射よ』でしょ。」 「そーそーそれっす!でも桜乃ちゃんは越前のことが好きなんでしょ? 英二先輩チャレンジャーっすねー!」 それっすとか言ってるあたりで、桃の背後に人が立った。 けれど英二をネタに盛り上がっている桃は、 自分に危機が迫っていることに全然気付かない。 「何を笑っているんだ桃城。」 「げっ!部長!!」 「着替え終えたのならさっさとウォーミングアップでもしろ。」 「は、はーい。」 手塚の気迫に押されて、桃は気まずそうに部室を出て行く。 「・・・話の中心人物はどうした?」 「英二ならその辺にいるんじゃない?」 「・・・・・・・・・・・・。」 「・・・分かった。呼んでくるよ。」 「頼んだよ不二。」 ほっとしたような声でそう言う大石の横を通り、僕は部室を後にした。 英二は、予想した通り一年の教室の近くにいた。 「英二ってつくづく単純だね。」 「〜〜っうるさい!そんなこと言いにきたなら帰れよー!」 「はいはい。でも僕が呼びに来たってことは忘れないでよ?」 「?!手塚きたの?!」 「じゃ、僕はこれで。」 「ちょ!ちょっと待ってよ不二〜!」 帰ろうとする僕の腕に、英二がひっつく。 「・・・英二、はっきり言って邪魔。」 「お願いだからもうちょこっと待って!ね?」 「駄目。」 「見捨てないで不二〜!」 「さっさとテニスコートに行けばいいことでしょ。」 「そんなこと言わないでさー!ね、不二〜!」 「やだ。」 正直いって、彼女の存在を感じるこの場にはあまりいたくない。 「!桜乃ちゃんがこっち見てる!」 言うと同時、遠くでも見えるように腕をぶんぶんと振る。 一秒前まで泣きそうな顔をしていたクラスメートの顔は、幸せいっぱい、 という顔に早代わりしている。 そんな英二に苦笑しつつ、顔を上げる。 見上げた先には、思った通り彼女がいて。 「じゃ、先行くから。」 「え、待ってよ不二〜!」 ぎゃんぎゃん喚(わめ)いている英二を放ってテニスコートに急ぐ。 なんとか部活に間に合ったというのに、僕は結局校庭を20周走るはめに陥った。 「…英二の所為(せい)だからね。」 「ごめんてば〜!」 三つ編みをこんなに気にしてしまうのは。 罪悪感を感じてしまうのは。 英二のせいだからね、全部。 「将を射んと欲すれば先(ま)ず馬を射よ」を英語では、 He that would the daughter win,must with the mother first begin. (娘を得ようと思う者は、まずその母親から始めなければならない) というそうですよ。 戻る >> |