あの年のある日、彼女を自宅に招待した時。

「ふ、不二先輩、こ、これ・・・。」
「え?」

 彼女が遠慮がちに僕にくれたもの、それは。




彼女の作った・・・







 窓際に立って、サボテンに水をやる。

「うん。今日も元気そうだね。」

 サボテンの横に如雨露(じょうろ)を置いて、階段に向かう。
 そして階段を降りながら考えることはひとつ。

(今日のメニューはなんだろう。)

 台所の扉を開け、中を覗いてみると、
食卓の上には湯飲みと大き目の皿がそれぞれ二つずつ乗せられていた。

「あ、もう水遣り終わったんですか?」
「うん。手伝おうか?」

 フライパンを揺らすと、彼女の三つ編みも一緒に揺れる。

「こっちももう終わりなので大丈夫ですよ。」
「そう。」

 椅子を引いて、座る。
 夏の朝のまだ強くなる前の日差しは、
春の日差しと似ているようで好もしい、と僕は思う。

「何考えてるんですか?」

 フライパンの中身を皿に移し変えながら、桜乃が問うてくる。

「婚約した時のことを思い出してるんだ。」

 僕が考えていたことを声に出すと、桜乃の顔が少し赤くなった。

「・・・もう。いい加減そう言うのは止めてくれませんか。」
「桜乃が敬語使わなくなったら止めてあげる。」

 脅迫ですかと小さく呟いた桜乃は、何事か考えた後、僕を少し睨んだ。

「・・・そんなこと言って、また私を騙す気ですか?」
「そんな気はないよ。今のところは。」
「今のところはって・・・。」

 僕の言い分に、桜乃はかなり抵抗する気を削がれたみたいだった。
 いい加減慣れてもいい頃だと思うんだけど。

「だって」

「「嬉しかったんだから仕方が無かったんだ。」」



「・・・仕方が無い人ですね。」
「そんな僕と一緒にいてくれる桜乃も、仕方が無い人?」

 僕が、冗談と本音を混ぜてそう問う。

「いいえ?」



「私はもっと仕方が無い人です。」

 僕の手を握り返しながら、桜乃がふわりと笑う。
 外見は変わっても、やっぱり根本的なところは変わっていなくて。










 手渡された、多分本人が梱包してくれたであろう贈り物を、まじまじと見てしまう。

「・・・開けていい?」
「ど、どうぞ・・・。」

 丁寧に巻かれた包装紙を、破らないように注意を払いながら剥がしていく。

「これ・・・。」
「この間おばあちゃんと遊びに行った時に作ったんです。
 手作りなんで、すごく不恰好で申し訳ないんですけど・・・。」
「わざわざ作ってくれたの・・・?」

 恥ずかしがり屋な彼女は、俯き加減で頷いた。

「ありがとう・・・。大事に使わせてもらうよ。」
「は、はい!」

 彼女は顔を上げて、心なしか弾んだ声をだした。
 しばらくして、嬉しそうな顔を僕に向けていた彼女は、
おろおろと視線を彷徨わせはじめた。

「あのっ!」
「う、うん?」

 僕が口を開くより先に、彼女の声が二人きりの部屋に響いた。

「・・・あの、私、・・・もうひとつ作ったんですよ。」

 ぽつりと呟かれた言葉の意味を、すぐには理解できない。
 何気なく手元に視線を落として、やっと理解する。
 それと同時に悪戯(いたずら)をひとつ、思いつく。
 まぁ彼女のことだから、深い意味なんてないのだろうけれど。

 だからこその悪戯なんだけどね?

「・・・桜乃ちゃん、それって、」


  逆プロポーズ?


「・・・えっ?!あ、えと!な、なんでそうなるんですか先輩!!」

 僕の言葉に、思ったとおりの行動をしてくれる彼女。
 その反応に満足しつつ、彼女との距離を縮める。
 わたわたしている彼女を、両腕で抱きしめる。

「桜乃ちゃんはこれと同じものを持っててくれてるんでしょ?」
「は、はい。でもそれとプロポーズは関係ないんじゃ・・・?」

 予想していたといえ、ここまで鈍いとちょっと気落ちするね。
 少しお互いの間に距離をおいて、彼女の目を真っ直ぐ見ながら口を動かした。



  だって、夫婦茶碗っていうじゃない?





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