先輩のファンの人達には怒られるかもしれないけれど。

 最初は、ついでだったの。


  ――――― 最初は。





憧れの先輩







 いつもより早い時間に、いつもの場所で先輩を見つけて、
少し前から歩いてくる人物を思わず手招きしてしまう。

「朋ちゃん、あそこ。」

 なによ〜とか言いながら、面倒臭そうに窓からテニスコートを見た朋ちゃんは、
先輩を視界の中に入れた瞬間、顔を赤くする。
 その顔のまま私の方を見て慌てる朋ちゃんは、とても可愛い。

「菊丸先輩のクラス、今日は授業早く終わったんだね。」
「う、うん・・・。」

 いつしか朋ちゃんの顔の赤みは薄れて、真剣な目になった。
 その目が菊丸先輩を追いかけているのが分かる。

(あれ?菊丸先輩どこにいっちゃったんだろ?)

 菊丸先輩は色んなところに素早く行動してしまうので、
一瞬でも目を離したら最後、見つけることは難しい。
 『アクロバティックテニス』をやれる人なだけあるなぁ、と感心してしまうのは、
菊丸先輩に失礼だろうか。

 でも。

 私にとっては一苦労でも。
 朋ちゃんにとっては簡単なことだ、きっと。

「隠してるはずなのに、どうして桜乃には分かっちゃうのかなー…。」

 朋ちゃんが、窓枠に凭(もた)れながらそう呟いた。

「朋ちゃんのことだからだよ。」

 隣に立ちながら、私はそう言う。
 朋ちゃんは、菊丸先輩の方に向けていた視線を私に向けた。

「さ、桜乃も好きな人が出来たらちゃんと私に言うのよ?」
「も・・・って、朋ちゃんは言ってくれなかったよ?」
「そ、そんな細かいことはどうでもいいのよ!」
「どうでもいいって・・・。それに私には好きな人いないし。」

 私の言葉を受けてしばらく考え込んでいた朋ちゃんは、
ぱっと顔を上げると嬉々とした声を出した。

「それならリョーマ様なんかどう?!リョーマ様はいいわよ!」
「・・・魚の叩き売りみたいな言い方はリョーマ君に失礼だよ朋ちゃん。」
「うるさーい!で、どうなのよリョーマ様は!!」
「リョ、リョーマ君?リョーマ君は好きだよ?だけど・・・」
「だけど?」

「朋ちゃんの菊丸先輩に対する好きと同じ意味じゃないと思う。」

 朋ちゃんの顔が、また赤くなる。

「さ、桜乃 ――――?!」

 一生懸命否定しようとする朋ちゃんを見て、私は笑ってしまった。
 朋ちゃんはなんか複雑そうな顔をしてたけど。

 でも知ってるよ。
 さっきありがとうって言ってくれようとしたこと。
 リョーマ君よりも、菊丸先輩を選んだこと。
 でも駄目なの。
 好きな人の名前はまだ言えない。

 だって。



「あ、不二先輩。」

 下に視線を向けると、いつの間にか菊丸先輩の横に不二先輩が立っていた。

「あの二人って何気に仲良いよね〜。」
「やきもち?」
「なっ・・・!なんで私がやきもちやかないといけないのよ!」
「・・・やける?」
「・・・どっちかって言ったら大石先輩に、だと思う。」

 どちらともなく笑って、また下を見る。
 すると、菊丸先輩がこっちに向かって元気良く手を振っているのが見えた。
 菊丸先輩の行動に苦笑している不二先輩も、こっちを見た。


「桜乃?」

 朋ちゃんの声で、はっと我に返る。
 心配そうな顔をしている朋ちゃんになんでもない、と告げる。

「考え事してただけだから。」
「そう?」

 帰ろうかと言った朋ちゃんの顔は、幸せですと力いっぱい主張していた。
 私はというと、そんな朋ちゃんの後ろに着いていきながら、
さっきからちらついている茶色い髪を振り払うのに苦戦していた。





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