「何してるの?」
「あ、用ちゃん。」 僕の呼び掛けに応えた紗依が、外に向けていた視線を僕へと移す。 「近くでお祭りやってるみたいなの。」 「お祭り?」 弾んだ声を出す紗依の隣に並んで窓の外を見てみると、 提灯の灯りが点々と闇の中に浮かんでいるのが確認できた。 「綺麗だね。」 素直に感想を口に出すと、紗依はますます笑顔になる。 「あのね、こうするともっといいんだよ。」 言うやいなや、紗依は僕の目をその手で優しく覆った。 「目を閉じて聞こえてくる音に集中すると、まるでお祭りに参加してるように思えるの。」 紗依が楽しそうに言うので、意識を音に集中させてみようと思った。 けれど、それがなかなか出来ない。 いつもならこのくらい楽勝なんだけれど、 瞼に触れている彼女の手にドキドキしてしまっている状態では難易度は高すぎる。 それでもなんとか音に意識を集中させることに成功させ、そして納得した。 聞こえてきったのは、人々の楽しそうな声や太鼓の音。 これなら確かにそこにいなくとも祭りに参加したと錯覚できそうだ。 「でもさ、どうせならあっちで楽しんだ方がうんと楽しくない?」 提案すれば、紗依は何度か目をぱちくりさせた。 そして、僕に向けて柔らかく笑った。 2006/9/2
「心さん達に初めて会ったのは、お祭りの時でしたね。」 「大野なんとかって奴の城の庭じゃねぇの?」 祭りの模擬店を嬉しそうに眺めていた紗依が 思い付いたように言ったことに同意しようとしていた俺の口から出たのは、 そんな台詞だった。 (あれ?俺こんなこと言おうと思ってたっけ?) 話を続けようとしていた紗依は、口を開けたまま俺を見つめている。 「あ、その、えと、なんだ・・・!」 その表情めちゃ可愛いんですけど! とか紗依には絶対に聞こえない声(そりゃそうだ心の声だから)で叫びつつ、 腕を忙しなく上下に動かして、俺の考えを必死に伝えようとした。 ――― あれ?何を伝えようとしてるんだ? 冷静な部分がそう突っ込むが、悲しいことに俺の頭は容量が少ないので、 その何かについて考えることは出来ない。 分かるのは、さっきの台詞はほとんど無意識の内に口から飛び出てしまった、 ということだけだ。 「心さん。」 俺と同じように考えごとをしていたのか、 あれから一言も喋っていなかった紗依が普段より少し小さな声で俺を呼んだ。 はっとなって彼女の顔を改めて見つめれば、彼女は笑っていて。 「心さん。」 彼女の可愛らしい声で、再び名前を呼ばれる。 紗依の笑みが心持ち濃くなっている気がして直視できなくなった俺は、 たまらず顔を横へと逸らした。 彼女はそれにかまうことなく何度も俺の名を呼び続ける。 「心さん、ありがとうございます。」 とびきりの笑顔でそう締めくくった紗依は、見惚れてしまうくらい綺麗で、 今まで以上に体中が熱くなったことを自覚した俺は、ただ曖昧に笑った。 2006/9/3
手と手を繋いだまま屋上へと続いている階段を上り、窓を開けた。 アルミ製のサッシに足を掛け屋上に出て紗依と繋がっている手に力を少し入れると、 彼女は緊張した面持ちで小さく頷いた。 「は、離さないでね・・・っ。」 その言葉を発した口を固く閉じると、紗依も同じ様に屋上へと侵入する。 ちゃんと屋上に立ったのを見届けてから、紗依と前方へ向けて走り出す。 彼女の手から緊張が消えていくのを感じながら、小走りでフェンスに近寄り、 色とりどりの灯りが集まる場所を指差した。 「ほら、見てみて。」 素直な紗依はすぐに僕の指差す方向へと視線を送る。 「もうすぐあれが全部消えて、花火が打ち上げられるんだ。」 説明を終え、隣にいる紗依の顔を覗くと、 彼女は嬉しいような悲しいような表情を浮かべて僕の指差していた方向をじっと見ていた。 彼女なら「わぁ綺麗!」と笑顔で言ってくれると信じていたので、面食らってしまう。 そんな顔は思い切り予想外だ。 「・・・どうしたの?」 失敗だったかもしれない。 そう思うとやるせないけれど、それを押し込めながら問う。 彼女は驚いたようにやっと僕の方を見て、それからすまなさそうに眉を下げた。 「ごめんね。折角連れてきてもらったのに。」 「ううん、それは別にいいよ。それより、何かあった?」 「もったいないなぁって思っちゃって。」 言い終らないうちに、彼女の視線は元に戻されてしまう。 「ねぇ用ちゃん、このままでも充分綺麗じゃない?」 言われてしっかり見てみると、彼女の言い分に納得できるような景色が広がっていた。 色んな光を灯している提灯が闇夜に浮かび上がっている様は、花火に劣るとも劣らない。 「地上の花火も見れるなんて、お得だね。」 ちょっと笑いながら同意を求めれば、紗依は『あ、そうか』と呟いて微笑んだ。 2006/9/10
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