忙しそうに動き回っている背中をじっと見つめ、ウィルはため息を付いた。
 頼むからじっとしていてくれと心中で頼みつつ、手元にある薄汚れた紙に視線を向けてみるが、一秒とたたないうちに再び顔をあげた。
 彼の視線の先にはハンナの姿がある。

「なにしてんだ。」
「・・・・・・・・・。」

 彼女が今どんな状態かなど、テーブルの端を両手で必死に掴んでいる姿を見てしまえば今更問う必要もない。
 なのにわざわざ問うてきたウィルの不機嫌そうな視線を受け、ハンナが情けない顔をする。
 本人も、自身の不注意が原因であることは一応理解しているのだろう。
 が、理解してるだけではなく、直そうと努力しなくては解決しない問題であることは深く考えなくとも分かる。

「お前な、もうちょっと周りに気を付けろっていつも言ってるだろ。」
「・・・うっ。」

 正論だと理解しているため反論出来なくてうーうー唸っているハンナから視線を外し、ウィルはちらりと机の上を見やった。
 そこには、今回の依頼主から受け取った資料が無動作に広げられている。
 その中の一枚を適当につまみ上げ、目を通しているふりをした。

「で、ティータイムの用意は出来たのか?」

 すぐさま元気よく肯定する声が上がった。
 じゃあ先に飲んでろと言い放ち、今度はちゃんと手にした資料に目を通し始める。
 けれど、ウィルの中に残ったかけなしの集中力も、とことこと近付いてきたハンナの気配によってすぐに四散してしまった。

「俺は今仕事中だ。」
「で、でも、ウィルのために淹れたんだから・・・。」

 彼女の言いたいことを察し出しうる限りの不機嫌な声色で喋るウィルに、怯えではなく甘えを含んだ声でハンナが答える。

 ――― 出すな。

 ウィルは咄嗟に思った。

 雨の日に道端で弱々しく鳴いている子犬を連想させるから、その声だけは出すな。


「・・・・・・お前な。」

 どきまぎしている感情を押し殺してやっと一言捻り出せば、とてもとても可愛らしく甘い声で駄目?と文字通りだめ押しされた。

「・・・ああ、もう!分かった、分かったからそんな目で見るな!」

 手にしていた薄っぺらな紙を放り出し立ち上がったウィルを見て、彼女は極上の笑みを浮かべたのだった。




彼女には滅法弱い。