■ 大佐、ブラックハヤテ号と接触する



 昼御飯を早めに食べ終えた大佐は、急いで中庭に向かった。
 そして、ブラックハヤテ号の前に立つ。

「わん!」


 ブラックハヤテ号とは、かくかくしかじかな理由によりホークアイ中尉に引き取られた
柴犬っぽい黒い毛並みの犬である。
 初めて会った時はなんというか、馬鹿っぽい感じであったのだが、
見間違えるほどりこうになったので密かに中尉の誇りとなっていた。
 その裏には中尉の銃によるしつけがあったのだろうと誰もが思ったが、
言った後が恐ろしいので誰一人として口にはしなかった。

 そのブラックハヤテ号に、大佐がゆっくりと近付いていく。
 大佐がロイ・マスタングだった頃に、
ブラック・ハヤテ号を餌付けしようとしているという風の噂があったが、
ロイ・マスニャングになっても餌付けしようとしているらしい。

「ほーれほれ。」

 大佐が差し出している餌には目もくれず、
ブラックハヤテ号は大佐の耳を一心に見続けていた。
 遅ればせながらもそれに気付いた大佐は、
じりじりと自分の二倍はある犬に近付いていった。

(・・・間違っても丸呑みはするなよ。噛むのも却下だが。)

 ずず、ずず、と少しずつ二人の間の距離は狭(せば)まっていく。そして。


「わ・・・!く、くすぐったいぞ!・・・はは!」

 ぺろりと舌で何度も舐めてくるブラックハヤテ号に、
大佐が少々苦しそうに応える。
 その声に、段々と笑いがこもるようになって。



 大佐を探しに来た中尉が中庭で見たものは、
愛犬に守られるように眠っている探し人だった。



2004/7/12
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■ 大佐、アルに可愛がられる



「ねえ兄さん。」
「ん?なんだアル?」
「どうして大佐には反抗的なの?」
「はあ?」

 どこかに消えてたと思ったら急にそんなことを言い出す弟に、
俺は不機嫌丸出しの声で返事をした。

「どうして仲良く出来ないの?
 大佐は上司なんだし、ちゃんと敬意を払わなきゃいけないんだよ?」
「あのなーアル。どうして俺があんな無能大佐に敬意を払わなきゃいけないわけ?」
「兄さんたらまたそんなこと言って。大佐はあの年で大佐なんだよ?
 確かに雨の日は苦手かもしれないけどさ、無能なわけないじゃないか。
 大体兄さんは、大佐のお陰で国家試験を受けれたも同然じゃないか。」
「ウ・ル・サ・イ。」

 そう言われればそうなのだが、俺は大佐に敬意なんか払いたくない。
 誰にだって、生理的に受け入れられない人の一人や二人、必ずいるはずだ。

「・・・むこう二ヶ月減俸だな鋼の。」
「どうえ?!」
「た、大佐!出てきちゃ駄目ですよ!」
「あんなに悪口を言われたのだ。仕方なかろう。」

 鎧の口の部分から身を乗り出したまま発言する大佐。
 なかなかにシュールな場面だが、相変わらずどこかほのぼの調に会話は続く。

「それはそうかもしれませんけど・・・。」
「俺にだって発言権はある。」

 けど、そんなことよりも重要なことがある。

「・・・アル。」
「何兄さん。」
「中で猫飼うなって何度言ったらわかるんだよ?!」
「で、でも兄さん!大佐は大佐であって猫じゃないんだよ?!」
「ちょっと待て。お前俺を飼ってるつもりなのか?!」
「減俸命令出されちゃったし、これ以上飼う事は出来ない!返して来い!」
「だからっ!俺を猫扱いするな鋼の!」
「大佐は働いてるんだしいいじゃないか!」
「お前はお前で飼う気満々か!取り合えず俺の話を聞け!」
「・・・うーん、悩むな。」
「話を聞けと言うのに!!」
「お願いだよ兄さーん。」
「・・・・・・話を聞けと」

「言ってるだろう?!」

    しゃき――――――――――――――ん!




                                     ぼん。



2004/7/21
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■ 大佐、初めてのおつかい



「買うものはパン一斤とバタ−一箱、それに火薬を少々です。」
「ああ。」
「パン屋はいつもの喫茶店を右に曲がればすぐに着きます。」
「ああ。」
「火薬屋は・・・、大佐の方がご存知ですよね。」
「まあね。で、ココ付けで切ってもいいのだろう?」
「ええ。・・・それと、この子に変なもの食べさせないでくださいね。」
「分かっている。ではいってくる。」
「いってらっしゃい。」

 会話だけなら新婚夫婦のするモノに近いやりとりを聞きながら、
俺ことジャン・ハボックは椅子に全身を預けた。

「・・・会話だけならラブラブなんだけどな。」

 隣でそんなことを呟く同僚に軽く同意して、もう見えなくなりそうな大佐に再び目をやる。
 ブラックハヤテ号の背中に乗る大佐は、
猫耳効果も相(あい)まって、とても『焔の錬金術師』とは思えなかった。

「・・・いつまで続くんだろうなぁ、マスニャング大佐生活は。」
「さあ?でも、ホークアイ中尉がご機嫌なのは有り難いことだ。」
「違いないな。」
「しかし、なんで中尉は終始あんなにご機嫌なんだろうなあ。」
「大佐がはっぱかけなくても仕事を着実にこなしてるからじゃねえ?」
「そうかもなー。」

(・・・分かってねえなあ。)

 暢気に笑っている同僚達に同意する振りをしながら、
大佐が何かしでかさないことを祈ってみたが。

 ・・・効果があるかどうかは分からない。



2004/8/4
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■ 大佐、迷子になる



   マスニャング大佐が迷子になった。


 そんなニュースがここ、東方司令部に飛び込んできたのは、
大佐がお使いに出て行ってから一時間ほど経った、麗らかな昼のことだった。

「・・・それは本当ですか?」
「つーか、本当に迷子になるとはねぇ。」

 同僚であり上官でもある人の、大佐は脳みそまで猫並みに退化したのかという発言に、
フェリーが控えめに反論する。

「もしかしたら、ブラック・ハヤテ号に何かあったのかもしれませんよ?」
「そうさねぇ。」

 本当は大佐が軟派している可能性の方が高いと思っていても、
それを言うと中尉の機嫌が斜めになるために、
当たり障りない返答をしながらハボックは紙を取り出した。

「・・・何をするつもりなんですか?」
「ん?手配書。」
「ええっ?!」
「もとい、『この人知りませんかチラシ』を作ろうと思って。」
「ああ、そういうことですか。」

 ハボックの考えを理解したフェリーは、自ら進んでハボックの作業を手伝い始めた。

 それから数分後、やっと一枚完成したのでちょっと小休憩をとっている二人の横を、
少し焦った様子でホークアイが通ろうとして足を止めた。

「・・・何をやっているの?」
「あ、中尉。大佐を効率よく探すためにチラシ作ってるんです。」
「チラシ?」

 これですと差し出された紙に目を通したホークアイは、フェリーに問うた。

「これ作るって、誰が言い出したの?」
「え?ハボック少尉ですけど?」
「ここに使ってある写真は誰の物?」
「ハボック小尉が貼り付けていたので、私は知りませんが。」

 中尉のただならぬ様子に気付いたフェリーが声をかけようとしたとたん、
ホークアイ中尉は銃を取り出した。

「ちゅ、中尉・・・?」
「・・・ハボック少尉はどこへ・・・?」

 言われていつの間にかハボックがいないことに気付き、フェリーは周囲を見渡した。
 けれど、やはりというか、ハボックの姿は見つけることが出来なくて。

「あれ?さっきまで一緒にいたんですけど・・・。
 どこ行ってしまったんでしょう?今探してきますね。」
「いいえ。私が探しに行きます。有難う。」


 手にしている銃でハボックを射殺してしまいそうな中尉を
フェリーが止めることが出来なかったとして、誰が彼を責められただろう。
 誰も責められはしない。誰だって命は惜しいものだ。

 ホークアイがフェリーの傍を離れてすぐ銃声が響いたことを、
フェリーは自分の気のせいだと思いたかった。



2004/8/28
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■ 大佐、中尉をイライラさせる



 青い空の下に銃声が何度か響いた後、辺りはしんと静まり返った。
 当たり前のことだが、誰も、機嫌の悪い中尉に近付いて
ハボックの二の舞になることを望んでいないのである。



「・・・何をあんなにイラつかれてるんでしょうね?」
「あん?」

 本当に不思議そうな声で訊ねてくるフェリーに、ハボックは視線を送った。

「普通に考えれば、中尉のイライラのモトと言えば大佐しかいないだろ。」

 そう言ってやれば、悩みが解決したらしいフェリーは嬉しそうにこうのたまった。

「あ、そうか!大佐、今回もものすごい量の書類溜めてましたもんね!」

      ガタガタ・・・!

「・・・・ってぇー!」
「どうしたんですか?!ハボック少尉!」

 フェリーの天然激ニブ発言に、ハボックは椅子ごと後ろにひっくり返ってしまった。
 慌てて駆け寄ってくるフェリーに、ハボックは力説したそうな。

 「お前、早く色恋沙汰に鋭くなれ」、と。



2004/10/11
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■ 大佐、帰還する



「・・・どこに行かれていたんですか。」

 やあ中尉、と暢気に挨拶してきた人に。心配していたと素直に言えない自分に。
 ホークアイはいらいらした。
 しかし、散々心配をかけておきながら夕陽を背に何事もなかったかのように
帰っていたこの人が悪いのだ、という考えに無理矢理落ち着けて、
飽くまで冷静に問うた。

「・・・私自身の非も充分承知した上で言わせてもらうがね、ホークアイ中尉。」
「はい?」
「君が私に頼んだ買い物リストの物すべてを、今の私が運べると思うのかね?」
「・・・あ!」

 日常にはあまり変化がないから忘れていたが、今の大佐は猫サイズだった。
 指摘されてやっと気付いた、簡単で、けれど重要な問題点の存在に思い当たり、
中尉は顔を青ざめさせた。

「申し訳ございません・・・。」
「君が謝ることはないさ。」
「いえ、これは謝らなければいけないことです。」
「私は私自身にも非がある、と言ったはずだがね。」
「元をただせば、私が頼んだことですから。」
「やれやれ、君も強情だね。」

 ふ、と大佐が顔を緩めた。
 父親が娘の可愛い我侭に付き合っている時の様な、柔らかい笑み。
 それは中尉が見たことのない顔で、彼女の胸は痛んだ。

(これが。)

 これが私とあなたの差ですか?


「どうしてもというのなら、これから私と荷物を待ちながら、書類を片付けてくれまいか?」
「?」
「・・・明日が締め切りの書類がたまっていただろう?」
「あ!」
「今日の君はどうにも間が抜けているようだね。」
「申し訳…」

 ホークアイの言葉を動作で制止して、大佐は先へ足を進めるように、
不思議がっている彼女を促した。

「君に謝らせたいわけじゃないのでね。」
「・・・・・・そうですか。」

 大佐の横をわざとゆるゆると歩く。

「けれど、なんで荷物を待つ必要があるのですか?」
「荷物を持って帰れないことに気付いて立ち往生している時にヒューズに会ってね。
 あいつが後で持ってきてくれるというのでそうしてもらうことにした。」
「少佐が・・・。それは幸運でしたね。」
「・・・・・・延々と娘自慢に付き合わされていた私の身になってみたまえ。」


 少ない時間ではあるけれども大佐の傍にいることが出来るという事実に
躍る心を抑えつつ、あれさえなかったらもっと早くに帰っていたものを、
という言葉でいらいらが消えていくのを中尉は実感した。



2004/11/15
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■ 大佐、猫に近付く



「あ、中尉。」
「はい。なんですか?」
「この間の書類の件なんだが、」

 パタパタパタ・・・

「にゃ!」


「「・・・・・・・・・・・・・・・。」」


「・・・中尉。」
「は。」
「今のは忘れてくれまいか。」
「・・・は。」


(・・・・・・大佐、可愛いかったな。)

 思い出し笑いをしそうになって、慌てて引き締める。
 窓際にかけてあるタオルにじゃれつく大佐が可愛くて。
 忘れてくれないかと言われたことが嬉しかった。

 大丈夫。

 自分以外の誰にも知られたくないから、絶対に喋ったりしませんよ、大佐。



2004/12/8
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