■ 大佐、発火布を欲しがる



 あれが欲しいという大佐の台詞に反応出来た人物は、一人しかいなかった。

「発火布のことですか?」
「そう。あれがないと落ち着かんのだ。」

 嬉しそうにこくこくと頷く大佐に、ハボックが意地悪く言う。

「大佐、その手にどうやってはめるっていうんです?」

 周囲にいる人間の視線が、大佐のふかふかした手に注がれる。
 今の大佐は耳は猫耳、手は猫の手、足は猫の足に変化していて、尻尾も生えている。
 おまけにサイズは猫サイズである。
 ハボックが指摘したように、人間の部分の方が少ないようにさえ思える大佐には、
『焔の錬金術師』としてバリバリだった時に付けていた発火布は付けられそうにない。
 う…と口篭ってしまった大佐の横に、彼の「あれ」発言を唯一理解した中尉が立つ。

「中尉?」
「大佐、これを。」

 中尉がそう言って差し出したものは、スカーフ風に改造した発火布だった。

「・・・これ、中尉が?」
「嫌ならいいんですよ。」
「嫌じゃない!くれ!」

 中尉がはいはい、とでも言うように改めてマスニャング大佐用の発火布差し出すと、
大佐はぱっと手で挟んだ。

「中尉、有難う。」

 思わず耳をぴこんと立てて喜んでいる大佐に、中尉は心の中でだけとても喜んだ。



2004/7/5
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■ 大佐、発火布を使う



「・・・それで、使えるんですか?」

 猫の手では発火布を巻くことが出来ないので中尉に巻いてもらいながら、
大佐は首を傾げた。
 その状態のまま、質問者であるアルに質問を返す。

「何がだ?」
「何がって、発火布のことですよ。」
「これか。」

 今しがた右手に巻かれた少々不恰好なスカーフ風発火布を見せびらかすように
頭上に持ち上げて、大佐。
 もちろん、スカーフ風発火布の製作者であり、それを右手に巻いてもくれた中尉に、
礼を言うのも忘れない。

「中尉が使えるようにわざわざ改良してくれたのだ。使えるに決まっているだろう。」

 ふふん、というように笑う大佐にハボック達がカチンとこなかったのは、
今の猫の様な風体のせいだ。
 ぴこぴこと動く耳が見ているものの心を癒すから、プラスマイナス零なのだ。
 それと同時に全員の頭の中に駆け巡ったのは、
『あれで指パチが出来るのであろうか?』という考えであったのだが。

「論より証拠。見てい給え。」

 そう言って、大佐はまた右手を頭上に持ち上げ ―――

   しゃきーん!!

 見事にハボックの葉巻に火を付けた。

「・・・付いた・・・。」
「付きましたね。」
「やったー!大佐やったねー!」

 呆然としているハボックの隣で、
がっしゃがっしゃという音を立てながらアルが無邪気に喜ぶ。
 事の成り行きを見守っていた中尉も、心なしか嬉しそうだ。
 火を付けた本人なんか、ひっくり返りそうなほどふんぞり返っている。

 けれど、大佐は知らない。
 傍から見れば、
その光景は初めて立った赤ん坊を褒めているのと同じ様な光景だということを。



2004/7/6
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■ 大佐、鷹に攫われる



 アルことアルフォンス・エルリックが左手に実の兄であるエドことエドワード・エルリックを
引っさげて軍部に駆け込んできたのは、中尉がぶち切れる寸前のことだった、
と後にハボック少尉は語った。

「大佐!大佐はいませんかっていないに決まってますよね!!
 ああもうどうすればいいんだろうどうすればいいんでしょうか皆さん!!」

 どうすればいいんでしょうか皆さんと助けを求められても、
事情を知らないハボック達にはどうすることも出来ない。

「落ち着いてアルフォンス君。一体なんでそんなに慌てているの?
 ・・・そういえば大佐の居場所を知っているみたいだったけれど、
 よければ聞かせてくれないかしら。」

 大佐はいないに決まっている、というアルフォンスの叫びを聞き逃さなかった中尉に
冷静に質問され、アルは少し落ち着いたのか、
相変わらず左手で兄をがっちり捕らえていたけれど、
ゆっくりと事の顛末(てんまつ)を話し始めた。
「あのですね、さっき、お散歩中の大佐と会ったのですけれど・・・」

『あ、大佐。おはようございます。お散歩ですか?』
『うむ。中尉がいない間に少し気分変えでもしようかと思ってな。』
『相変わらずお仕事大変なんですね。』
『大佐の場合、多くて忙しいんじゃなくて、溜め込んでるから忙しいんじゃないのか?』
『失敬な!この姿になってからは溜め込んでなどいない!』

 じゃあこの姿にならなければ溜め込んでいたんですね、
というアルの言葉は喧嘩し始めた二人には届かなかった。

『この!!』
『へへーん!届かないよーだ!ちび!豆大佐ー!』
『くそっ!!』

 爪を伸ばした手をゆうゆうと掴むと、エドはもう片方の手も掴み、
空に大佐を放り投げようとした。

『あ、駄目だよ兄さん!そんな乱暴に大佐を扱っちゃ!』
『いーんだよ大佐だから。それ!』
『鋼のっ!貴様、そんなに焔を喰らいたいか!』

 ぽーんと軽やかに投げられた大佐が、落下する最中に焔を出そうと身構える。
 その直後、ガシッという音が聞こえた。

「・・・鷹に攫われたのか、あの人。」

 すべてを聞き終えた人を代表して、呆れたようにハボックが言う。

「ねえ!兄さんが原因なんだしさ、やっぱり助けに行こうよ!」
「え〜?あんなナリでも大佐なんだし大丈夫だって。
 それより俺、帰って読みたい本があるんだけど。」
「帰っちゃ駄目だよ兄さん!」
「エドワード君。」
「だから、大佐なら大丈夫だって!」
「エドワード君。」
「助けに行って参ります。」

 チキ、という冷たい音を立てる黒い物体を突きつけられたエドは、
これまでの態度を一変させ、軍部のドアに向かって弟と歩き始めた。



2004/7/7
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■ 大佐、生還する



 エドを無遠慮に眺めた後、ハボックが本人に問う。

「・・・なんでぼろぼろなわけ?」


 ハボックの言う通り、今のエドはぼろぼろだった。
 いつも着ている赤いコートは見るも無残に切り裂かれているは
所々焦げているはで見れたものではないし、
やはりいつも履いているブーツも派手に破かれている。
 エド自身も、服に負けず劣らずすすけている上に擦り傷だらけだった。
 ぼろぼろになったブーツの隙間から見える白は、推測するに、包帯の色だろう。
 ぶっすーとしたままソファーにどっかと座る兄に代わって、弟のアルが説明をする。

「あのですね、あの後兄さんはすぐに鷹に捕まえられたままの大佐を見つけたんですよ。」
「ほー。運良いじゃねーか。」
「ええ。けれど、運が良かったのはそこまでで。」
「・・・・・・なんとなくオチは見えたが続きをどうぞ。」
「兄さんは上だけ見ていたせいでどぶに足を突っ込み、
 その怒りをぶつけるべく鷹に小石を投げつけたんです。
 それは鷹にクリーンヒットしたのですが、
 そのせいで地面に叩き付けられてしまった大佐に『お前は俺を殺す気か!』
 と言われ、二人はそのままファイトになだれ込んじゃいまして。それから・・・」
「・・・まだあんの?」
「はい。・・・それから、地面にかけられている動物捕獲用の罠に
 足を挟んで出血多量になったり、猫の大群に襲われたり・・・。
 すべてをお聞かせ出来ないほどに大変な目に遭ってしまって。」
(・・・・・・・う〜わ〜・・・。)
「そんな思いっきり『同情してます』みたいな目で見んな!!」
「そんなに怒らないで大将。体に響きますぜ?」
「妊婦に言うような台詞を吐くな!」

 大佐へのグチを大音量で叫びながら暴れているエドから一定距離離れたアルは、
同じく離れているハボックに聞いた。

「それで、大佐は?」
「大した外傷もなかったけど高熱が出たもんで、今医務室。」


 二人は昨日とても苦労したであろう二人(?)に向けて、静かに合掌した。



2004/7/11
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