■ 自己紹介



 うららかな日差しが気持ち良くて、ついうとうととしてしまっている時、
隣にいるあいつに声をかけられた。

「僕、キラ・ヤマトっていうんだ。よろしくね。」

 庭の芝生の上に寝転がっている状態で唐突に自己紹介をされて、
俺は意識を瞬間的に目覚めさせた。

「・・・いきなりなんなんだよ。」

 上手い言葉が浮かばなくて、なんとかその言葉を搾り出せば、
あいつはにこにこと笑った。

「自己紹介してないってことに気付いたからだよ。」

 確かにその通りだったから、自己紹介自体は別段おかしなことじゃない。
 でも、そのタイミングというヤツを見極めて欲しいものだ。

(せめてやる前にそういう説明をしろよな・・・。)

 ステラが目覚めてから一週間。
 こいつがそういう奴だってことに気付き、慣れてはきたものの、
時々起こす突飛というか天然な行動には未だになれないでいる。
 それとも、俺が神経質なだけなのか?

「・・・ステラ・・・っていうの。」
「そっか。よろしくねステラ。」

 俺が悩んでいる間に、ステラはあいつの横に移動し、
あいつに向かって自己紹介をしていた。
 あいつはそんなステラの頭を優しく撫で、あまつさえ見つめあったりしている。
 ・・・なんなんだよ。

「君は?」
「は?」

 あいつみたいに寝転びながら庭の花を観察してたら、
ごく自然にそう問われ、びっくりして視線を元に戻す。
 話を聞いてなかった(というか聞かないようにしてた)から
視線でなんのことだか訊ねてみれば、返ってきたのは笑顔だけで。
 仕方がないからステラに助けを求めると、こっちもじっと見つめてくるだけだった。

 なんなんだよ、と今日何度目かになる台詞を小声で言ってからようやく気付く。


「・・・シン・アスカ。」
「シンだね。」

 にこにこと笑いながら、あいつは俺達を見比べた。

「僕のことはキラって呼んでね。」
「キラ?」
「そう。」
「さん付けしなくていいの?」
「別にいいっていうか、ダメ。却下。」

 あいつ・・・キラの方がふたつほど年上らしいのでそう提案したのだが、
明らかに不機嫌そうな声であっさりと却下された。

「これからよろしくね。シン、ステラ。」


 そう言って差し出された手は、優しかった。



天狼の中でキラはこんな感じ。
2005/8/21
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■ カガリ、帰館



 キラの家にも大分溶け込んできた頃、そいつは居間に突然現れた。

「・・・誰だお前。」

 ステラに似た金髪と意志の強そうな目をもった、少年のような少女。

 今までキラ以外の人間をここで見たことがなかったので俺は驚いたが、
目の前にいるこいつが俺のことを『部外者』として見ているので、
キラの知人か、もしくは親友じゃないかと予想し、なんとか平常心を取り戻した。

「・・・あんた、キラの知り合い?」
「は?」
「知り合いならさ、どうしてもっと会いにきてやんないの?
 キラ、こんなとこで一人で暮らしてるんだぜ?」

 なんであいつのことをこんなに心配しているのか分からなかったが、
口からするりと言葉が出てきてしまい、言ってから少し驚いた。

「・・・お前、一体キラのなんなんだ?」

 しばらくの沈黙の後静かにそう言われて、俺の心は瞬間的に熱くなった。

「何か喋ったと思ったらそれだけかよ!」
「うるさいな!わけ分からん奴にベラベラ喋れるわけないだろ!
 答えて欲しければ私の質問に答えろ!」
「そんなことより俺の方が先に聞いたんだから俺の質問に答えろよ!」
「だからお前が質問に答えれば答えると言ってるだろこの馬鹿が!」
「なんだとこの男女(おとこおんな)!」
「シン、一体何やってるのさ?」

 俺と男女のやり取りを聞いたらしく、キラとステラが居間に姿を現す。

「「キラッ!こいつ一体何なんだ!」」

 まったく同時に叫んでしまい、俺と男女は目を合わせてしまう。

(タイミングあっちまった・・・。)

 うんざりとした気持ちで相手の様子を窺(うかが)えば、
相手も似たり寄ったりな感想を抱いていることが簡単に知れた。

「カガリ、お帰り。取りあえずお風呂に入る?それとも食事にする?」

 そんな俺達の心境を知っているのかいないのか、
質問には関係ない話をのほほんとしだしたキラに、またもや同時くらいに叫ぶ。

「あのなぁ、今はそれどころじゃないっつーの!」
「こいつが誰だか知るほうが先だ!」

 台詞が被ったことにむっとして振り向けば、やっぱり目を合わせてしまい、
即座に反対へと顔を背ける。

「・・・行動、おんなじ。」

 ぼそりとステラが呟いたことが、胸をぐさりと突く。

「取りあえず、カガリは服汚れてるからお風呂に入ろう。
 シンには紅茶入れなおしてあげるから機嫌直して。」
「「だ・・・!・・・・・・。」」

 むっつりとしたままの俺らを見やったキラは、笑いながらこう締めくくった。



「話は二人が落ち着いたらするよ。ね。」



2005/8/21
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■ 説得する



「彼女の名はカガリ・ユラ・アスハ。一応僕の双子の姉だよ。」

 即行で風呂から出てきた私は、キラに言われるまま居間の一人掛けソファに座り、
得体の知れない奴二人とテーブルを挟んで対峙した。
 あまりにも早く出てきたので、キラにちゃんと暖まったかと聞かれたが、
今はこいつらのことが気になって風呂どころじゃない。

「一応ではなく、私はキラの姉だ。」
「・・・だそうだよ。」

 一応という言葉が気に入らなかったのでそう訂正を入れれば、
私とこいつらの間に座っているキラが、目線を私から外して二人を見る。

「で、カガリ。」

 見たと思った瞬間には視線は私に戻されていたことに一瞬ドキッとするが、
首を縦に振ることで先を急かす。
 ・・・私は平静を装うことが出来ているだろうか。

「この子達はシンとステラ。僕が街で見つけて、連れてきたんだ。」


「・・・・・・はぁ?」


 キラの発言に対応することが出来なかったからただそれだけを返せば、
邪気のない笑顔を向けられた。

「だって、もう少しで餓死するところだったんだ。」
「あのな、キラ・・・。」
「ね、飼っちゃ駄目?」

 あ、こいつ、説得しにかかってやがる。

 生意気なヤツ(シンだっけ?)が抗議の声を上げるのを抑えつつ、
ひたすら笑顔で話しかけてくるキラを見て直感的にそう思った。
 だから逆に、流されてやるもんかと決意し、ソファから立ち上がる。

「駄目だ駄目だ!犬猫じゃあるまいし、気軽に拾ってくるな!」
「気軽になんか助けてないよ。僕と気が合いそうだなって思ったから」
「駄目だと言ったら駄目だー!」

 言葉を遮るために出せるだけの大声を出せば、
キラは真剣な表情になって続けた。

「・・・じゃあさ、一週間過ごすってのはどう?」
「は・・・?」
「試験期間ってことでさ、試しに一緒に住んでみればいいじゃん!」
「何言ってるんだキラ!」
「カガリが心配してるのは、仲良く暮らせるかってことでしょう?
 一週間も過ごせば大丈夫だって分かるだろうしさ、そうしてみようよ。」
「もういいよ!」

 ガタン、と大きな音を立てて立ち上がったのは、シンだった。

「これ以上アンタに迷惑はかけない。邪魔したな。」
「待ってよシン・・・!まだ完治してないじゃないか・・・!」
「じゃじゃ馬がいるとこより静かな場所を探すよ。行こう、ステラ。」
「・・・・・・いや。」
「え?」
「ステラ、シンと一緒にここにいたい。」
「・・・・・・ステラ。」

 ぎゅっと、キラとシンの袖を握るステラという少女に、
キラは見たことない顔を見せた。


 本当は、初めから分かってたんだ。

 あいつらを見ているキラは、見たことないような顔してたから。
 私達が再会してから時間は少ししか経っていないけど、でも分かった。

 キラにとって、こいつらがすでに大切なものになっていると。

 『キラがいなくなってしまう。』

 漠然と、そんな不安にかられてしまったから、
あいつらを拒否していただけなんだ。


「あーもう!」

 一喝して、全員の視線を自分に集める。

「もういい!お前らここに住め!」
「カガリ・・・!」


 そう言って私を見たキラは、あいつらを見る時と同じ目をしていた。



「飼っちゃ駄目?」って言わせたかっただけ。
2005/8/28
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■ 名前の呼び方



「・・・どう呼んだらいいの?」

 ぽつりとステラが呟いた言葉は、喧嘩の真っ最中だったカガリとシンを
静かにさせるのに効果を発揮した。

「カガリのことをどう呼んだらいいのか分からないって。」

 ぽかんとしている二人(カガリの拳をシンが受け止めるポーズで止まっている)に、
キラがステラの言いたいことを訳して話す。

「こんな奴『じゃじゃ馬娘』で十分じゃん。」

 キラの言葉を聞いたシンは、カガリの腕を振り払うと生意気な顔で言い切った。
 明らかにカガリを挑発した言い方に、相手の真意を知ってるのか知らないのか、
カガリが見事に反応する。

「じゃあこいつは『生意気坊主』で決まりだな。」

 怒りを押さえ込んだ声で負けじと言い返してきたカガリを、
シンがむっとした顔で睨む。

「じゃじゃ馬娘じゃじゃ馬娘じゃじゃ馬娘じゃじゃ馬娘ー!」
「生意気坊主生意気坊主生意気坊主生意気坊主ー!」

 一瞬の膠着(こうちゃく)状態の後、そう叫び始めたタイミングはほぼ同時だった。
 そのことにどちらもむっとして、罵詈雑言を浴びせあいながら
取っ組み合いの喧嘩が始まる。
 つまり、最初に逆戻り。

「仲良し喧嘩だね、ステラ。」
「・・・仲良し喧嘩?」
「そ。仲良しなのに喧嘩してるんだ。」
「「仲良しなんかじゃない!」」

 再び同時に叫んでしまったことが相当嫌だったらしく、
今日何度目かになる睨みあいを始めた二人を、
微笑ましいものを見ているかのように見つめながら、キラはステラに言った。

「カガリでいいんじゃないかな。」
「・・・いいの?」
「さんとか様とか付けて呼ばれるの、カガリ嫌いだし。」
「・・・キラがそう言うんだったら、そうする。」


 勝手にそう結論を出したキラとステラは、カガリとシンの『仲良し喧嘩』を横目に、
優雅なティータイムを楽しんでいた。



キラがルールです。(笑)
2005/8/28
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■ ツナガリ



 たまに不思議に思うことがあるほど、
私達は共同生活をなかなかうまく過ごしている。

 例えば、菓子パンを半分こにして食べたりとか、
ちょっとしたドジを茶化して笑いあったりとか。

 そんな、ごく一般的な家庭がしているだろうことを自然にしていることがあって、
驚いてしまうことが日に一回はあったりする。

 そのことに気付いてしまった私は、『本当の家族』だと錯覚しそうになった私を叱咤した。

(シンもステラも、私とキラみたいに血が繋がってるわけじゃないのに・・・。)

 そう考えて、私達の関係も曖昧なことを思い出す。
 だって私達は、お互い、血を分けた兄弟がいることを知らないまま育ったんだ。

(十七年もそうやって生きてしまえば、立派な赤の他人だよな。)

 例えそれが、双子の弟だったとしても。

(・・・でも。)

 でもそれは、飽くまで一般論であって。


(キラとは)


 そう。キラには、父上とは違うものを、一目見た時から感じていた。

 あれが多分、血の繋がりというやつで。

 血が『こいつだ』と私に告げていたんだ。



「カガリ?」

 静かな私にひっかかりを覚えたのか、キラがバルコニーにくる。
 アメジストの瞳に見つめられ、思わずぶっきらぼうになんでもないと返すと、
居間へと戻るために足を前に出す。

「なぁキラ。」
「ん?」

 歩調をぴたりと合わせてきたことを内心で感心しながら、少し笑う。

「お前があいつ等を拾ってきた理由、なんとなく分かった気がするぞ。」



 言えば、キラも笑った。



血脈の神秘と双子の神秘、どちらが強いんでしょうね。
2005/8/28
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