■ 走る。



  ただ、腕の中に暖かいものを感じながら走った。




 強風のせいで横振りになっている雨が容赦なく体温を奪っていくけれど、
俺は足を動かし続ける。

 すべては。そう、すべては、この体温を無くさないために。

(あの時の二の舞なんて、もう二度とごめんだ・・・!)

 そう思いつつ足を出そうとして、地面に倒れこんでしまう。
 どうやら、自分で思っているよりも体力は残っていないらしい。

(ステラ・・・!)

 それを認識して、不安と共に腕の中の金髪を見やる。
 すると、青白いというよりも土気色をした顔がそこにあった。

「・・・っ・・・・・・!」

 ぞっとして、声を出して元気付けようとするけれど、
もう、声を出せるほどの体力は残っていなかった。
 焦れば焦るほど、息だけがむなしく空気の中に吐き出される。

(・・・もう、駄目なのか・・・?)

 自覚とは恐ろしいもので、そうはっきりと認識したとたん、
体がだるくなってきて、意識もぼんやりしてくる。
 なにより、心が弱くなってくる。

(だ、駄目だ・・・!守るって・・・!守るって決めたんだろう?!)

 そう叱咤(しった)しても、もう自分の体はいうことを聞いてはくれなかった。
 段々心地良いものが体全体に広がっていく。

 意識がなくなっていく中で、俺の目が見たものは、ステラの金髪でも、
錆付いた町の壁でもなかった。


 ほんのわずかな紫だった。



はじまり。
2005/8/18
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■ 紫



「あ、起きた?」

 目を覚ましたとたん、いきなりそんなことを問われた。
 起きたばかりで上手く働いてくれない脳では何がなんだか分からなくて、
目の前の見知らぬ少年をじっと見つめた。
 年は自分と同じくらい。
 綺麗な茶髪を持った、見るからにお金持ちといった雰囲気を感じる少年だった。

「自分がどんな状況にいるのか、分かる?」
「・・・取りあえず、腹が減ってることはわかる。」

 じっと見つめたままそう返せば、その少年はその紫色の瞳を揺らし、くすりと笑った。

「食欲があるのなら君は大丈夫だね。」
「・・・そうだ!ステラは?!」

 今までうっかり忘れてしまっていたが、今、自分の腕の中には、
意識を失ってしまう寸前まで抱きしめていた人物がいなかった。
 寝かせられていたベッドから立ち上がり、部屋の外へと飛び出そうとすると、
後ろからものすごい力で引っ張られる。

「うわっ!」

 たまらずひっくり返ってしまったが、すぐさま飛び起き再び外へと出ようとして、
今度もやはり後ろから伸びてきた腕に邪魔され、ベッドへと連れ戻された。

「お前、ステラをどこにやったんだよ!変なことしたりしたら許さないからな!」

 目の前にいる優しそうな少年のオーラに惑わされて考えもしていなかったが、
ここは敵の要塞かもしれないのだ。
 そうだとしたら、ステラの身が危ない。一刻も早くステラに会わなければ。

 そう結論をだし、残っている体力を使って暴れつつ大声を出せば、
俺をベッドに戻した張本人は冷静に俺を見、その優しい声で俺を諭してきた。

「今君は、あっけなく倒れてしまうほど弱っている状態にある。
 だからきちんとした食事を摂って、十分回復してからじゃないと
 彼女を助けられないよ。」

 少年がいうことはもっともだった。
 立っていることすら危うい自分が行ったとして、どうやって彼女を助けられる?

「まぁ僕らは君と彼女を助けたい側だから、安心して休みなよ。
 話はそれから。いいね?」

 彼の紫色の瞳が、優しい光をともして俺を見るだけで、
さっきまで感じていた焦りや不安等が一気に吹き飛び、
代わりに空腹感、安心感や眠気が襲ってきた。
 彼の持つ紫は、鎮静作用でももっているのだろうか?

「・・・じゃ、俺が元気になったら会わせてくれるんだな・・・?」
「うん。約束するよ。」

(目を閉じる瞬間に見たのが紫なら、
 目が覚めた瞬間に見たのも紫だなんて、出来すぎだ。)


 俺の質問に答えた声を聞きながら、
俺は何故か倒れる寸前に見た紫のことを思い出していた。



2005/8/18
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■ 目覚め



 けたたましい音が俺の寝ている部屋に届いたのは、
危なげなく歩くことが出来るようになった、丁度その日だった。
 まったくと言っていいほど物音がしないこの家でこんなでかい音がするのは
初めてだったし、なによりあいつがこんな音を出すとは考えられなかったから、
驚きで筋力トレーニングを止めてしまった。

 そうしているうちにも響く、何かを容赦なく壊す音。

 いきおいよくベッドから起きると、ドアを開けて部屋の外へと飛び出す。

(・・・一体、何が起きたんだ・・・。)

 胸がどきどきする。

 そう、自分はこの音の正体を知っている。

 多分、この音は、ステラが目覚めた証だ。



 ここで初めて目を覚ましてから四日ほど。
 初めて見たこの家の壁や装飾品に驚きつつも、
いまだ鳴り止まぬ音へと全力で近付いていけば、
もうすぐで到着するという距離にまで辿りついたとたん、
中からしていた音がなくなった。

 何か嫌な予感がする。

 どくどくと血が流れていくのを感じながら、ゆっくりとドアノブを回す。

「あ・・・。」

 ドアの隙間から見えた光景は、俺の予想を裏切り、
なんともほのぼのとしたものだった。



「やぁ。」

 あいつが、膝の上にステラを乗せた状態で手を振る。

「な・・・にやってんだよ・・・。」

 あまりにもあまりなオチに、張り詰めていた気が一気に抜けた。
 部屋の壁に背を預けながら、説明しろとばかりにあいつを見やると、
いつも通りへらへらと笑いながら言った。

「ん?目を覚ました彼女が暴れただけだけど?」
「それは分かるっつーの。」

 ぴしゃりと言い放つと、つかつかと近付いていく。

「・・・ステラ、前にも暴れたことあったけど、
 俺が行っても暫く暴れるのやめなかったんだぜ?
 どうやって静めたんだ?」

 説明して、質問すれば、

「彼女のすることを見てただけだけだよ。」

 と、当然のことのように言い切られた。

『ただ見ていた』

 こいつは、ただそれだけのことをしただけだけれど。


 でも俺には解かった。彼は彼女に受け入れられたのだ、と。



ステラお目覚め。
2005/8/20
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■ 嫌いじゃない



「大丈夫か?」

 ベッドに横たわる彼女にプレートを手渡しながら聞くと、
力強く首を縦に振ってくれて、彼女が回復したことを今更ながら実感した。

「ステラは、あいつのこと、好き?」

 暫くはステラから聞かれたことに簡単な返事を返していたが、
急に気になりだしたそれについて問えば、ベッドの上で彼女は少し微笑んだ。

「うん。シンと同じ匂いがする。」

 ステラらしい言葉に苦笑する。
 彼女はいつも野生のカンに従って動いているのだと悟ったのは、いつだったか。

「・・・シンは?」
「え?」

 短く聞き返せば、ステラはもう一度同じ言葉を繰り返してくれた。

「シンは、好き?」


 そう問われて初めてあいつについて考えてみて、
彼女と同じ答えに辿りついてしまったことに少し屈辱を覚え、
苦い気持ちで答える。


「・・・嫌いでは、ない。」



素直じゃないのがシン。
2005/8/20
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