自分のくしゃみで目が覚めて、慌てて周囲を見回す。
 今日もやっぱり幸村様はいなかった。

(あーあー…。気配に気付けなかったなんて、忍びとして失格だにゃあ。)

 朝特有のきんとした空気の中に息を吐き出し、布団からのそのそと起き出す。
 匍匐前進で襖の前まで行きがらりとそれを開ければ、光があっという間に部屋中を満たした。

(・・・あったかいなー。)

 どうやら今日の日差しは強いらしく、動いてなくても体がぽかぽかしてきた。
 そのせいか、眠気がゆるゆると涌いてきてしまったので、側にある柱に身を預ける。
 ここはまるで、幸村様の近くにいるみたいに居心地がいい。

「こら。」

 ぺしんと後頭部を叩かれ、頭に手をやりながら後ろを向く。
 私のすぐ後ろには幸村様がいた。

「痛いにゃ〜。」

 叩かれたとこを擦りながら抗議すれば、軽く溜め息をつかれた。
 このくらいなんともないことを知っているのだ。

「今日は忙しいから手伝ってくれと、昨日言っておいたろう。」

 言外に起きろと言われて、文句を言いつつも部屋に戻り、着替えに手を伸ばす。
 幸村様は私が部屋に入ったのを見届けると、元来た道を戻っていく。
 その歩調は、来た時より遅い。
 ただそれだけのことで嬉しくなり、元気良く部屋の外へと飛び出す。
 狙うのは、幸村様の背中。



幸村←くのいち(戦国無双)
2006/11/26
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(謙信様の命とはいえ、何故私が謙信様の敵である武田信玄になど会いにこなくてはならないのだ・・・!!)

 常人の目には見えぬスピードで屋根から屋根へと飛び移りながら、心の中で悪態をつく。
 前方に見えてきたのは、仕事の終着点である甲斐の虎 ― 武田信玄の居館、躑躅ヶ崎館。
 どうしても武田信玄そのものに見えてしまうそれを、ぎっと睨む。
 すると自然に風呂敷を握っている手に力を込めてしまって、慌てて腕の力を抜いた。
 この風呂敷は、先方への土産にと出かけに謙信が持たせてくださったものだ。
 例え奴の手に渡ってしまう物でも、謙信様から預かった物なら大切に扱わなくては。

(・・・こんな仕事は早く終わらせるに限る。)

 そうすればこのイライラは無くなるだろうと考え、力強く瓦を蹴り深い闇へと飛び込む。
 しかし、次の瞬間には無理矢理体勢を変え木の枝へと着地した。
 ここにいるはずのない人物を視認したから。

(・・・何故ここにあいつがいるんだ・・・・・・?)

 私の視界の内には、紅蓮の鬼との呼び名も高い真田幸村の腹心の部下、猿飛佐助の姿がある。
 もう少し警戒しておくべきだったと、自分の迂闊さを恨むが、時すでに遅し。

(あいつは真田と上田にいるのではなかったのか?)

 この主従に会うことを回避したかったから、出発前に二人の所在を確かめたはずだ。
 なのに何故ここにいるのか。

(・・・何故、というほどのことではないか。)

 私もあいつも忍びだ。
 一日やそこらでこちらにくるくらい動作もないことだろう。
 そう結論付けた私の脳裏に、ふとある考えが浮かび上がってきた。

『今回の仕事は武田信玄かその部下に謙信様から預かった物を渡すことだから、こいつに荷物を渡してもなんら支障はないのではないか?』

 そんな、私にとっては嬉しすぎる案(信玄も猿飛も会いたくないことには変わりないが、わざわざ嫌な思いを二重にしたくない)を、みすみすなかったことにすることは出来なかった。
 猿飛佐助は真田幸村だけではなく武田信玄の信頼も厚いという話しだしな、と心中で言い訳しながら、猿飛に近付いていく。
 聞こえるだろうぎりぎりの距離で声を掛ければ、頭が軽そうな声が返ってくる。

「びっくりしたぁ。何、俺様に何か用?」

 気付いていたくせにわざとおどける相手を一瞥した後、無言で手荷物を投げ渡す。

「おっと。おいおい、もっと丁寧に渡…」
「謙信様からの書状と土産だ。ありがたく受けとれ。」

 急に投げられたそれを危なげなく手中に収めるところも癪に障ったので、わざと言葉を遮ってやると、奴がやれやれといった風に首を振る。
 それがまた私を苛立たせることに、こいつは気がついていないのか。

(・・・こいつのことだ。それを知った上での行動に決まっている。)

 思い返せば、最初会った時からこいつはこうだった。
 それが積もり積もって、今ではこいつの姿を見ただけでイライラする。
 怒りから目の前でへらへらと笑っている顔をぎっと睨んでやると、相手は乾いた笑いをもらした。

「そんなに真田の旦那がいないことが不服?」
「・・・・・・はぁ?」

 今の流れでどうして真田がでてくるんだ。

 突然第三者の名前が出てきたことについていけず何も言えない私を放って、猿飛が喋る。

「俺と会話する時不機嫌なのは…まぁ前からだけど。隣に真田の旦那がいると嬉しそうだよな。」
「嬉しそうな顔などしていない。・・・・・・・・・・・・なんだ、その顔は。」
「え、あ、うん。・・・ま、いっか。」

 複雑そうな顔をして天を仰ぐ猿飛に疑問を感じつつも、これ以上ここにいたくなくて地を蹴る。
 そんな私の背に、声がかけられる。

「今度上田に遊びにこいよ!」


 冗談じゃない、と心の中で即答した私の脳裏には、いつの間にかあの人懐っこい笑顔が浮んでいた。



幸村←かすが(戦国BASARA)
2007/01/01
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