■ 高ぶる胸に、気付かないで。
どくどくと、心臓が鳴る。 落ち着け。 前にも同じことされたことあるじゃない。 自分で自分を叱咤激励してみるけれど、 一度高ぶってしまった心臓は収まってくれない。 どうしよう。 嬉しいけど、困る。 そんな複雑な思いを抱えたまま、少しずつ時は過ぎていく。 出来ることなら今すぐこの妙な沈黙を消し去ってしまいたい。 けど、その方法が見つからない。 「足、大丈夫か?」 「え・・・。ああ、うん。」 「さよか。」 突然話しかけられて驚いたけれど、なんとか返事を返す。 すると、佐野の声は少し柔らかくなった。 「私歩けるから、降ろして佐野。重いでしょ?」 「・・・まだ安心はしてへんからな。宣言通り家まで送ってったる。」 「なによそれ。」 少し俺様がはいっている佐野の言い分に、くすくす笑う。 それにつられたのか、佐野も笑った。 それから後はいつも通りだった。 ただし、表面上だけだけど。 (・・・お願い、佐野。) いっぱい話すから、この心音に気付かないでいて。 おんぶされて。
■ ゆうやけこやけ 隣を悠々(ゆうゆう)と歩いている彼女が、歌を口ずさみだす。 歌っている本人に歌っているという自覚がないからだろうか。 時々聞えなくなるくらい小さい声で空中へと放(ほう)られていくそれは、 俺の耳の奥に少しの間残って消えていく。 俺はそれを堪能しながらゆっくりと歩いていく。 彼女は陽気に歌いながら同じような速さで歩いていく。 (当たり前か。俺が合せてんだから。) そう思ったらふと、今彼女の頭の中には俺という存在がいるのかどうか 気になってきた。 聞きたい。けど歌も聴いていたい。 (・・・声かけたら歌うのやめるだろーな。) 彼女のことだ。 声をかけてしまったら、自分が歌っていたという事実に気がつき、 そしていつもの様に俺を怒るのだ。 なんで言わなかったんだ、と。 (・・・もう少しだけ待ってみることにするか。) 彼女が気付くのが早いか。 俺が声をかけるのが早いか。 どっちの方が早いのか考えながら歩くのも、案外楽しいからな。 森ちゃんが歌っているのは「夕焼けこやけ」。
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