■ 高ぶる胸に、気付かないで。



 どくどくと、心臓が鳴る。


 落ち着け。 前にも同じことされたことあるじゃない。


 自分で自分を叱咤激励してみるけれど、
一度高ぶってしまった心臓は収まってくれない。


 どうしよう。 嬉しいけど、困る。


 そんな複雑な思いを抱えたまま、少しずつ時は過ぎていく。
 出来ることなら今すぐこの妙な沈黙を消し去ってしまいたい。
 けど、その方法が見つからない。

「足、大丈夫か?」
「え・・・。ああ、うん。」
「さよか。」

 突然話しかけられて驚いたけれど、なんとか返事を返す。
 すると、佐野の声は少し柔らかくなった。

「私歩けるから、降ろして佐野。重いでしょ?」
「・・・まだ安心はしてへんからな。宣言通り家まで送ってったる。」
「なによそれ。」

 少し俺様がはいっている佐野の言い分に、くすくす笑う。
 それにつられたのか、佐野も笑った。
 それから後はいつも通りだった。

 ただし、表面上だけだけど。

(・・・お願い、佐野。)


 いっぱい話すから、この心音に気付かないでいて。




おんぶされて。
2005/09/07
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■ ゆうやけこやけ



 隣を悠々(ゆうゆう)と歩いている彼女が、歌を口ずさみだす。

 歌っている本人に歌っているという自覚がないからだろうか。
 時々聞えなくなるくらい小さい声で空中へと放(ほう)られていくそれは、
俺の耳の奥に少しの間残って消えていく。

 俺はそれを堪能しながらゆっくりと歩いていく。
 彼女は陽気に歌いながら同じような速さで歩いていく。

(当たり前か。俺が合せてんだから。)

 そう思ったらふと、今彼女の頭の中には俺という存在がいるのかどうか
気になってきた。

 聞きたい。けど歌も聴いていたい。

(・・・声かけたら歌うのやめるだろーな。)

 彼女のことだ。
 声をかけてしまったら、自分が歌っていたという事実に気がつき、
そしていつもの様に俺を怒るのだ。
 なんで言わなかったんだ、と。

(・・・もう少しだけ待ってみることにするか。)

 彼女が気付くのが早いか。
 俺が声をかけるのが早いか。

 どっちの方が早いのか考えながら歩くのも、案外楽しいからな。




森ちゃんが歌っているのは「夕焼けこやけ」。
2005/11/6
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