配布元 : 星の雨
1.記憶の中の・・・(珠紀独白) 今日またあの赤い記憶の夢を見た。 苦しくて切なくて痛くて辛い。けれど、どこか甘い。 心のどこかが遠い昔生きていた誰かの記憶だと必死に訴えてくる、あの夢。 誰かの記憶だと分かっているからこそ、この夢を見て目覚めた時の気持ちは最悪で。 何度目かになる目覚めの悪さを実感しつつ溜息を吐く。 (いっそ。) そろそろ見慣れてきた壁を見つめながら、後悔が怖いくせに願ってしまう。 ―― いっそ誰のどういう記憶なのかはっきりしてしまえばいいのに。 2.第一印象(守護五家) 「・・・・・・なんだコイツ、でしたね。」 この中では一番小柄な先輩に問われ、たっぷり考え込んでから言った一言に、場の雰囲気が少し固いものに変わる。 そのことが俺にさっきとは違ったプレッシャーを与えてくるが、気にしないようにして言葉を続ける。 「はっきり言って玉依姫らしくなかったですし・・・。」 でも、今は―… 前のに続いてするりと口から出てしまった言葉を受けて、皆が嬉しそうに頷く。 恥ずかしくなって途中で切ったというのに、後に続く言葉を察してしまったらしい。 (そう、なんだコイツと思っていたのに、今では。) ―― 今では珠紀は俺達の『希望』なのだ。 3.オサキ狐(珠紀とおーちゃん) (クリスタルガイに尾崎斬九郎、か。) 拓磨と真弘が好きなドラマの登場人物の名前を心のうちであげつつも、珠紀は自分の部屋の扉を開けた。 部屋に足を一歩踏み入れると、すでに広げてあった布団の上に珠紀のペット兼守護獣(とでもいうのだろうか?)であるオサキ狐のおーちゃんが丸くなっているのを発見した。 少し前から影の中に存在を感じることが出来なかった理由を知り安心すると同時に呆れながら、珠紀はおーちゃんの頭を撫でる。 「おーちゃんは、おーちゃんとクリスタルガイと尾崎斬九郎、どれがいい?」 甘えるように額を手の平へと擦り付けてくるオサキ狐にむかって珠紀が問うと、くぅんと一鳴きして寝てしまった。 これは果たして寝ぼけているのか、クリスタルガイや尾崎斬九郎と呼ばれていることを知らないのか、それともおーちゃん以外ありえないと考えているのか。 はたまた質問の意図が分からないか。 どう判断していいのか分からなかったので、明日また同じ質問をすることに決め、珠紀も布団に入り寝ることにした。 4.これでも一応"女のコ"なんですけど(珠紀と慎司) 境内の掃除を終えた珠紀が、宇賀谷家の廊下をいささか荒々しい足取りで歩いていく。 彼女が怒っていることは遠目からみても明らかで、慎司は恐る恐る珠紀に近寄った。 「先輩お疲れ様です。・・・というか、どうかしたんですか?」 幾分か弱まったがまだ怒りのオーラを醸し出している珠紀に少し気後れしながらも慎司が問いかけると、珠紀がそれがね、と原因を語り始める。 しかし慎司は、彼にしては珍しいことに、すぐ彼女の話をとめた。 珠紀が重そうな荷物を持っていることに気付いたからだ。 慎司は自然な仕草でその荷物を受け取ると、どこに持って行けばいいのかと珠紀に尋ねた。 けれど、珠紀からの返事はない。 心配した慎司が珠紀の顔を覗き見たとたん、彼女はがばと勢いよく慎司に抱きついた。 「慎司君!やっぱり慎司君は良い子!!」 「わあっ!!せ、先輩、あの・・・っ!」 「私のことちゃんと女の子として扱ってくれるのは慎司君だけだよー!」 尊敬している先輩に突然抱きつかれたことで頭がショートしてしまった慎司の頭には、その後の言葉は何ひとつとしてはいっていかなかった。 5."台所大作戦"か"本日の運試し"か(珠紀) 珠紀(+α)によって季封村が平和になって約一ヶ月。 事後処理で少々ごたごたしてはいるが、あれ以来この村に危機という危機はない。 しかし、珠紀自身の平和が守られているかといえばそうでもなかった。 例えば、そう例えば、毎朝珠紀と美鶴の間でなされる台所戦争がその代表だ。 別に珠紀は美鶴の作る料理が嫌いというわけではない。むしろ大好きだ。 けれど、この村に来るまで珠紀は自分で朝食を作ったりしていたのだ。 美鶴が作る料理には到底及ばないと自覚していようとも、彼女の腕が料理をしたいと疼くのを誰が止められるだろうか。 だから料理を作らせてと頼んでも、美鶴はうんと言ったためしがない。 平和になった後、自分に科せられた『珠紀に仕える』という仕事にプライドを持ち始めた(それは珠紀が別人ですかと思うくらい見事な変化だった)美鶴が、珠紀が料理することを断る理由が変化していることは珠紀だって知っている。 知っているから、彼女に「仕事ですから」と言われてしまってはなんの反論も出来ない。 だから多分、今日も珠紀の負けで終わるだろう。 それならいっそおみくじを引きにいこうと思うのだが、足は台所に向かってしまう。 ああいっそ料理なんかしたくないと思えればいいのに、と珠紀は心中で叫んだ。 6."此処"で共にある決意(珠紀) (きっと、私なんかが思っているほどここにいることは甘くない。) 学校の宿題を終わらせた後玉依姫に関する資料に目を通し、そろそろ寝ようかと布団に横になった時だった。 今夜に限ってなかなか寝付くことが出来ず、気を紛らわせようと天井を見て、両親と過ごした家のイメージが薄くなっていることに気付いた。 気付いてしまったらなんだかとても気になってきてしまって、あれ私の部屋の天井ってどんなんだっけ?と思い出そうとしていたら、いつの間にか季封村について真剣に考え出していた。 今にして思えば、何故そんな方向に思考が向いたのかは分からない。 けれど、その時はそれについて真剣に考えなくてはいけないような気がして、滑稽なくらい必死に脳を動かしていた。 どのくらい時間をかけたのかは知らない。 でも、平和になったから誰かから贄の儀について言われたりするんだろうなぁとか、先輩達は大学行かせてもらえるのかなぁとか、色々暗いことを考えて見えたものは、 どんな痛い思いをしたって絶対あの人と一緒にいる、という決意だけだった。 7.ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい(守護五家の誰か) 冷え冷えとした月が見える夜だった。 目の前にいる血や泥などによって服を汚した一人の女が、謝罪の言葉を口にした。 戦えっていって、守ってもらって、足手まといで、何も知らなくて、 涙を流すことすら自分には許されないと思っているのか、目から水が流れぬよう眉間に皺を寄せながら、女は何度目かの謝罪の言葉を言った。 震える声で。 迷子になった子供のような声で。 ― もう謝るな。 女の気配を傍に感じつつ、本当は声に出したい言葉を心の中で呟く。 ― お前は謝らなくてもいい。 俺は、珠紀が泣くことの方が、重傷を負うことより辛いんだ。 8.それでも立ち止まることなどできなくて(珠紀独白) 痛かった。 体が、脳が、目が、手が、心臓が、内臓が、足が、心が。 自分というモノすべてが痛かった。 それでも立ち止まることなどできなくて、私は涙を流した。 どうかあの人に、追いつくことができますように。 9.封印の儀(美鶴+珠紀) 買い物の帰り道、森に入っていく後姿が見えたのでなんとなく後を追ってみた。 守護者の誰かに珠紀様が森に入っていったことを伝えるべきだと分かってはいるけれど、今日はなんとなく、自分が彼女の後ろについていきたい気分だった。 彼女を守るための力など、ないに等しい身だけれども。 私が後ろについていることに気づかず、彼女はずんずん歩いていく。 妖や神以外は迷う森だと説明されているだろうに豪胆だなと、思わず感心してしまいたくなるくらい大胆な足取りだ。 やがて彼女は湖で足を止めた。 そこは、彼女と私達とで封印の儀を執り行った場所でもあったし、私が人殺しをしてきた場所でもあった。 (・・・ああ、痛い。) 嫌な思い出が心の弱いところを突いてきて顔を歪ませた私を、ゆっくりと振り返った珠紀様が、見た。 10.玉依姫として そして 春日珠紀として 貴方を(9番目の続き) 「・・・何を、していらっしゃるんですか?」 後をつけていたことを知られてしまった後ろめたさと、封印の儀を執り行った時のような神聖な雰囲気を纏っている彼女に当てられてしまったことで、それだけ言うのに随分勇気がいった。 「なんていうか、決心を固めてたというか、初心にかえろうとしてたというか、決意を見直してたというか・・・。」 上手い言葉が見つからないのか、ことりと首を傾げながら、普段通りの口調で彼女が言う。 (決心を、固めていた・・・?) 後、初心にかえろうとしてたとか、決意を見直してたとか、言っていただろうか。 彼女の台詞を確認しつつ、珠紀様がここでしていたらしいことについて考えてみると、なにもここでやらないといけないことのようには思えなくて、ついじっと見つめてしまう。 すると彼女はふわりと笑い、私に背を向けた。 「ここって、私達の始まりの場所でしょ?」 「始まりの、場所?」 「うん。私にとっては玉依姫としての人生がちゃんと始まった場所で、守護五家にとっては鬼切丸から解放された場所で、美鶴ちゃんにとっては贄の儀を始めた場所でも、それから解放された場所でもあるよね。」 またもちくりと胸が痛んだけれど、知らないフリをして頷く。 彼女はそれを見ないまま、淡々と話を進める。 「でね、もっとよく考えてみると、ここって鬼切丸が封印されている場所なんだから、玉依姫と守護者の始まりの場所でもあるんだよね。」 だから今後の季封村のこととか、玉依姫としてどうしようとか考える時はここにきたら甘いとか鈍いとか言われる私の脳でもキリリとするんじゃないかと思って。 言い切ってから振り返り、珠紀様がえへへと笑う。 あのね、さっき、玉依の血筋を途絶えさせないために、守護五家の誰かと結婚しなさいって言われたの。 でもね、玉依姫として貴方を夫とします、じゃ、嫌だと思ったの。 玉依姫として、そして、春日珠紀として、貴方を愛します。 結婚する相手には、そう、胸を張って言いたいと思ったの。 本当はね、それを確かめるためだけに、ここにきたの。 唇に人差し指を軽く当てながら、男性陣にはナイショだよという台詞を口にしたこの人に憧れと羨望を抱きながら、一方で私は初めて思った。 この場所で私達は解放されたけれど、この人だけは閉じ込められたのかもしれないと。 御題部屋へ |