配布元 : 星の雨



1.この男 セクハラにつき・・・(珠紀)


 美鶴ちゃんの素晴らしい手料理を食べて、お風呂に入って、最近新調したパジャマ(美鶴ちゃんと色違いのもの)に着替え、髪を乾かして、さぁ寝るぞと気合を入れて布団に潜った途端に思ったこと。

 ―― 私、遼のセクハラに段々慣れ初めてきちゃってない?

 だから私は急遽予定を変更して一人会議を開くことにした。
 議題はもちろん『彼のセクハラに対抗する術を考えだそう!』である。

(というか、私と遼は一応、こ、こ恋人同士っていう関係なんだから、厳密に言えばセクハラとは違うかもしれな・・・いやいや、あれは立派なセクハラ行為ですとも!)

 会議を始めてから二十分ほど。
 眠気に負け始めてしまった脳に遼に甘い考えが浮んできてしまい、これこそ流されかけている証ではないのかと己を叱咤して、頭に遼の顔を思い浮かべる。
 宙に浮かべたイメージに、『この男、セキハラにつき注意!』という張り紙をペタリと張り、明日こそは彼に負けないように頑張るぞとさっきとは違う気合を入れる。
 ああ、明日も戦いだ。





2.匂いフェチ(珠紀+遼)


 さて一時間目は移動教室だったなと思い授業の用意を持って席を立ったところで後ろから抱きしめられ、首元に顔を埋められる。
 その体勢のまま犬が匂いをかぐようにふんふんと私の匂いを嗅いで、いきなり抱きついてきた人物は満足げに口の端をあげた・・・ような気がした。
 そんな彼に文句を言ったところで何処吹く風。
 確実に匂いフェチであろう私の彼氏は、今日も今日とて俺様である。





3.人前も憚らず(遼+珠紀。2の続き)


 様々な人間が行きかいしている廊下を通り過ぎ、教室の扉を開いたとたん、立ち上がろうとしている珠紀が視界に入った。
 だから、抱きしめた。

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜!人前で抱きつくのはやめてって言ってるでしょ?!」
「だから、人前じゃなかったらいいのかと言っている」
「無理!」

 教室とか道の真ん中だとか人目があるところで抱きしめると、珠紀は怒る。
 説教があまりにも耳障りだから、だったら人前じゃなかったらいいかと、誰もいないときに抱きしめても怒る。
 どんな状況でも結果は同じなら、わざわざ自分の気持ちを捻じ曲げる必要はない。
 むしろ、人前の方が余計な奴らが珠紀に寄り付かなくなっていい。





4.殺人光線(珠紀+遼)


 清乃ちゃんが殺人光線がでるという噂があるとかなんとか言ってたなぁと、すぐ横にどっかと座り込んでいる人物の目をじっと見つめてみた。
 当然のように飛び出したセクハラ発言も無視して、尚も見つめてみた。
 見つめるだけじゃ足らなくなって、両方のほっぺをぐいーっと伸ばしてみた。
 すぐに文句とともに手を外されちゃったけど、なんとなく満足したので見つめることを止め、蜜柑を一房口に入れる。

「うん、殺人光線なんてやっぱりでないよねぇ」
「・・・・・・・・・訳わかんねぇ」





5.関わるな(遼)


 ――― 俺に関わるなと告げると、眉を顰め、唇をぱくぱくと三度ほど閉じたり開けたりした。

 ついさっきしたやり取りを意図的に思い出し、あいつの顔を脳裏に浮かべる。
 嫌な血の匂いしかしない玉依の、娘。
 それなのに、俺の目の前にいたあの女からは嫌な匂いはしなかった。
 最近までこの村以外の場所にいたというから当然といえば当然だが、あいつは他の奴らとは明らかに違った。
 だから嫌な匂いどころかいい匂いを纏っているのだろう。
 その匂いが、俺を捕らえる。

(・・・・・・捕らわれる、か。そんなのは)

 そんなのはごめんだった。
 守護者と呼ばれている他の連中のように、自らの血と古い因習に縛られて生きるのはごめんだ。
 だから警告した。

 関わるな、と。





6.認めたくないもの(遼+珠紀)


 にやりと笑いながら、一歩先を歩いていた珠紀が唐突に俺を振り返った。

「ね、遼って皆のこと好きでしょ?」
「・・・んなわけあるか」

 確かに最近の俺は、あいつ等と会話することが多くなった。
 だがそれは、珠紀の家に行くことが多いせいだ。(あいつ等は理由をつけては珠紀に会いに来ているみたいだが、珠紀はすでに俺のものだから無駄な努力だ)
 あいつ等と会話してやるのも、そうしないと後から珠紀がなんやかんやと五月蝿いから仲良くしてやっているだけだ。
 俺には珠紀だけいればいい。
 この考えは、まったく変わっていない。
 だから何言ってやがんだと不機嫌さを隠そうともせず睨んでやると、心なしか頬を赤く染めている珠紀が、ふわりと笑って俺の頭を撫でた。

「遼、かわいー」
「・・・・・・おい」

 はっきり言って餓鬼に餓鬼扱いされているこの状況は不快だ。

 だが、珠紀の手の平が温かい上に、撫で方がとても柔らかいから。
 この状況も後少しだけは我慢してやることにした。





7.羨みを覆う蔑み


 今の自分からすれば、なんて餓鬼っぽいことをしていたのだと笑ってしまいたくなるくらい珠紀に会うまでの俺は滑稽だった。
 心中で投げつけ続けてきた守護者の奴等に対する蔑みの言葉は、すべて『独りではない』者達への羨望の言葉だった。





8."誰か"などいらなかった(遼独白)


 怖かった。

 親父もお袋も、俺に対する愛情をよく言葉と行動にして与えてくれた。
 俺も二人とも好きだから、出来うる限りそれに応えた。
 けれどいつか、自分の中に眠る力の存在に気付いてしまった。
 他の奴等とは違う力を持っているらしい親父より強い力。
 それが己に中に潜んでいると知った時、初めて俺は恐怖を覚えた。

 この力が二人を傷つけはしないか?
 二人とも「自慢の息子だ」と言ってくれているが、この力の存在を知ってしまったら嫌われてしまうんじゃないか?
 そもそもこの力は一体なんなのか?
 この力について知りたいが、知ってしまったらもっと恐ろしいことになりはしないか?

 潜む力に対する恐怖から、夜独りで色々考えた。
 しかし、そうやって考えたところで渇望しているものは当然手に入らなかった。
 欲しかったのは、たったひとつ。
 だがもう大人に差し掛かっていた俺の脳は、それを手に入れることは不可能だと結論付けていた。
 そうすることで恐怖から逃げていた。

 ―― だから、"誰か"などいらなかったのに。





9.お前の為だけに奮う力(遼)


 正直言えば怖かった。
 やっと解かった、自分に課せられている義務が。
 自分の中に潜む力が。
 けれど目の前に居る存在が、吹き飛ばしてくれる。
 大丈夫傍にいると、こんな俺に勇気を与えてくれる。
 なら俺は、俺のすべてをかけて誓おう。
 お前が望むなら何度だって誓おう。

「この力、ただお前の為だけに奮おう」





10.ただ"ひとつ"の渡せない居場所(遼+珠紀)


 後ろから抱きしめれば、案の定抵抗された。
 ただ今回のは、いつもよりとても弱い。

「お願いだから離れて」
「断る」

 きっぱり告げると、珠紀は珍しいことにすぐに大人しくなったばかりか、俺の手をゆっくりと握ってきた。

「・・・遼、そんな顔しないの」

 見えないはずなのに苦笑とともに断言してくる珠紀に思わず「俺はいつも通りだ」と返してから、自分の体が小刻みに震えていることに気付く。

 なんで。

(いつの間に俺はこいつのことをこんなに好きになっていたのだろう)





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