待っててくれたのと駆け寄りながら早口で言えば、ぷいとそっぽをむかれてしまった。

「・・・別に。」

 拓磨が、地面に向かってぽそぽそ喋る。
 声だけ聞けば不機嫌そうだけど本当はただ照れているだけということを、私はもう知っている。

(照れ屋なんだよなぁ。)

 そのくせ時々大胆なことを仕掛けてくるから性質が悪い。
 そんな非難めいたことを考えながら拓磨の横に並ぶと、拓磨が帰るかと言う。

「うん。」

 ゆっくりと二人で歩き出す。
 けれど、しばらくすれば必ず歩幅の関係で拓磨が少し前を行くことになってしまう。
 なにも考えてなさそうな背中を見つめ、心の中で悪態を付く。

(手、繋いでくれればいいのに。)

 そうしたらこんなに離れずにすむのにと思って、彼の後ろを歩きながら念を送ってみるが、拓磨は一向に気付かない。

(この鈍チンめ。)

 本日二度目の悪態をつきながら、そういえばどのくらい手を繋いだことあったっけと思い出そうとしてみる。
 ・・・あの時は必死だったこともあって、正確な数は覚えていないけど、三回以上は手を繋いだと思う。

(けどなんで今になって手を繋いでくれないかなこの男は!)

 何度か繋いだことはあるというのに、正式に恋人同士になった後で手を繋いだことが無いだなんて、どういうことだ。
 というか、二人っきりの時くらいもう少し甘い雰囲気になってもいいんじゃないだろうか。

「えい。」

 むっとした気持ちのまま、ぎゅっと拓磨の手を握る。
 すると慌てて手を解こうとしてきたので、負けじと力を込める。

「いいじゃない。減るもんじゃなし。」

 まだ手を繋げていることに安堵しつつ抗議すれば、また顔を逸らされた。

「・・・子供みたいなこと、すんな。」

 そっぽむいたまま、拓磨は拗ねたような口調でそう言ってるけど、彼の耳たぶは真っ赤だった。



2007/04/30
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 手を握ると、きょとんとした顔で見つめられた。

「どうかしたんですか?」

 不思議そうに問われ、彼女の手を握ったのには大した意味などなかったから少し焦る。
 珠紀にかけるべき言葉が見つからない。

「・・・いや、特にどうということもないのだが。」

 迷いに迷った末に素直な言葉を声にすれば、珠紀は視線を俺に固定したまま二、三度瞬きをした。
 そして数秒後、花のように笑った。

「どうかしたのか?」

 笑っている理由を知りたくてさっき彼女自身が口にした台詞を返せば、珠紀の笑みはますます深くなった。

「祐一先輩可愛いなーって。」
「・・・・・・?」

 真意が分からなくてただ突っ立っている俺に、ただそう思ったんです、と彼女は言葉を付け足す。
 珠紀、悪いがそれだけの言葉では俺には理解出来なかったんだが。

「ようするに、ですね。」

 顔に出ていたのだろうか。
 俺が疑問を口にする前に、珠紀が説明をし始めた。

「突然『特にどうということもない』ことをしたくなったって別にいいんですよって話ってだけです。」
「・・・やっぱりよく分からない。」
「いいんですよ、それでも。」

 珠紀が、小さな声で笑う。
 そうして歩き出した彼女を見て、反射的に彼女の手が放れていってしまうのではないかと不安を抱く。
 が、彼女は手に柔らかく力をこめ、俺の手を握り返してくれた。

 少し前を歩く珠紀に聞えないようにこぼした溜息は、幸せだと感じている俺の心からこぼれたもののように俺には思えた。



2007/04/30
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 ちらりと様子を窺えばいつもと同じ横顔が見えて、怒りに似た感情が沸々と沸き上がってきてしまう。

「・・・珠紀、痛いんだが。」

 この人のほっぺを力いっぱいつねったらどうなるんだろう。

 冷静になれと自分に言い聞かせている最中にふと浮んだちょっとしたイタズラをすぐさま実行にうつせば、そんな声が上がった。
 痛いって言ってるけど全然顔変わんないなぁなんて思いつつ「そうですか」とだけ返せば、祐一先輩のゆったりとした声が耳に届く。

「怒っているのか?」

 質問を頭の中で反芻させながら顔を上げ、ゆっくりと先輩に視線を合わせると、その表情はなんだか寂しそうだった。
 その表情に驚いてしまって、いえそれは違いますと言いたかった口は、言葉を発することなく閉じてしまう。
 先輩は、そんな風に四苦八苦している私を見つめたまま、ただじっとしている。
 なので、私も先輩をじっと見つめ返してみた。

「・・・ふふっ。」

 そのまま何分か経ぎてしまった後、先に声を出したのは私だった。
 なんだかにらめっこみたいだなと思ってしまったらおかしくなってきて、堪えきれずに声を出してしまったのだ。

「珠紀?」

 笑いがひとまず止まったのを見計らって、自然に下がってしまった顔を上げてみれば、目の前の先輩はとても不思議そうな顔をしていて。
 その表情を見た私は、思っていたのとは違うけど色んな表情見れたしまぁいいかと、今日のところは諦めることにした。

「ごめんなさい。なんでもないんです、祐一先輩。」
「・・・・・・・・・そうか。」



2007/08/23
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