1.可愛い後輩(珠紀+慎司)


 男のプライドを傷つけるから、男性に「可愛い」と言ってはいけない。
 それはいつからか世間様が決めた暗黙の了解っていうモノで、私ももちろんそう思ってる人間の一人だ。
 でも、慎司君を見てると暗黙の了解なんて一瞬で忘れて、つい言っちゃうんだよね。

「慎司君って可愛いよね。」
「珠紀さんの方が可愛いですよ。」

 予想していたものとはまったく違う態度を取られ、目の前にいる人を思わず見つめる。
 慎司君は少し震えているけど、私を見返している瞳だけは怖いくらい真摯だった。

「いつもと反応が違うね?」

 多分今の私はかなり間の抜けた表情をしてるんだろうなぁ、と思ってしまうくらい内心では驚いているけど、頑張って冷静そうな声色を出す。
 すると、小さく溜息をついた慎司君は悲しさを少し滲ませた声を発した。

「珠紀さんは僕のことを男と見てなさすぎです。」

 違うよ。

 慎司君の真摯な瞳と真摯な声に釘付けになってしまった身体を他所にして、心は彼の言葉を瞬時に否定する。


 最近の慎司君は時々「男の人」になる。
 それが怖いから可愛いと言ってしまうのだ。





2.料理上手(慎司)


『慎司は料理上手だな。』

 という祐一の何気ない一言から何故か慎司と美鶴の料理対決が始まってから約二時間。
 両者とも無事料理を作り終わり、いよいよ審査員の試食タイムの始まりである。

「・・・ん!慎司君、これおいしいよ!どうやって作ったの?!」

 料理を一口食べておいしいとはしゃぐ珠紀を見て、慎司は珠紀さんに喜んでもらえるなら勝ち負けなんてもうどうでもいいやと思った。





3.気になるあのコとの関係(慎司+真弘+拓磨)


「で、実際どうなんだ?」

 珠紀さんがいないことを除いてはいつも通りの帰り道、真弘先輩から突然問われ、当然のように意図を理解できなかった僕は何がですかと答えた。
 すると先輩は、だーかーらーと嫌に言葉を強調するように喋り、一旦口を閉じた。
 一段と深くなったニヤニヤ笑いがなんとなく怖い。

「お前と珠紀の関係だよ。」
「・・・・・・・・・・・・ええ?!」

 今度はきちんと真弘先輩の言っていることを理解した僕は、思わず大声を出してしまった。
 だって、先輩の言う『関係』って、その、恋人同士だとか、そういうことじゃなくて。

「・・・真弘先輩、それってプライバジーの侵害じゃないっすか?」
「いーじゃねーか別に!拓磨だって気になってんだろー?!」

 助け舟を出してくれた拓磨先輩を一蹴して、真弘先輩は逃げられないよう僕の肩を掴み、どんだけ進んだんだよなんて陽気に聞いてくる。
 そんな真弘先輩から抜け出そうともがきながら見た空は、いつの間にか赤く染まり始めていた。





4.からかい甲斐があるが・・・(真弘+慎司+珠紀)


「駄目ですよ?」

 聞いた途端全身がひやりとするような声をかけられて、この真弘様とあろう者が思わずびくりと体を震えさせてしまう。

「どうかしたの?」
「いえ、なんでもありませんよ。」

 様子がおかしいことを察したのか、俺達の方に寄ってきた珠紀に向かって微笑む慎司の横顔を見ながら、俺は、珠紀の肩を叩こうとしていた左手を恐る恐る引っ込めた。
 普段はからかい甲斐のある後輩は、彼女がからむと怖い。





5.笑顔の裏側(珠紀+慎司)


 彼の笑顔を見るとどうしてか切なくなる。
 それはきっと、彼が笑顔で自分の気持ちを殺してきた強い人だから。

「ねぇ慎司君。」
「はい?」


 ――― 私の前ではちゃんと笑顔を見せてね。





6.抱える傷と願いと(慎司独白)


  お願いです。

 わざわざ珠紀さんの死角に入って、星空を見上げる。

  お願いです。

 七夕の星空を見ながら、思う。

  お願いです。

 こんなに必死になったのはここを去った時以来かななんて思いながら、心中で叫ぶ。


『お願いです、僕から彼女だけは取り上げないで下さい。』





7.双子(慎司+美鶴)


(・・・これから一週間、ここに珠紀さんはいないんだ。)

 それを理解した上で実家に一度帰ると宣言した珠紀さんを見送った筈なのに、僕の口からは溜息ばかりが出る。
 どうしても、いつものように行動することが出来ない。

「何溜息付いているんですか。」

 急に、『そんなことじゃ先が思いやられますね。』という意味が込められているだろう冷ややかな言葉を背後から掛けられ、ぴしりと背中が凍る。
 氷付けになったように身動きが取れなくなってしまった僕の目の前に座った人物は、やはりというか、美鶴ちゃんで。
 美鶴ちゃんはゆっくりとした動作で座布団の上に座すると、どこか威圧感を感じさせる雰囲気をかもしつつ再び喋りだした。

「兄さんは兄さん、珠紀様は珠紀様で、それぞれやることが山ほどあるのでしょう?」
「そ、そうだね・・・。」
「分かっているのならば、ちゃんとやってください。」

 ぴしりとそう言い放った美鶴ちゃんが、持ってきた茶瓶から湯飲みへとお茶を注いでいく。
 それを僕の方へと差し出した彼女の口から微かに漏れたのは、溜息。
 彼女が持ってきたお盆の上を見れば、珠紀さんが好きなお菓子がのっていた。
 それに驚いて美鶴ちゃんをもう一度見つめれば、彼女ははっきりと溜息をついた。

「・・・結局、珠紀様には敵わないんですよね。」

 思わず小さく笑ってしまった僕を睨みつつ、僕の双子の妹は三度目の溜息をついた。
 その表情は、僕が今まで見てきた中で一番良いと思えるものだった。





8.想いを"言葉"に(慎司独白)


 ――― 想いを”言葉”に。

 今までそれは、僕が言霊使いであることから、修行で、そして実践で何百回とやってきたことだった。
 けれど、あの人を前にすると、どうしてもそれが出来なくて。


(・・・・・・言っても、いいですか?)


 役立たずで、その上裏切り者である僕にも告げることが許されるならば、何十回だって言いたい言葉なんです。


 あなたのことが、好きです。





9.貴方が教えてくれた強さ(慎司独白)


 貴方は笑う。
 慎司君が居てくれるから私は玉依姫をやっているのだと。
 そう言っても過言ではないくらい慎司君の存在が大きいのだと。
 誇らしげにそう言って、困惑している僕に笑ってくれる。

「慎司君には、いっぱい教えてもらったんだ。」

 それなら、僕も言いたい。

 貴方が僕の隣に居てくれたから、僕は今、こうして立っていられるんですと。





10.両手いっぱいの幸せ(珠紀+慎司)


 一週間したら忘れてしまいそうなほど些細なことで笑っていたら、ふと慎司君に触れたくなってきて、机の上に無防備に晒されている手にちょっと触れてみた。

(・・・・・・わ。)

 触れたところからじんわりとあったかくなっていく手と、それに比例してあったかくなっていく心に気付いて小さく笑うと、遠慮がちにのびてきた自分のより少し大きな手に、自分の手が包み込まれてしまった。
 ふたつの手に固定させていた目線を上げてみれば、そこには真っ赤になった慎司君の顔があって。

「ね、両手いっぱいの幸せってこういうことを言うのかな?」

 昔なんかの本で読んだことがあった言葉を何の気なしに言葉にしてみると、そうかもしれませんねと慎司君が返してくれた。





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