配布元 : 星の雨
1.季封村 季封村。 いつの頃からかそう呼ばれている村が封じているのは季節ではなくて。 封印が解かれれば世界を一瞬で滅ぼしてしまえる力を秘めた刀 ― 鬼切丸と、 それを封じることが出来る力を持っている姫 ― 玉依姫と、 姫を守る守護者 ― 守護五家と、 そして、姫と守護者達が守るべき相手 ― 村人達。 彼(か)の村が封じているのは、それらだ。 春日珠紀と呼ばれる少女がやってくるまで、彼の村はずっと関わるものすべてを封じてきたのだった。 2.玉依姫と守護五家と(いつかの彼ら) 幼い頃から、声が時々聞こえていた。 その声はまるで魂の奥底から届いているように思えて、怖くて聞きたくなかった。 遮断しようとしても出来ないことが苛立たしかった。 けれど、その声が何を言っているのかは分からなかったから。 だからいいかと、段々思うようになっていった。 声がはっきり聞こえだしたのは、玉依姫に会った瞬間だった。 玉依姫に会った瞬間、声が目の前にいる人を守れと強く命令し始めた。 全身の血がぐるぐると沸騰し、まるで本来の力が解放されたようにも感じた。 だがそれは、ただ姫を守れと繰り返す声に、玉依姫に、捕らわれた瞬間だったのだ。 3.カミ(珠紀独白) (カミと人間は違う。) それは分かる。 人間とカミは、姿や寿命、どれをとってみても明らかに違う。 (守護五家の皆と、人間も、・・・違う。) それも、分かる。 いや、理解させられたとでも言うべきかもしれない。 アリア達ロゴスにこてんぱんに負けた時、わずかな日数欠席しただけで、完全回復はしていないものの、彼らは学校に復帰した。 だから、あんなに重傷だったのにと零してしまった私に、皆が言った。 俺達は人間と違うと。 彼らのその言葉はとても嫌だったけど、納得せざるをえなかった。 でも今思う。今だから思う。 ならわたしはいったいなにものだと。 確かに私はカミでも、皆のような存在でもない。 彼らのように傷が早く回復しないことからもそれは明らかだ。 けれどもう、私は普通の人間でもない。 ――― なら私は、一体ナニなんだろうか。 4.屋上メンバーお昼事情(遼珠要素入り屋上組) 「この中では私と慎司君だけだね。」 周囲を一通り見回した後、珠紀がそう発言した。 それに素早く反応したのは、はやりというか、真弘だった。 「なにがだよ。」 「ここ一週間ずっと観察してきたんですけど、私と慎司君以外、ずっとお昼御飯のメニュー一緒なんですよね。」 拓磨はたいやき、真弘先輩は焼きソバパン、祐一先輩はお稲荷さん。 指折り数えながら指摘していく珠紀の声につられて、今更確かめることも無いような気がしたが、皆もお互いが手にしているものを見比べる。 結果は、やっぱり珠紀の言う通りだった。 「私と慎司君のお弁当の中身は毎日変わってるんですよ。」 ね、と慎司に向かって珠紀が首を傾げて見せると、慎司もつられて首を傾げた。 その行動のなにが癇に障ったのかは分からないが、拓磨がむっとした顔で反撃する。 「慎司の弁当は確かに中身が変わってそうだが、珠紀のはどうだかな。」 「確かに。珠紀は慎司と違って繊細じゃねえからなー。」 拓磨と、彼に便乗した真弘が意地悪い声で発言したことを聞き、それまで上機嫌だった珠紀がぷうっと頬を膨らませた。 その様子を見て慌ててフォローしようとした慎司に目もくれず、彼女は彼らに向かってはっきりと言い放った。 「失礼な!遼も食べるのに手抜きなんてしません!」 5.鍋パーティー(美鶴) 今朝登校する前に、珠紀様が笑顔でこう言った。 『ね、明日は皆呼んで鍋パーティーでもしようか。』 鍋パーティーに関しては特に気にならなかった。 優しい彼女のことだ。 何を言ってもちっとも溶け込もうとしない六人目の守護者、狗谷遼をなんとかしようと思っての発言なのだろう。 けれど、明日という部分は少しひっかかったので質問してみると、あっさりとした答えが返ってきた。 『だって明日にしないと買い物いけないでしょ?』 何を当たり前のことを、とでも言いたそうな瞳を向けてきている人は、どうやら私と一緒に買い物に行くことを楽しみにしているらしく。 遠足を楽しみにしている子供のような目を私に向けてから、今日は早めに帰ってくるから一緒に行こうねという言葉を残して、珠紀様は元気に走っていった。 6."戦う"こと(珠紀) 人によって色々考えはあるだろうけれど、私にとって戦うということは、 怖いことだ。痛いことだ。悲しいことだ。さみしいことだ。 そして、季封村の人達を守ることだ。 それよりなにより、私を守ってくれている皆の命を守ることだ。 たとえ誰かに玉依姫として最低だと糾弾されたとしても、それが私にとって一番大事だということは揺らがない。 だから私は、怖かろうと、痛かろうと、悲しかろうと、さみしかろうと、弱くて足手まといであろうとも、戦いたいと思っている。 それをもう一度確認してから私は目線を上げ、皆を見た。 「皆、よく聞いて。私と一緒に戦ってほしいの。・・・生きるために。」 7.敗者の無力感と勝者の焦燥感(アリア) あの者達は完璧な敗者だ。 壁に映るゆらゆらと揺れる炎の影を見ながら、アリア・ローゼンブルグは、ロゴスから持ち帰れと命令されているアーティファクトの守護者達のことをぼんやりと考える。 もっとも、こちらでは『オニキリマル』と呼ばれているアーティファクトの現管理者のことがその思考の大部分を占めていたが。 今もまた、アリアの脳裏に少女の姿が描かれた。 自分よりも強い者を、透き通るような瞳でただただ見つめていた少女。 自分のことよりも、ただの駒である守護者の心配をする少女。 彼女を守る五人の守護者も、戦力の差は歴然としているのに、最期まで諦めなかった。 ―― それは多分、彼らの主たるあの少女が最期まで諦めなかったから。 ここまで思考がたどりつくと、小さな聖女は、まるで火傷をした指に感じるような疼きを胸に感じるのだった。 8.契約の口付け(祐珠前提珠紀) もはや定番となってしまった鍋パーティーの最中に、さり気なく祐一の受け皿に肉を入れながら、当代玉依姫である春日珠紀は思った。 (・・・祐一先輩以外の人の覚醒した姿も見てみたいなぁ・・・・・・。) この欲求は、何も今湧いてきたものではない。 珠紀は、正式に玉依姫になると宣言した。 それにより、玉依に関することを頭に詰め込まなくてはならなくなったのだが、その中には当然守護五家の先祖のことも含まれていた。 以前ロゴスとの戦いの最中に見た玉依姫の過去夢で、ゲントウカ以外の神様(烏と蛇)のことは知っていたし、その神様達が守護五家の先祖であるということは理解していた。 しかし、そのことがきちんと書かれている本を読んだことにより、珠紀の中に欲求が生まれたのだ。 つまり、今日ほど強く「見てみたい!」と思ったことはないが、このことは珠紀が常々考えていたことなのである。 (でもそうなると、祐一先輩以外の人とキスしなきゃいけないんだよね・・・。) 仕方ないといった様子で肉を口に運んでいる祐一をちらりと視界に納め、珠紀は溜息をつきたくなった。 祐一以外の男と口付けだなんて、例え守護五家の皆であっても、珠紀にとっては考えることすら苦痛だった。 (ああ誰か、口付け以外の方法で守護者を覚醒させる術を教えてください!) 9.緋色の欠片が舞う中で(誰ともEDむかえてない珠紀+美鶴) ちらちらと、視界の中を赤いなにかが通り過ぎる夢なんだよね。 縁側でゆったりとお茶を飲みながら、珠紀様がぽつりと零す。 私はただ驚いてしまって、じっと彼女を見つめることしか出来ない。 「季封村に行くって決まった日からさ、変な夢を見るようになっちゃってたんだよね、私。」 「・・・それは、先程仰っていた夢のことですか?」 「う〜ん。起きると内容忘れちゃってることが多かったから、そうだとは断言出来ないんだけどね。」 自分の考えは、少なくとも間違ってはいなかったらしい。 そのことに少しの幸せを感じながら、次に言うべき言葉を探しているらしい珠紀様の横で、黙って待つ。 ただただ待っていると、やがて決心したように、珠紀様の口が再び動いた。 「・・・・・・でもね、内容を忘れてしまっても、感情だけは残ってるんだ。」 悲しくて苦しくて寂しい。でも幸せで、何かが満ち足りている。そんな。 言いながら、珠紀様の瞳は寂しそうな色でいっぱいになる。 けれど視線だけはまっすぐに目の前にある木に注がれている。 「多分ね、玉依姫になった今の私こそ見なきゃいけない夢だったんだよ。」 瞬間、珠紀様の瞳がまるであの戦いの最中の瞳に思えて、咄嗟に彼女の腕をとった。 彼女は、そんな私に弱々しい、けれど優しい視線をむけ、微笑んだ。 10.きみとある明日(遼珠前提美鶴独白) 彼女は私に宣言したとおり、私達季封村の人間に普通の生活をくれた。 そして人形になるしかなかった私に、人間に戻っていいよと言ってくれた。 それが他のどんなことより(鬼切丸が完全に封じられたことよりも)嬉しかった。 だから私は、貴女が少しでも多くの時間を幸せと感じられるようにしたいと思う。 明日も貴女とあることが出来るのだと思うだけで私は幸せだから。 御題部屋へ |