遠い君へ







―――― りょうちゃん




 はっとなる。

 遠くから自分の名を呼んでいる人物に小さく手を振って答えると、
ボールを片付けていることを理由に背を向けた。
 それからやっと息を吐き出す。

(・・・見せたくない。)

 こんな、弱弱しい顔なんて。








 アイツとの出会いは二年前の春。
 あれは、私もアイツも入学式を終えたばかりの日だった。

 友達を作ろうと必死になって喋っている人間がいる教室が嫌で、
私はテニスコートの近くまで行き、壁打ちをしていた。
 もちろん、そんなことしていいはずない。
 誰にも気付かれないように、鞄を持って教室を抜け出してきたのだ。

 裏を返せば、ここには自分以外誰もいないわけで。

 つまり、誰にも邪魔されることなく好きなテニスが出来る。
 そのことにちょっと感動しながらも、壁打ちを始めてから数分後、
突然知らない男が自分の近くにいることに気がついた。
 いつの間にと驚きもしたが、
それよりも知らない男に乱入されたことにとてもイラついた。
 それに気付いたのか知らないけど、先に話しかけてきたのはアイツ。

『あ、あの・・・。ご、ごめんなさい・・・。』
『・・・別に。』

 早く立ち去るように不機嫌オーラをビシバシ飛ばしているにも関わらず
アイツは立ち去らなかった。
 それどころか、

『・・・君ってすごいんだね。』

 なんて褒めてきて。
 そのせいか、なるべく顔を合わせないようにしていたのに、
何かに吸い寄せられるように顔を向けてしまったのだ。

 その時、アイツの目を見て驚いた。

 心の中のモノが零れてしまったように、
ただ自分の感じたことを素直に表に出している目。
 今まであんな純粋な眼差しで褒めてくれる人になんて会ったことなかったから、
本当に、ただただ驚いてしまって。

 赤い顔で謝った後、じゃあ行くねと呟いて慌ててどこかへ行こうとしたアイツを
引っ掛けて転ばせた私は、アイツと色々な話をした。
 何を話したかなんて忘れてしまったけれど、
アイツの楽しそうな横顔だけは今でもはっきりと思い出せる。

 それからというもの、アイツは何かというと小坂田と一緒に私のクラスに来て、
昼を一緒に食べようだとか、一緒に帰ろうだとか、些細で単純なことばかり言ってきた。
 でもそれは嫌じゃなくて。
 私は帰国子女で、しかもこんな性格だからか、
日本の学生には疎ましく思われる質(たち)らしく、
一年の頃はよくいじめの対象になっていた。(もちろん黙ってはいなかったけど。)
 だから、先生によく心配されていた。
 それが鬱陶しくてたまらない時、タイミングを図ったかのように現れるのは、アイツ。
 アイツは、私の様子がおかしくても他の奴らの様に聞いてくることはなかったし、
私も何も言わなかった。
 小坂田と私のクラスへ来て、喋って、帰っていくだけ。

 けれど、ホントに時々、先生と同じようなことを言う時があった。
 アイツの口から出た言葉は、妙なことに鬱陶しくはなく。

 アイツがいるだけで嬉しくなるって。
 アイツの言葉だから鬱陶しくないんだって。

 アイツが好きだって気付くのに、そう時間はいらなかった。








 フェンスの向こうには、小坂田と楽しそうに話しているアイツの姿が見える。

(なんて遠いんだろう・・・。)






『あ、あの・・・。ご、ごめんなさい・・・。』
『・・・別に。』






 色んなことを話し合って、笑って。

 近付いたと思ったのに、あの時が一番近かったと思ってしまうのは。




 なんでかな?竜崎。




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