初接触は最悪だった。 「ひゃっほーい!一抜け〜!」 「先輩ずるいっスよ!」 ここは、中学テニス界最強と謳われることも多々ある立海大男子テニス部の部室。 今ここで、レギュラー達は珍しくトランプで遊んでいる。 「・・・ところで先輩。」 急に、負けることの方が多かったがそれなりにポーカーを楽しんでいた切原赤也が、声のトーンを変え、先輩達に向かってそう話しかけた。 「これ、なんすか。」 「おお、桜乃じゃ。」 「そんなところにいたのですね。」 「・・・・・・桜乃?」 赤也より一年年上である仁王と柳生がそう間をおかず問いに答えるが、それだけでは何も理解できなかった赤也は、更に情報を要求する。 「なんでうちの部室にいるんスか。ていうか誰。」 問う声が幾分か荒々しくなっているのは、赤也の機嫌が現在進行形で下がり続けているからだ。 知らぬ間に見ず知らずの幼女の両足が首にひっかかっており、あまつさえその幼女に髪を好き勝手にいじくられているとなれば、誰だって怒りたくはなるだろう。 「幸村の従兄妹。たまに遊びに来るんだよな。」 柳生達と同じく二年レギュラーである丸井ブン太が、誰がどう見たって怒っている赤也に説明してやりながらにやぁと笑う。 その笑みに嫌なものを感じた赤也は、周りにいるレギュラー達を見回す。 すると、皆一様に含み笑いをしていることに気付く。 「・・・・・・何笑ってんスか?」 「鏡を見てみろ。」 何故か一人だけ笑っていなかった(むしろ呆れている)真田に手鏡を渡され、赤也は素直にそれを覗き込んだ。 そして、叫ぶ。 「ぬわ―――――――っ?!」 思わず鏡を落としてしまった後(この鏡は真田が拾って片付けた)、赤也は自分の許可なく肩に乗っている幼女を見た。 人畜無害そうな笑顔を振りまきつつ、自分の前髪をゴム止めでちょんまげ状態にした幼女を。 「わかめわかめー!」 赤也の怒りの矛先になっている幼女は、そのことに気がつかないのか、赤也的禁句(エヌジーワード)を無邪気に連呼しながらきゃっきゃっと笑っている。 禁句を連呼されて、ぐごごごという音が聞こえそうな程に怒った赤也は、低い声で『さくの』という名前を持つ幼女に命令した。 「降りろ。」 「や!」 赤也の命令は、幼女に間髪入れずに一刀両断される。 間をおかずに再度、今度は出来るだけ怖い声で命令する。 「お・り・ろ!」 「ぜったい い・や!」 「・・・・・・・・・。」 「気に入られたようだな。」 無言で怒りを空気中に放出させている赤也に、真田が通常通りの声音で話しかける。 それにむちゃくちゃ邪魔なんスけどと返している赤也を無視し、幸村は桜乃に向けて両手を広げた。 「桜乃、僕のところにおいで。」 「や!」 実の妹以上に可愛がっていた従兄妹にきっぱりと拒絶されたショックから、脳内で『や!』という言葉を反芻させつつ、幸村は両膝を床につけた。 わずか二週間程で部員から鬼部長と呼ばれるようになるような人物でも、やはり人の子だったようだ。 「・・・・・・あんなになついてくれてたのに・・・。」 あまりのショックから、幸村は部屋の隅でうっうっと泣き声を上げる。 そんな幸村を意図的に無視し、他のメンバーは桜乃を下へ降ろすための行動を起こし始める。 「じゃあわしのところはどうじゃ?」 「やじゃ!」 「わたしのところはどうです?」 「やだ!」 「俺達と遊ぶのはどうだ?」 「・・・や! わかめじゃなきゃ、や!」 (このわがままプーめ・・・。) そろそろ首が痛くなってきた赤也が、なかなか了承しない桜乃に焦れて心の中で悪態をつく。 声に出さないのは、自身の保険のためだ。 そんな赤也の様子を見かねて、これまで見守っているだけだったブン太が口を開いた。 「桜乃、おやつ食べねぇか?」 次々に出される提案をばっさりと切り続けていた桜乃が、ブン太がおやつという単語と共にガムを出した瞬間、目を輝かせ始める。 「たべたい!」 (よっしゃ!うまくいった!) それは赤也が丸井ブン太を初めて尊敬した瞬間であり、自分達の勝利を確信した瞬間でもあった。 「じゃ、早く降りてこいよ。」 「・・・や!」 (あんで?!) しかし驚くべきことに、八割方成功していたにも関わらず、ブン太の作戦は最後の最後で失敗に終わった。 桜乃を降ろすのは考えていたより難しいと考えたブン太は諦めようと思ったが、それでも一応可愛い後輩の為に少しだけ食い下がってみた。 「食べたいんだろぃ?」 「・・・おりなくてもおかしはたべられるもん。」 ((ホントにわがまま・・・。)) 桜乃の台詞を聞いて、幸村とブン太の心の声が重なる。 が、その真意は180℃程も違っていることに、部室にいる者の大半は(突っ込みはしないものの)気付いていた。 そんなことに意識を向ける余裕もない赤也は、心中で本日何度めかになる悪態をつく。 (あ〜も〜!重いし苦しいし!さっさとどけよ!) 一度勝利を確信してしまうと、精神的打撃は大きいものだ。 現に赤也は、一瞬にして桜乃の重さを倍に感じ始め、そのせいで更に機嫌を悪くしていた。 それに気付いたのは柳蓮二だけだったが、彼は赤也に声をかけることをしなかった。 その代わりとでもいうように、珍しくあまり口を出してきていない真田の方を見た。 真田弦一郎という男が、対桜乃戦において最強であるということを良く知っているのだ。 その真田は、どうやら何かを探しているらしかった。 「・・・弦一郎、何を探しているんだ?」 真田はそれには答えずただ黙々と何かを探し続けていたが、目的の物を見つけ出した瞬間、無言である物を柳に見せた。 そして、柳の言葉を待たずして桜乃に話しかける。 「桜乃、絵本を読んでやる。」 「あ!仲良しくまさん!!」 赤也は一瞬にして肩が軽くなったような気がした。 不思議に思って周囲に視線を向けると、絵本を持っている真田の膝の上に桜乃の姿があった。 絵本はわかめの上じゃ駄目なんかい?! それは真田と赤也と桜乃以外の人間の突っ込みであったが、その疑問が晴れることはなかった。 以前日記で書いた、
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