4.突きつけた切っ先






巨大な翼を生やし、鋭く磨かれた牙を剥き出しに魔獣は咆哮(ほうこう)した。
二つに分かれた尾は、それ自体蛇の動きをし容赦なく襲いかかる。
一撃を交わし、体勢が崩れたところを間髪を入れず剣で突き刺した。
老婆のような悲鳴を上げて、魔獣は地に伏せる。

「いや〜、お見事だよ」

後ろで傍観していた不二が拍手と共に近付いてきた。
言いたいことは他にもあったが、とりあえず半眼だけ向けて剣を抜く。

「ふぅん、どうやら魔獣はこの男を襲っていたみたいだね」

魔獣の背後に隠れていた男を見て納得がいったのか、
妙に感心して言う不二の視線を追って手塚もその男を見遣った。
男は余程驚いたのであろう。
木の根元で失神している。
手元には何やら木ノ実が散乱していた。

「っていうか、魔獣見て失神したって言うより『木の根元に引っかかって
 幹に後頭部を打ち付けて失神した』って感じだね、どうも」

男の後頭部に虚しく晴れ上がった瘤を見て、不二が流石に口元を引き釣らせながらそう零す。
なんと、呑気な・・・。
出かかった言葉は、男の呻き声で消えていった。
目を覚ました男は瘤に手をやって、一瞬痛みに顔を顰(しか)めると、うっすらと目を開ける。

「起きたか?」
「大丈夫かい?」

声をかけてみるが、男は惚けた顔でしばらく二人を見つめ、次の瞬間にははっと目を見開いていた。

「ウッソマッジィ!俺寝てた!?」
「あ、いや・・・」

慌てて飛び起きた男に、一応事の顛末を伝えようと不二が口を開くが、
それより早く、ぽんっと手を打った男が、なんとも気の抜けた事実を口にしてくれた。

「そっか。お腹が空いて木ノ実を食べてたら変な犬が来て取り合いになったんだった。
 結構しつこいから夢中で奪い返してたんだけど、根っ子に躓(つまず)いちゃって、
 気付いたら気絶してたんだぁ。
 あ、俺芥川ジローって言うんだ、よろしく」

懇切丁寧に告げられて二人して呆れて物が言えない。
ほんのちょっとだけ、放って置けばよかったと後悔しないでもなかったが。

「変な犬・・・・・」

辛うじて口にした疑問は空気に虚しく溶けていく。

『それは絶対に魔獣ですっ!』

とは、二人して心の中だけで突っ込むことにして。

「えっと、それじゃあ、元気になったみたいだし、僕達はこれで・・・・・」

早々に立ち去ろうとした不二の裾をジローが掴んだ。

「どうかしたのか?」
「・・・・・・・」
「?」
「・・・・ここ、どこ?」
「・・・・・・・」

何も言えず奇妙な沈黙が続く中、不二があからさまなため息を吐く。

「なんか今日、こんなのばっかだね・・・」

何か言い返そうと口を開くが結局何も思いつかず、手塚は小さく同意するしかなかった。

「・・・・・・そうだな」

こうして、巨大な森の中、三人の迷子が出来上がったのだった。








          ◇◇◇







「・・・ん・・・」

睫を震わせて桜乃が目を開ける。

「起きた?」

移動しようとも思ったが、闇雲に動いても体力を消費するだけだと気付いた二人は、
ならば先に休んで体力を回復してから策を練ろうと決めて、
桜乃が先に休憩したのが三十分前だった。
一時間交代と決めたのでまだ時間に余裕がある。
もう一度眠ると思っていたリョーマは予想に反して起き上がった桜乃に顔を向けた。
まだ若干眠気が残っているのか、ぼうっとしている。

「夢・・・見てた・・・」
「夢?」

無防備な顔でこくんと頷く。

「お母様が、殺された時の夢・・・・」

告げられた言葉にリョーマは眉を寄せるが、それに構わず桜乃は淡々と言葉を紡ぐ。

「お母様は止めようとしただけなのに、お父様は聞いてくれないの。
 疑って疑って・・・・・お父様は私も殺そうと、剣がお腹に・・・・」
「・・・・・・・」

服の上から桜乃は無意識に自分の腹を撫でる。

「お兄様が氷で傷口を固めて・・・だから私は生きてる・・・・なんのために・・・?」

ここにリョーマがいることに彼女は気付いているのだろうか。
リョーマはただ何も言わずに語られる言葉を聞くことしか出来ない。
自分と違いこんな細い体で、こんな小さな手で、触ったら壊れそうなのに、
どれほどのことに耐えてきたのだろう。
そっと腕を上げて、引き寄せた。
彼女は泣いてはいないけれど、頭ごと優しく包み込む。

「憎かった、悔しかった、でもそれ以上に哀しかった・・・」
「ああ、そうだね」

ぎゅっと桜乃はリョーマの服を掴んだ。
頼りない仕種に、リョーマは抱き込む腕に力を込める。

「そうだね」

彼女の哀しむ顔は見たくない。
出逢って間もないけれど強さを感じた、同じような寂しさも感じた。
でも、彼女はとても暖かい。
哀しみは似合わない。
だから、彼女の哀しみを包む。

「親が死ぬのは辛い。ずっと忘れることは出来ない」

リョーマ自身それを痛いほどよく知っている。

「目蓋に縫いつけられたみたいで。消えてくれない」
「・・・うん」

その場面だけ、何度も何度も繰り返される。
思い出そうとする時はたくさんの楽しい日々が思い出されるのに、
ふとした時はなんの予告もなく死に際を思い出してしまうのだ。
いや、思い出す、ということじゃない。
情景が浮かんだその時、今目の前で行なわれているのだ。
手を伸ばしても決して届かない、助けることも出来ない。何か言ってやることも出来ない。


ただ一方的に。目の前で。


自分達は今一ミリも違うことのない共通の思いを胸に抱いてる。
触れ合った場所からお互いの哀しみが溶け合わさっていくようだった。

「どうして一緒に生きられなかったんだろうね」

吐息だけで桜乃が呟いたその時、気配を感じてリョーマは背後へ短剣を投げつけた。
草むらの向こうで剣同士がぶつかる音が響き、次には弾け飛んだ短剣が地面に突き刺さる。
睨み据えた先から現れたのは二人の男だった。
一人は先日戦った風を使いカマイタチを操る男。
確か忍足と言う名だったはずだ。
もう一人は灰褐色の髪に、少し下がり気味の目許にある泣き黒子が印象的な男だった。
二人とも晴天に薄く雲を引き伸ばしたような藍白のローブに身を包んでいた。
同じ部隊のカラーなのだろう。
二人を見て後ろで桜乃が息を飲む気配がした。
この時リョーマは桜乃が相手の技量を察して怯えたのだと思ったのだ。
だが、それも桜乃の次の言葉によって完全な勘違いだということが発覚する。



「景吾兄様・・・」



「久しぶりだな、桜乃。生きていてよかった」

愛情の籠もった眼差しが背後の少女に向けられる。
言葉に裏がないのは感じられたが、しかし。
困惑が今最大にリョーマの判断力を鈍らせていた。


「兄様・・・?」


だって、桜乃が兄と呼んだ男は敵なのだ。

(どういうことだ・・・・?)

今までの自分達のやりとりや情景が目まぐるしく頭を巡る。
彼女の微笑みや哀しみや困惑や、様々な表情が浮かんでは一瞬にして消えていく。

「兄妹?」

体が強ばった。
目は見開かれて二人の男を見ているはずだが、意識は背後の桜乃に全てもっていかれた。
汗がつっと頬に流れるのに薄ら寒さを感じる。
肯定するような男の懐かしさが滲み出た微笑み。
それは、どこか彼女に雰囲気が似ている。

「元気そうだな」

背後の桜乃は何か言いかけて口を噤む。

「お前にまた会うことが出来てよかった。が、まさかレジスタンスとは」
「ごめんなさい」
「いや、いい」

仕方がないとばかりに彼は小さく首を振る。

(・・・これは、なんのやりとりだ・・・?)

意識の片隅で、ぼうっと二人を見ている自分がいる。

「それで、どうするんだ?レジスタンスに入ったということは、王を討つということなんだぞ。
 敵対するのか?俺達と」
「それは・・・・・」



「殺すのか?自分の父親を」



(・・・・・・なにをっ)



脳の奥で何かがパンッと弾けた。
反射的にリョーマは背後の桜乃から離れ、突き立てられたナイフを拾った。
ローブの男達にも、桜乃にも切っ先を向けて、三角を作る形で両者に対峙する。
桜乃が驚いた顔でこちらを見ているが、リョーマは切っ先を下ろさなかった。

「何を言ってる」
「リョーマくん・・・」

ぎりっと奥歯を噛んでゆっくりと疑問を口にした。


「桜乃、あんたの父親は?」


ナイフの先で桜乃の顔が泣きそうに歪んだ。




「現王、竜崎王。私の名前は・・・・・竜崎桜乃」





切っ先が・・・・下ろせない・・・・・・。






あとがき

とうとう対面しました、兄妹です。
いや〜引っ張りました。長いこと引っ張ってみました(笑)
いやいや、笑ってる場合じゃない。
桜乃の正体をやっと明らかにすることができましたね。
本当はもっと早くに明かすつもりだったんですが、なんとなくキッカケになる話が
浮かびませんで、いつの間にかこんなところまで。
どうでしょうか?予想は当たりましたか??

そんなシリアス前にして手塚不二、それから新たに加わったジロちゃんはあんな状態です(笑)
書いてて楽しくって楽しくって。
ジロちゃんをカタカナにしたのはなんとなくです。深い意味はありません。
ファンの方すみませぬ。彼は活躍する予定なので、どうか暖かく見守ってやって下さい!!




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