2.騎士達の自覚






「待って、ちょっと待ってってば!」

黙々と森を突き進む海堂の背中を必死で朋香は追いかけた。
が、響き渡る声も聞こえていないのか、彼は一向に足を止める気配がない。
ムッとして朋香は

「聞こえてないの?それとも無視?ちなみに後者だった場合は鳩とオトモダチだってこと
 青竜の瓦版の一面に書きまくってやるわ」

海堂の肩が僅かだが動揺したのを見逃さなかった朋香がもう一度肺に空気を入れた瞬間、
木の根に足を取られた。
傾(かし)ぐ体に目を瞑るが、柔らかいなにかに受けとめられる。

(ん?柔らかい?)

「ったく、前見て歩け。それと、うちには瓦版なんてねぇ」

そっと目蓋を開けると海堂が受けとめてくれていた。

「聞こえてるんじゃない」

半眼で下唇を突き出した朋香は海堂に手伝われて体勢を立て直す。
そして、改めて辺りを見回すが・・・・・木、そして木。

「うん、見事に森だわ」
「当たり前だ。このまま進めば都に戻れるはずだ」
「へぇ」

感嘆の声が一変して、再び足を運び始めた海堂に嘆息する。

「ねぇ、なにか焦ってるの?」
「焦ってねぇ」

「何言ってんだ?」とばかりに返す海堂に、説得力を感じないといった朋香。

「いや、焦ってるでしょ?」
「だから焦ってね・・・・・・」
「じゃあ手離してくれる?」

はっとして振り返った海堂の右手の行方は朋香の左手を包んだままだった。
助け起こす際に握ったまま、気付かずずっと進んでいたらしい。
みるみる頬が熱くなって慌てて海堂は手を振り払う。
「何その態度」と朋香が呟くのに、わざとらしくコホンと大きく咳一つ。
なにか、そうすれば何かが誤魔化せるはず!
そんな気がしたのだ。

「で、何を焦ってたんですか?」
「だから・・・・・」
「王子のことがそんなに心配?」
「・・・・・・・・」
「聞きました。海堂さんが王子に一番忠実な人だって」
「俺の家は代々あの人に仕える家系だったからな。
 物心付いた頃からあの人を護るのが俺の使命なんだよ」

そう言って草を掻き分けて進む海堂の背中をそっと見つめる。
なんだか胸が苦しかった。

「私がその隙間に入ることは出来ないの?」

呟きを風がさらう。

「って・・・何言ってんだろ、私」

自嘲気味に笑って朋香は海堂の背中を追う。
追いついた朋香をちらりと見遣って

「お前こそ、あの女と離れて平気なのか?」
「むっ、平気なわけないでしょ。それに姫よ姫。あの女とか言わないでよね」
「そんなに大切か?」
「ええ、大切よ」

きっぱりと言い切った朋香は文句ある?という顔つきで海堂を睨む。
海堂は何も言わずに前へ視線を戻した。
「大切だ」と言い切る気持ちに迷いはない。
桜乃と出会ったあの雨の日、ずたボロになって血を流しながしていた桜乃を拾った。















最初は何が落ちているのかよく分からなかった。


ただ紅い色の物があるな、そう思ったのだ。


いつも通りに裏口の扉を開けて、開店の準備をしようとしたのに、
扉を開けたそこにはいつもはないものが落ちている。
呻き声が聞こえて初めて人だと気付いたのだ。
慌てて助け起こした人が自分とそう年の変わらない少女だと知って更にショックだった。

一体どうして??

長い三つ編みが紅く染まり、雨が血を洗い流し地面を又真紅に染め上げる連鎖。
腕も足も首も、下手をすると自分よりも細い。
店の奥に運び、医者を呼んだ。
全てがその少女から流れた血ではなかったが、腹部に深い傷を負っていた。

数日間の昏睡。
同じ数だけの呻き声。
繰り返される母親を呼ぶ声。
父親への糾弾。
兄への謝罪。
数日して目が覚めた桜乃が運び屋を手伝いたいと言い出した時の瞳が今も目に焼き付いている。
確固とした意志を宿し、それ故に儚く見えた。
その時に「守る」と決めたのだ。




















グルルルル・・・・・・
低く喉を鳴らしながらゆったりした足取りで魔獣が距離を詰めてきた。
リョーマは桜乃を背に庇いながら、いつでも攻撃に移れるように構える。
どうやらこの湖は獣達の休憩所だったようで、何匹もの魔獣が後から後から姿を表わす。
先頭の魔獣が頭角らしく、彼がこちらを観察しているのに習って他の獣達も
今のところは襲ってはこないようだが・・・

(いつ気が向くか分からない)

一斉に襲われたら逃げられないことはないだろうが、体力を大幅に削られる。
その後、騒ぎを聞きつけた敵に襲われたらひとたまりもないだろう。

『もし、自分たちが森に逃げ込んだのではなく、追いつめられていたとしたら?』

罠を張っている可能性もある。
今騒ぎを起こすのは得策じゃない。

(どうする?)

選択を迫られたリョーマがジリッと後退りするのに合わせて魔獣が長い牙を覗かせた。
森の王者に相応しい牙と鋭い目つき。
全身にその危険性を感じたリョーマの背から、
場にそぐわない明るい表情で桜乃がひょっこり頭を出した。

「なっ!?」

焦って振り返ったリョーマを見て、好機と見た魔獣が襲いかかる。

(しまったっ)

体を捻り庇おうとしたリョーマの横を擦り抜けて、あっさりと桜乃は魔獣に近づいた。

「あんたっ、何して・・・・・・」

怒鳴りかけたリョーマが目にしたのは、襲われてぐったりする桜乃・・・・・
とはむしろ対照的な光景だった。

「何が起こってんの?」

微笑んで無防備に手を差し出した桜乃に、魔獣は大人しく擦り寄る。
まったく訳が分からなかった。
さっきまで襲って喰う気満々だった魔獣が今やすっかり牙を引っ込め桜乃の手を
犬のように従順に舐めている。

「リョーマくん、この子大人しいよ」

と無邪気に笑う桜乃。
他の獣もそんなリーダーに反発するどころか、
桜乃とリーダーを見ながら地に伏せてすっかり落ち着いてしまった。
唖然とするしか手はないかのように、リョーマの警戒心が解けてゆく。

「一体なにが・・・?」

状況が飲み込めない彼の脳裏にある可能性が閃いた。

「能力・・者・・・?」

何を基盤にしているかは謎だが、それ以外説明の仕様がない。
思い当たる節は他にもある。
先日の炎が暴走した日。
回収しようとしたリョーマの額に桜乃が手を当てた途端、
精神が安定して能力のコントロールがしやすくなった。
ただ自分が落ち着いただけだとも思ったが、あの時も桜乃の能力が働いていたとしたら。

(精神を安定させる能力・・・?)

自分の力だけで行なえたと思った為になんとなく複雑な気分でリョーマは桜乃をちらりと見やった。

「あんたが能力者だったとはね」
「なに言ってるのリョーマくん。私が能力者のわけないよ」

びっくりして首をぶんぶん振る桜乃。

(まさか、気付いてないのか)

そんなこと、有りうるのだろうか。
自分で自分の能力に気付かないなんて。
しかし、桜乃が嘘や冗談を言っているようには見えない。

「・・・・・あんた、やっぱり変だね」
「ああっ、ひ、酷い」

瞳を潤ませて顔を歪める桜乃の横で責めるように魔獣がリョーマを見ていた。

「とりあえず・・・そいつに帰ってもらってよ・・・」

得体の知れぬ頭痛に侵されながら、リョーマは嘆息した。






あとがき

散ったメンバー三組目をお送り致しました。
海堂くんと朋香ちゃんのお話だったので、タイトルはまんま「騎士達の自覚」です。
二人がそれぞれこの人のことを守りたいという想いを集めてみました。
とはいっても決意した瞬間はじゅんが文章で表しきれないほど色んな想いがあったと思うけど(汗)
あとは二人のラヴを目指してみました(!?)。海堂と朋ちゃんって書いてて楽しいです。
さてさて、話の中で海堂が手塚に仕える家系だと明かしましたが、
実は彼は顔に出さないけれど当然桜乃のことは知っていたのです。
彼女がどういう立場の人間かも知っています。でも、彼は何も言ってません。
手塚を守れればいいと思っているし、彼女の辛さも見抜いているのでしょう。
うん、海堂は聡い人そうだからなぁ・・・。
そして、朋ちゃんと桜乃の過去もちょこっと出しました。
えっと、たぶん、この先詳しくは書かないので、その時のことは想像にお任せ致します。
ただ、二人の出会いはこういう風だったんだな、と、感じていただければっ!
そしてそして、桜乃とリョーマ。
桜乃が能力者だと発覚しました。本人全く自覚なしですが(汗)
能力のタイプ的に表に表れないというとっても珍しいものなので周囲もなかなか気づかない、と。
今後どう活かそうか、実は考え中だったりします。
ろくに考えもせずに能力者にしてしまった為に、自分で書いといてかなりの難関ですよ・・・はは・・・。
これっきりで終わらないよう、ガンバッテミマス(棒読み)
ではでは、次は誰と誰が一緒なんでしょうか??
次回もお付き合い下さいませvvv




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